迷宮核と子孫の関係
「おい、坊主。あのでかい岩はあそこに置いたままにするのか?」
「アトモスフィアのことか、おっさん? そうだな……、とりあえずしばらくはバルカ城の裏に置いておくことにするよ。意外と安定しているけど、倒れてこないように補強だけはしておこうかな」
「いや、そういう意味で聞いたんじゃないんだけどな。まあ、補強は必要だな。けど、あれはタナトスとかのアトモスの戦士にとっての精神的な象徴なんじゃないのか? いいのか、それをバルカに置いておいて」
「うーん、文句が出るかもしれないけど一応タナトスには許可をもらったからな。あのままアトモスの里にそのままにしておいても、いずれブリリア魔導国が破壊しそうだから移転してもいいって言ってたぞ」
「そりゃ、今はそう言うかもしれないけど後で気が変わったり、ほかの巨人たちが別のことを言ってくるかもしれないだろ?」
「確かに。まあ、そのときになったらその時考えよう。それよりも、今はこのアトモスフィアの活用について考えていこうと思うんだ」
「活用? あのでっかい石が何かに使えるのか?」
「おいおい、気がついてないのかよ、おっさん。あのアトモスフィアをバルカニアに移転してから、ここの空気が変わったように思わないか?」
「空気? そう言われれば確かになんか変わったような気もするな。気のせいかと思ってたんだが……」
「勘違いなんかじゃないぞ。あれはおそらく迷宮の核と同じようなものだ。そして、その迷宮核があるということは、周囲にも影響を及ぼす。そして、それは移転後にも同様だ。つまり、今このバルカニアの魔力濃度はだんだん上がり続けているんだよ」
「……あれが迷宮の核と同じ? ってことは、あの岩のそばに、このバルカニアにいるだけで、迷宮の中で生活しているのと同じような環境になるっていうことなのか?」
シャーロットとの交渉が無事に終わり、向こうでシャーロットの部下たちにも名付けをして魔法を授けた。
そして、その後東方遠征軍はアトモスの里を撤退しバリアントへと退いた。
シャーロットは本国にいるであろうブリリア魔導国の国王へと報告を行うが、一応現地の総督的な地位があるようでその権利を行使して俺と正式に交渉をまとめたことになっている。
ちなみに、シャーロットの報告では東方遠征軍とアトモスの里警備隊の戦闘はなかったことになっているようだ。
あの件は攻め込んできたアトモスの戦士との戦闘中にやってきた霊峰の向こうにある国の軍が現れて共闘したという設定になったようだ。
その後、俺と話し合いの場を持つに至り、こちらの技術と向こうの技術を双方が提供し合う条約を結んだというわけだ。
つまり、最初からフォンターナ王国とブリリア魔導国は敵対もしていなければ、戦闘行為も行なっておらず、平和的に話し合いだけでお互いが利益を得ることになったということになる。
これがもし大雪山を越えた東方ではなく、西側の他の貴族相手だと俺はこのような報告を認めなかったかもしれない。
が、向こうであればこちらがどういう扱いになろうがそこまで気にはしない。
なにせ、こっちはこっちで向こうと戦って見事勝利し、戦利品を得たと喧伝するだけなのだから。
そういうわけで、東方遠征軍はバリアントで体を休め、その間、俺はバルカニアへと再び戻ってきていた。
そして、バルカ城にて少し雑務をこなしているとおっさんが話しかけてきた。
どうやら、おっさんはバルカ城のすぐ近くにいきなり現れたアトモスフィアは一時的に置いているだけで再びどこかに移転させる可能性もあると考えていたようだ。
邪魔だから早くどけろ、と言わんばかりに俺に話を振ってきたのだ。
あるいはアトモスの戦士のことを考えての発言だったのかもしれないが。
が、俺にはそのつもりはなかった。
あれはこのままバルカニアに置いたままにするつもりだ。
現在、タナトスやライラはそのまま東方のバリアントに残っている。
当分の間はバリアントを拠点にして、アトモスの戦士の生き残りがいないかを探すことにしたようだ。
もしも、発見した場合はバリアントに呼び集めて、本人が希望すれば俺が転送石でこのバルカニアまで連れてくることも考えている。
つまり、今後はバルカニアがアトモスの戦士たちの新たな住処になる可能性もあるのだ。
