文化系魔法
「あ、そう言えばクレオンがアルス兄さんに陳情したいって言っていたよ。リード家から新しく独立して姓を得たいって言っているんだけど」
「クレオンってあいつか。歌が好きなやつだな。最初はすごい下手くそだったけど、だんだん上手くなっていたっけ?」
「うん。今はもうかなり上手だよ。ボクもクレオンの歌を聞いたら、なんていうかこう心の底から感情が揺さぶられるような気持ちになるからね」
「続ければ変わるもんだな。本当に最初にあいつの歌を聞いたときは耳障りな歌声を出すだけだったのに。で、それをついに呪文化することに成功したのか?」
「そうだね。【歌唱】って呪文を作ったみたい。呪文を呟いてから歌えば、何もしないときよりも人を感動させられるって感じかな。あとでアルス兄さんもクレオンの歌を聞いてあげてね」
「【歌唱】か……。そういう魔法も作れるもんなんだな」
米の品種改良が一段落し、カイルと一緒に作った米を頬張っていたときだ。
急に思い出したかのように、カイルがクレオンという男のことについて話しだした。
クレオンはもう何年も前にバルカニアにやってきた歌手志望の男だ。
最初に会ったのは、初めてウルク家と戦った後に人材集めをした際にやってきた連中の中にいたときだった。
あの時というと、画家のモッシュとかと同期といえるかもしれない。
俺が領地を得た最初のころでとにかく人材が不足していたため、カイルの持つリード家の魔法を餌に各地から一芸に秀でた者たちを呼び集めた。
そのなかにいたクレオンは面接官である俺やカイルの前で歌を披露したのだ。
が、残念ながらその歌は聞くに堪えないほどの下手くそさだった。
全然一芸に秀でていないじゃないかと思って、俺はクレオンにこれからの活躍をお祈りして追い返そうかと思った。
が、どうやらクレオンは実家が金を持っていたようだ。
あのときの人材募集の条件で、当時作った図書館用に本を提供することとしていたのだが、クレオンの持っていた本が結構貴重ないいやつだったのだ。
本に詳しいリリーナに聞けば、めったに見ることができないものだということで、特例で合格にしたということがあった。
そんなクレオンだが、歌が歌いたいという気持ちは本気だったようだ。
それから毎日歌の練習をしていたし、俺も素人ながら腹式呼吸や発声練習などちょっとだけ知っている知識を教えてアドバイスもした。
が、そのなかで一番クレオンにとって有益だったのが、発声における魔力の使い方だったのだ。
俺も経験があるが、戦場などでの前口上などを言うときに、自分の喉にある声帯に魔力を集めるようにして声を出すと遠くまでよく通るのだ。
そのことを聞いたクレオンは歌うときに自分の魔力を意識するようになったという。
さらに独自研究を加えて、声帯だけではなく腹部にも魔力を集めて腹式呼吸の補助を行うことでより声が通るようになった。
おそらく、歌の技術は練習してもまだ並程度なのではないかと思う。
が、その声帯と腹部に魔力を分散しつつ集中させるという高度な魔力コントロールを実現させたクレオンの歌声は聴くものにとって大きな感動すら与えるようになったのだ。
多分、これは魔術の一種なのだと思う。
普通ではありえないようなレベルで心揺さぶられる歌唱力をクレオンは手に入れたのだった。
そして、ある日、俺に対してこう陳情してきたのだ。
他の人では出せない歌唱力を手に入れた自分の独立を認めてほしい、と。
が、俺はその時、待ったをかけた。
クレオンが手に入れた歌唱力はあくまでも魔術と呼ばれる個人技であり、それはクレオンがいなくなったら失われてしまうものだったからだ。
どうせならその魔術を呪文化して、魔法に昇華させないかと提案したのだ。
実はこういうケースは他にも何例かあったりする。
魔力を用いて常人にはできない不思議な現象を発揮する魔術を体得するに至った人物はバルカにも何人かいるのだ。
が、一般的に言うとほとんどの人はそこで終わる。
それを魔法化して後世に残すことができないのだ。
これはわかりやすく例えるならば、武術の達人が他の誰も真似できないほどの攻撃ができたとする。
仮にそれを正拳突きだとしようか。
その正拳突きは個人技であり、魔術に相当するだろう。
だが、その正拳突きを魔術から魔法にするには、呪文化するという手順が必要なのだ。
つまり、普通に正拳突きするだけではなく、いちいち「正拳突き」とつぶやきながらその度に毎回同じフォームで、同じ軌道の、同じ威力の正拳突きをし続けなければならない。
これは呪文化できると知っていなければ絶対に武術の達人はしないだろう。
少なくとも俺は正拳突きをするたびにわざわざ技名をつぶやく達人などみたことがない。
同じように無意識に魔術を使って不思議な現象を起こしている者も、それを魔法化することなく生涯を終える。
つまり、どれほどの修練を積んだ魔術の持ち主であっても、それを魔法化する手段を知っていなければ魔法使いになることはほとんどないのだ。
これはクレオンもそうだった。
歌唱力を鍛えることに意識を全力で向けていたため、その技術を魔法として呪文化することなど考えてもいなかった。
だから、俺は新しく姓を得て独立したいなら、その歌唱力を魔法にしてからにしたらどうだと提案したのだ。
クレオンはこの提案を受けて、愚直に頑張った。
下手くそな歌声と言われても努力し続けただけあるのか、いっこうに効果の見られない呪文化を数年間ずっと続けて、ようやく呪文化に成功したらしい。
「よし、わかった。クレオンはこれからクレオン・リ・オペラと名乗らせよう。【歌唱】がきちんと後世に継承されるように、教会で継承の儀を受けてもらわないとな」
「ありがとう、アルス兄さん。クレオンもきっと喜ぶよ」
「いいよ。そういう約束だったからな」
カイルの話を聞いて、俺はクレオンの姓をオペラと名乗らせることにした。
しかし、長かった。
ようやく、俺やカイル、バイト兄以外で魔法を作りだすことに成功した者が出現した。
もしかしたら、バルカニアに新しく現れたアトモスフィアという迷宮核の影響もあるのだろうか?
いや、それよりは何年も頑張って修練し続けたクレオンの努力の賜物だろう。
こうして、バルカニアには初めて文化系の魔法の使い手が登場したのだった。
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