歌唱活用法
「うう……。どうして自分はもっと早くこの魔法化に成功しなかったのでしょうか」
「いや、喜ぶならともかく泣くなよ、クレオン。せっかく【歌唱】っていう魔法を作ってオペラ姓を名乗れって言ってんのにさ」
「ですが……、もうあの人は結婚してしまったんです。バルカ様にはわからないでしょうが、私はキリさんのことを想って、彼女のために歌を歌って、魔法も作る努力をしていたのです。それなのに、キリさんが結婚してしまった後になるなんて……」
「しょうがねーだろ。キリはビリーと仲良かったんだから。ほら、元気出せよ。そんなに気落ちしなくても他にもいい人と出会うこともあるって」
「そんな気休めを言わないでください、バルカ様。私は本気でキリさんのことを……、うう……」
カイルに話を聞いて、俺はすぐにクレオンと会った。
見事に【歌唱】という魔法を作り上げたクレオンにはオペラ姓を名乗るように言って、バルカで更に厚遇する契約と立派な土地や家まで用意すると言ったのだ。
きっと喜ぶだろうと思っていた。
が、俺がそう言った後、クレオンは喜ぶどころか泣き出してしまった。
まあ、こいつの気持ちもわからんでもない。
クレオンはキリと同じ職場にいて、キリのことが好きだったからだ。
キリは俺が作ったバルカ文化放送局というラジオで人気パーソナリティとして有名だった。
が、このクレオンも負けず劣らずラジオでの人気があるのだ。
そりゃそうだろう。
聴くものの心を揺さぶるような歌声をラジオ放送で流していたのだ。
特にキリに対する恋心を歌い上げたラブバラードは多くのリスナーに絶大な評価を得ていた。
もっとも肝心のキリはビリーと仲良くなって、すでに結婚したのだから本人が悲しむのはわからんでもない。
「というか、恋歌ばかり歌ってないで本人に直接言っとけばよかっただろ。キリに話を聞いたら、クレオンとはほとんど話したこともないって言っていたぞ」
「だ、だって恥ずかしいじゃないですか。キリさんは王都から来られたしっかりした家柄の女性で、私はそういうのではないから釣り合いが取れないと思っていたんです」
「だから、姓を得てから告白しようと思ってた、と。で、そうなる前にキリは結婚してたってことか。ま、残念だったな」
「なんとかしてください、バルカ様」
「なんとかって言ったって、キリのことはもう諦めろよ。さっきも言ったように他の人を探せって」
「そんなことを言って私を見捨てる気なんですね? 見てください。歌声をよく出そうとしてこんなに太った体と親から受け継いだこの醜い顔を。私が女性にモテる要素なんてどこにもないじゃないですか」
「醜いって、そこまで言わんでもいいだろ。大丈夫だよ、これからはオペラ姓を名乗る騎士家の当主になるんだから。バルカからも高給を約束するからさ」
「財産狙いの女性にすべてを持っていかれるような気しかしません。もうダメだ。キリさんのように天真爛漫で誰とでも分け隔てなく接してくれる人なんていないんだ」
こいつ、えらい拗らせているな。
カイルに聞いた話では顔の出ないラジオで人気が出て、実際に会いたいという女性が何人もいたらしい。
で、キリの結婚話を聞いてショックを受けていたところで知人に無理やりセッティングされて会いに行ったことがあるという。
だが、その時に相手の女性から「声と顔がぜんぜん違う」だの「私の好きなクレオンじゃない」だとか「偽物だ」なんて感じであれこれ言われて、散々な目にあったらしい。
確かにラジオでは歌だけしか流していなかったからな。
魔力を使った歌声とそうではない地声ってだけでも結構印象が変わるし、なによりも顔の見えないラジオでは聞いた人たちはものすごいかっこいいイメージを抱いていたらしい。
あまりにもそのギャップが大きかったのだろう。
「まあ、けど大丈夫だよ、クレオン。俺に任せておけ。これから俺がクレオンのもとに美少女をたくさん集めてやるから」
「……美少女を?」
「そうだ。バルカ、いや、フォンターナ中から未婚のうら若き女性を48人くらい集めてやる」
「……なんで48人なんですか?」
「知らん。そんなことはどうでもよろしい。お前はこれからその48人の美少女たちをまとめる監督になるんだよ」
「はあ、監督ですか……。なにをすればいいのですか?」
「よく聞いてくれた。まずは集まった女の子たちに名付けをしてくれ。クレオンの【歌唱】を女の子たちが使えるようにするんだ。で、その子たちに歌の基本を教えてあげてほしい。歌だけじゃないぞ。きれいな衣装を着させて、劇場のような舞台の上で踊ってもいいだろう。その子たちを人気歌手に育て上げるんだ」
「お、女の子を人気歌手に……。私がですか……」
「そうだ。言っておくけど、それは俺も一枚噛むちゃんとした事業としてやるからな。クレオンにも本気で取り組んでほしい。そうすれば、クレオンの本気の指導に心をうたれた女の子の中の誰かの心がクレオンに惹かれていくかもしれないぞ」
「わ、私が教えて……、女の子たちが私のことを……」
「そうだ。想像してみてくれ。みんなクレオンには感謝するだろう。お慕い申し上げますなんて言ってくるかもしれないぞ」
「おお……、すごい……。すごいですね、バルカ様」
「どうだ? みんなに【歌唱】の魔法を授けてくれる気になったか?」
「はい。もちろんです。ぜひやらせてください、バルカ様」
「よし、その意気だ。頑張ってくれよ、クレオン」
【歌唱】の魔法の効果はすごいものがある。
名付けされてしまえば、どれほどのド素人の歌声でもそれなりに聴けるようになるのだ。
ある程度練習しただけでも人の心に響く歌を歌えるようになるだろう。
そんな便利な魔法はしっかりと活用しなければならない。
人気アーティストを作り上げよう。
バルカに人気のアイドルでもいれば、宣伝なんかに使うときにも便利だろうしな。
が、クレオンだけに任せるのは心配だ。
それに、できれば歌がうまいだけではなく、礼儀や所作がきれいであったほうがいいだろう。
とすれば、クレオン以外にも頼んだほうがいいだろう。
エイラ姉さんにでも頼んでみようかな?
かつてリリーナの側仕えとしてバルカニアにやってきたクラリスからヘクター兄さんの嫁であるエイラ姉さんは行儀作法を教わったことがある。
今は子どもを生んだ後も変わらずバルカニアの遊戯エリアを取りまとめている。
他の土地から来るお客をもてなす宿の支配人などもしているが、今のところ大きなクレームを出したこともない。
女性の教育にはこれ以上ない人選だろう。
こうして、【歌唱】を使った女性アイドルの育成をバルカで始めることにしたのだった。
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