文武の促進
「よし、ここまできたら、もっとバルカニアに手を加えようか」
「おいおい、これ以上なにをしようっていうんだよ、坊主。もともとこんな大きな街があるだけでも十分なのに、いきなり面積が倍以上に膨れ上がったんだぞ。他に何をする気だ?」
「そんなに変なことをするつもりはないよ。少なくとも拡張はしないさ。せっかく遊戯地区に新しく劇場を作ろうと考えたんだ。ついでにもうひとつくらい客を呼べるものでも作ろうと思ってね。闘技場なんてあったら人気出そうじゃないかな?」
「劇場はオペラ姓を与えて【歌唱】を使えるようにした歌姫を用意するんだろ? クレオンの歌と同じくらいのを聴けるなら人気が出ると思うが、闘技場なんかつくって客が呼べるのか?」
「うーむ、絶対にうまくいくという自信があるわけでもないけど、闘技場は人気出そうだと思うんだけどな。心配なら最初は使役獣レースの会場を使って、時間が空いた合間にでもやってみるのはどうだろう?」
「それくらいならすぐに集客効果があるかどうか確かめられそうではあるな。けど、なんでいきなり闘技場なんて考えが出てきたのか聞きたいんだが?」
「そりゃ、アトモスの戦士の話を聞いてるからだよ。アトモスの里には昔からアトモスフィアがあって、そのアトモスフィアを大地の精霊が宿りし偉大なる石と呼んで崇めてたんだ。で、それの前で決闘という儀式を行って巨人化の魔法を手に入れていた」
「……つまり、お前はこう考えているわけだな、坊主。闘技場で戦わせていたら誰かがバルカニアにあるアトモスフィアから巨人化の魔法を授かるかもしれない、と」
「まあね。それにそうならなくても別にいいのさ。それよりは、アトモスの戦士同士が決闘する場所をあらかじめ確保しておく意味もある。よく考えたらバルカ城の裏の庭で決闘なんてされても困るしな」
「なるほど。まあ、一理あるか」
「もちろん、アトモスの戦士以外が巨人化の魔法を手に入れてもそれはそれでいいんだけどね」
バルカニアを拡張したついでとばかりに、俺は自分の中にあったアイデアをおっさんにぶちまけていく。
バルカニアの壁の自動修復の話でおっさんを驚かした後に、今度は闘技場を作る考えを聞かせた。
ちなみにそれを聞いたおっさんは最初に嫌そうな顔をしていた。
まあ、おっさんにとってはこれ以上変なことをするなということだろう。
なにせ、新しく作った新市街エリアはまだ下水道のための穴が開いただけのまっさらな更地なのだ。
これから、誰がどこに建物を建てるのか、道路や公共施設をどうするのかを手配する仕事がある。
割と仕事が山積みでもあり、これ以上は勘弁という気持ちなのだろう。
だが、闘技場というのはアトモスフィアのあるバルカニアにとっては結構意味のあるものだと思う。
それに当面は新しく建物を追加せずともレース場を有効活用するだけでも十分だが、巨人同士が戦えるような場所を想定しておく必要はあるだろう。
アトモスフィアという迷宮核がバルカニアに移転してから、明らかにこの地の魔力量は上がった。
そして、これを利用すればバルカニアの子孫たちは確実に総魔力量の多い者が増えていくだろう。
だが、それ以外にもこの地に住む人が新たな魔法を習得する可能性も出てくる。
闘技場を作ったら、もちろんアトモスの戦士以外もそこで戦えるようにするつもりだ。
その闘技場という施設を利用し、そこで勝ち上がり武勇を示す者が出てくるかもしれない。
それは明らかに戦場などでの活躍とは違い、一対一での戦いで実力が高い者をふるい分けることになるだろう。
そして、そんな者たちの中には単純に力が強いだとか、魔力量が多いというだけではなく、武術としての力量が高い者も登場してくるはずだ。
【歌唱】のような文化系の魔法と対をなす、戦闘用の魔法。
その中でもルービッチ家の【剣術】のようになんらかの武術に特化した達人、かつていた剣聖なども、おそらく生涯をかけて剣術を鍛え上げたに違いない。
だが、それが戦場の中だったかというと違うだろう。
ルービッチ家の伝説に残る剣聖ももともとは山ごもりして剣の修業をしていた変人が急に下界に戻ってきて、そのときにはすでに【剣術】という魔法を身に着けていたらしい。
そして、その【剣術】を引っさげて登場した剣聖が初代王に認められて配下に加わり貴族となった。
つまり、戦場で活躍して剣聖と呼ばれた貴族が【剣術】という魔法を生み出したのではなく、【剣術】を持っていたからこそ貴族になりえたのだ。
この剣聖の話とは少し違うのかもしれないが、バルカニアではいちいち戦場に出なくとも武術を極めてそれを魔法化する者が現れてくれないかと思っている。
【剣術】のような幅広い技術でなくとも良い。
なんなら、素手で瓦を割るようなデモンストレーション的な【瓦割り】というネタ魔法でもいいくらいだ。
剣を思いっきり横薙ぎにして【スラッシュ】という子どもがやりそうなことでもいい。
もっとも、呪文化する以上、それは毎回必ず同じモーションで発動しなければならないので達人の域に到達していないとできることはないだろうが。
闘技場はそのための動機づけになるのではないかと思う。
なんの目的も目標もなく、武術の達人になって魔法を作れるやつはおそらくいないだろう。
だが、闘技場で名を挙げれば名誉も大金も手に入るなどという目的があれば厳しい訓練に励み達人の域に至る者もいるかもしれない。
そして、その闘技場で腕を磨いた達人がその技術を魔法にする。
絶対に不可能だということはないはずだ。
なぜなら、バイト兄は【武装強化】や【騎乗術】といった戦闘系の魔法を作ることに成功しているのだから。
文化系魔法の創出を促進するための狙いもある劇場。
そして、それとは別に戦闘用魔法を創出するための闘技場。
いきなり新しい魔法を作ることは難しくても、それができるかもしれない、やってみようと思わせる環境づくりは必須だろう。
なんなら、自分が呪文を作れなくともその人が持つ技術を若い人に教えるための教室を開きたいという意志ある者には補助金を出してもいいかもしれない。
こうして、新バルカニアは文武を極める者を育成するために、新たな施設と環境を作り上げることにしたのだった。
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