バリアント事情
「エルビス、お待たせ。帰るやつの選別は終わったんだな?」
「ええ、それはもう終わっていますよ、アルス様。ここにいるのはフォンターナに帰る奴らで、あそこにいるのはここのバリアントに残る連中です」
「……結構多いな。東方遠征軍として東に来たうちの数百人がバリアントに残るのか。てっきりもっと帰るかと思っていたんだけど」
「残る連中にはいろいろあるみたいですね。もともとこの東方遠征軍は二度と帰れないかもしれないという前提なのに自ら志願して軍に参加してきたやつばかりですから。それに帰ったら魔法を返上することになるかもしれないですからね。ここに残れば魔法を失わずにすむってことなら残ろうって気持ちもわかりますよ。それに俺みたいに当主級になれるかもしれないですしね」
「そうか。ま、自分から帰らないって選択するならそれを尊重するよ。一応、このバリアントはスーラに統治を任せているけど、ここもこの後はどうなるかわからない。エルビスはここに残る連中の面倒と合わせてバリアントのことを頼むぞ」
「任してくださいよ、アルス様。なーに、ここにはあのタナトスさんもいますからね。それに俺もちょっとずつこっちの言葉を覚えてきたんです。心配いりませんよ」
ブーティカ領でグランやルークと話した後、俺は再び転送石で移動した。
向かった先は、大雪山を越えた東方にあるバリアントだ。
俺やバイト兄などは転送石で一足先にフォンターナに帰ったが、まだ東方遠征軍は東に残ったままだったりする。
俺には東方遠征軍をフォンターナへと連れ帰るという重要な仕事が残っていたのだ。
今回の東方遠征では俺は結局東の土地に対して直接的な干渉はしないことを結論づけた。
そのため、軍を西へと引き上げるのだが、それは全員というわけではなかった。
希望者はこのバリアントへと残ることを許していたのだ。
そして、エルビスなどが一人ひとりにしっかりと話をして選ばせた結果、なんと3000人の軍のうち500人以上がここに残るのだという。
予想よりも多いというか、もともとのスーラの村の住人に匹敵する規模の人数ではないだろうか?
いや、元の住人よりも多いかもしれない。
そんな人数がいきなり増えたら問題があるかもしれないが、スーラに聞くと大丈夫だと快諾してもらえた。
まあ、全員がバルカの魔法を使える以上、食糧自給率も大幅に上がるだろうから多分大丈夫だろう。
それに戦力があること自体はこのバリアントにとってもいいことではある。
一つは周辺勢力とのパワーバランスが崩れることにある。
バリアントの近くには5日の距離に周囲で最大の勢力を誇る組織がある。
国や貴族というほどではなく、霊峰の麓のいくつもの集落で一番大きな勢力をもつ街というべきものがそこにあるらしい。
そこと魔法を手に入れたバリアント勢とはいずれなんらかの衝突が起こる可能性がある。
また、アトモスの戦士をここバリアントに集結させる必要がある。
そのことをスーラにも説明し、スーラは各地に人を走らせたようだ。
どうやら、すでに何人かはアトモスの戦士の消息を掴んでいたようで、さらにその他にも有力な情報があるらしい。
なんとか、そいつらをバリアントに集めて、さらにそこから他のアトモスの戦士の情報も引き出していくしかないだろう。
ある程度アトモスの戦士が集まったら、バルカニアにも連れていかなければならないが、その前に事情の説明をしっかりしておく必要もあるかもしれない。
「まあ、けど、敵対ばっかりはするなよ、エルビス。スーラと協力して、なるべく味方を増やすように動いておいてくれ」
「ええ、それはもちろんわかってますよ、アルス様。バリアントの下について協力的であれば魔法を授けてやる、って作戦ですよね?」
「そうだ。できれば、エルビス以外にも何人か当主級のやつがいたほうがいい。ある程度協調する者の数が集まれば、俺に連絡をくれれば名付けをしにこっちに来るから」
「スーラ婆さんが言うには大雪山の麓のあたりは他にも国に属さない名もなき集落とかがたくさんあるらしいです。一応、そっちを中心に回って協力を取り付けようと思っています。あ、名付けもお願いすると思いますが、吸氷石の像を建ててもらえると助かります」
「そうか、あの像も他の集落を取り込むのにいるんだったな。わかった。時間を作って建てに来るよ」
「お願いします、アルス様」
フォンターナでは評議会に対して東方の土地は放棄すると周囲に説明した。
が、一切干渉しないというわけでもない。
バリアントはスーラが主導して統治していくが、その補助役にエルビスを残す。
そして、そのスーラとエルビスによってバリアントの勢力圏を拡大していくつもりではいる。
とくに重要なのが当主級を生み出すという目的だ。
シャーロットとの取引時に俺は名付けするのを自分ではなく間に他の人を入れて行った。
そのため、エルビス以外にももう2人ほど新しく当主級の実力者がバリアントで生まれた。
今後もシャーロットとの取引に応じてブリリア魔導国の人間から魔力を吸い上げることは続けるつもりだが、それ以外にも回収できる魔力はある。
それはバリアントと同様に霊峰の麓に点在する集落の人間たちの魔力だ。
周辺の集落などに魔法の有用性を見せつけて、協力関係につけば魔法を授けてやるとささやくのだ。
そして、それに乗ってきたらその集落全員に魔法を授けてやる。
もちろんそれは名付けの効果によって魔力を受け取ることにもなる。
つまり、このタイミングで俺と一緒にフォンターナに帰るという選択は当主級になる可能性を捨て去ることを意味する。
それも残留希望者の多さにつながったのだろう。
当主級になりさえすれば、俺が協力すれば転送石でフォンターナに瞬時に帰還することもできるのだ。
やる気を出して異国の地に残ると決めるやつが多いのもうなずける。
俺としても周辺地域に対抗するためにも必要ではあるし、なによりナージャに対してのいざというときの戦力としても使えるように備えておく必要もある。
こうして、東方バリアントにはフォンターナ王国とは切り離された俺の手勢を残しながら、それ以外の者たちを再び引き連れて大雪山越えすることになった。
一度通った場所であることと地図を作っていたこともあり、行きは長い時間かかって山越えしたのに対して、帰りはもう少し短期間でフォンターナへと帰ることに成功した。
こうして、冬が終わり、春になる頃になってようやく俺の東方遠征事業が正式に終わりを迎えたのだった。
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