新・品種改良
「それで、ボクはなにをしたらいいの、アルス兄さん?」
「わざわざ呼び出して悪いな、カイル。実はカイルにはぜひ手伝ってほしいことがあるんだよ。ずばり米の品種改良だ」
「米っていうのはアルス兄さんが東方から持って帰ってきた穀物だよね? 向こうで育てられていた品種ならそのまま育てたらいいんじゃないの?」
「うーん、まあ、そのまま育てるのもやるつもりだ。けど、今ひとつこの品種には納得していないんだよな。できればもっといい米を作りたいのさ」
バルガスの治めるバレス領にあるネルソン湿地帯。
そこに俺はカイルを呼び出した。
目的はカイルにも言った通り、米を品種改良したいということにある。
俺が東方で手に入れた米は、実際に食べてみた感じではタイ米などの品種よりも日本米に近いものではないかと思う。
鍋型魔道具で米を炊くとふっくらとおいしいごはんができたのだ。
が、前世の記憶を持つ俺はその味に完全には満足できなかった。
なんというか、俺が前世で普段食べていた現代の米よりも古代米のような感じだったのだ。
多分、この世界の米は品種改良がそこまで進んでいないのではないかと思う。
おそらくだが、味だけではなく土地あたりの収穫量も少ないのではないかと思う。
そこで、せっかく米作りをしようというのだから品種改良までやってみようと考えたわけだ。
このあたりは寒いので、味や収穫量もそうだが寒さに強い品種にもできればなお良いだろう。
「品種改良か〜。昔、まだバルカ村だったときにはアルス兄さんはいろいろやっていたんでしょ? ハツカとか他の野菜や麦なんかもアルス兄さんが作り変えて良いものができるようになったってヘクター兄さんがよく言っているのを何回も聞いたよ」
「そうだな。前は結構研究してたんだけどな。騎士になって領地を得たあたりからだんだんその暇が無くなったんだよ。今はヘクター兄さんなんかが部下にやらせてたりもするくらいか」
「だったらボクじゃなくてヘクター兄さんに頼んだほうがいいんじゃないの?」
「いくらヘクター兄さんが農業好きでも全く知らない米のことはわからんだろ。それに個人的にもできたらはやくおいしい米は食べたいしな。というわけだ、カイルに頼むしかないんだ。協力してくれるか?」
「まあ、そういうことなら早く終わらせようか。他の仕事もあるしね。精霊さん、お願いね」
俺が米の品種改良についてカイルに頼み込む。
それをカイルは了承してくれた。
そして、カイルが精霊を呼び出す。
カイルの出した精霊は俺が使うフォンターナ家の【氷精召喚】とは違うものだ。
バルカニアの北の森でカイルが直接契約した植物の精霊、木精を呼び出したのだ。
この木精は植物全般を操り、リード家としての魔法に【守護植物】というものもあるくらいだ。
カイルが木精に頼むだけであっという間に周囲の草を伸ばすことも可能だ。
今回はそんなカイルの木精に品種改良を手伝ってもらう。
やり方はこうだ。
俺が作った田んぼに稲を植えて、カイルが木精に命じて急激に成長させる。
そして、その収穫した稲から厳選した稲籾を再び植えて急速成長させる。
これを繰り返して、本来であれば数年から数十年、あるいはもっと長い期間かかるはずの品種改良を短期間で終わらせようというわけだ。
「でもさ、それならボクが新しく魔法でも作ろうか? 【急速成長】とかって呪文を作ったほうが収穫量が上がるんじゃないかな?」
「……いや、やめといたほうがいいだろうな。それをすると土地が死ぬ」
カイルが新しい魔法を作ることを提案してくる。
確かに木精と契約したカイルならば、植物をすぐに育てる魔法も作れるかもしれない。
だが、その提案は却下した。
というのも、カイルの木精はあくまでも植物を急速に成長させることはできるが、それだけなのだ。
植物は成長するにあたって土地の栄養や水分を吸収する。
木精によって急激に成長させることができたとしても、土地の栄養などは無くなったままなのだ。
一度や二度なら精霊の不思議な力で大丈夫だったとしても、何度も繰り返すとさすがにまずいだろう。
もし、魔法で収穫を早めることができても、土地が死ねば次に育てることができなくなるかもしれない。
人間なんて自分勝手なもので、できるとわかればそれがいずれ自分の首を絞めることになろうともやり続ける。
そうなれば、遠くない未来にフォンターナの土地は砂漠化している可能性もある。
さすがにそれは俺としても望まない未来だ。
が、今回の品種改良ではそうはならない。
なぜなら、カイルだけでやるのではなく、俺もいるからだ。
俺の魔法である【土壌改良】ならば、一瞬にして土の力を回復させることができる。
カイルの木精が稲を急激に成長させたとしても、おそらくは土地が死ぬことはないはずだ。
「というわけで、俺が【土壌改良】した田んぼに水を流し込んで稲を植える。カイルはその後、木精に稲を成長させてくれ。で、それを刈り取って、そこから得た種籾を使って次を植えよう」
「種籾の選別はどうするの?」
「そうだな。本来の目的は味なんだけど、味を調べるのにいちいち食べるのは時間がかかるからな。塩水に種籾をぶち込んで底に沈んだ重たいものだけを選別して、あとは魔力の内包量が多いやつを使うか。ああ、あと俺も精霊を召喚しとこう」
「え? アルス兄さんが召喚するってことは氷精だよね? なにをするの?」
「どれくらい効果があるかわからんが、稲を急速成長させるときに、周囲の気温を調整する。冷夏でも実るような寒さに強い品種になってほしいしな。まあ、それ以前にフォンターナは寒いし」
「そっか。なら、準備はこのくらいかな? そろそろ一回目の成長をさせてみようか」
「おう、よろしく頼むよ、カイル」
こうして、バルガスたちが湿地帯に田んぼを作っている横で、俺とカイルは米の品種改良に着手した。
何日にも亘って行われた今までにない品種改良のやり方で、東方で得た米よりも実が大きめで寒さに強く、それでいて収穫量が多い魔力量の豊富な米が出来上がった。
こうして、バルカ米と呼ぶべき新種の米の栽培が湿地帯を開発してできつつある新田で開始されたのだった。
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