彼らのためにいずれは新たに街を拡張してアトモス地区を設置してもいいかもしれない。
そして、バルカ城に保護したアトモスフィアの前でタナトスの言う儀式でもしてもらおう。
おそらくは、それで巨人の系譜が残せることになるのではないかと思う。
だが、アトモスの戦士たちを受け入れるだけではなく、俺もアトモスフィアを活用していくつもりだった。
俺の狙いはバルカニアの住人の強化だ。
アトモスフィアを移転させた直後は、新たな別の土地では精霊石としての力を失うかもしれないという可能性も考えていた。
が、しばらく様子を見た結果、アトモスフィアはバルカニアという土地に馴染んだようだ。
迷宮核であるアトモスフィアを中心にして、バルカニア全体で魔力濃度が高まっている。
そして、その魔力を利用するつもりなのだ。
この考えはアトモスの戦士であるライラをみて思ったことがきっかけだった。
ライラはタナトスと同様にアトモスの戦士としての力を持ち、巨人化することができる。
そして、その力は俺たちで言う当主級と匹敵するものだった。
が、これは別に特別なことではないらしい。
聞いた話ではアトモスの戦士の中でライラの強さはそれなり程度だという。
つまり、アトモスの戦士はほぼ全員が当主級の実力者、すなわち、魔力量の豊富な者たちばかりなのだ。
これは以前から疑問だった。
なぜなら、タナトスもライラも教会の名付けの儀式を使って他者から魔力を受け取って自身の魔力量を底上げしているわけではないのだ。
すなわち、個人として魔力量が当主級の域に達しているのだ。
これは東方の文化が関係しているのかもしれない。
というのも、ブリリア魔導国の王女であるシャーロットも言っていたが、王族は魔力量の多い男女で婚姻を結んで子をなすことで、次世代により魔力量の多い子を生み出してきたそうなのだ。
それはドーレン王家が国をまとめていたこちら側ではなかった文化だ。
教会による魔力の譲渡や、継承の儀というものがあるゆえに、こちらでは基本的に魔力量の多い女性というのは少なかった。
あくまでも当主級たる実力者は男性に多くなるように、ドーレン王家と教会によって決められてしまっていたのだ。
だが、アトモスの里ではブリリア魔導国ともドーレン王国とも少し違った。
アトモスフィアという迷宮核が里にあったおかげで、他の土地よりも遥かに魔力濃度が高い状態が維持されていた。
そして、そんな土地にアトモスの戦士はずっと暮らしてきたのだ。
迷宮というのは魔力濃度が濃い深層にいると、それだけでその場にいる人の魔力も高まるという。
つまり、アトモスの里ではその迷宮深層と同じ現象が起きていたのではないだろうか。
常に魔力濃度が高いアトモスの里で生まれ育つアトモスの戦士は男女ともに魔力が高くなり、そして、その地で生まれた子ども同士が結婚して子を増やす。
そんな流れが何代も続いて、タナトスやライラのように名付けの儀式などをしなくとも当主級の実力を得るに至ったのではないだろうか?
もし、その仮説が正しいとすれば、同じことがバルカニアでもできるかもしれない。
バルカニアという街全体の魔力濃度を上げるアトモスフィアがあれば、それだけでこの地に住む者は強くなれる。
それだけではない。
以前迷宮街を攻略したときに手に入れたあの薬が使えるだろう。
カイルが再現した魔力草などを原料とした魔力浸透薬という薬がある。
迷宮街では迷宮に潜る探索者には探索組合が魔力浸透薬を飲ませていたそうだ。
これを飲むことで、迷宮に入ったときにその者の魔力をより高めることができ、ティアーズ家の【能力解放】の効果も出たのだそうだ。
つまり、バルカニアで生活し、魔力浸透薬を飲んで、兵士を訓練させれば今よりももっと魔力量の多い人が増えるはず。
今、フォンターナ王国は当主級の者は何人もいるが、そのほとんどは俺が体内に雫型魔石を埋め込んで擬似的に魔力量を増やしているだけにすぎない。
そうではなく、本来の意味での当主級実力者を増やせるかもしれない。
俺はバルカ城の窓の外に見えるアトモスフィアを眺めながら、そんな話をおっさんに聞かせていたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。





