シャーロットちゃん大勝利
なんということでしょう。
アトモスの里からあの巨大精霊石が消えてしまいました。
信じられません。
あれほどの巨大な物質をどこかに移動させることなど至難の業です。
が、私の目の前からは巨大精霊石が忽然と姿を消していました。
あの人です。
これもあのアルスという少年がやってしまいました。
いえ、その現場を直接見ていたわけではないのですが間違いありません。
こんなことをしでかすのはあの人に決まっています。
『あれをどこにやったのですか。あなたはあれがどれほど貴重なものなのかわかっているのですか? 下手に扱って壊れでもしたら、それこそ人類にとっての損失とさえ言えるのですよ』
『どうしたのですか、シャーロット様。いきなりそんなに怒ったらかわいい顔が……、いえ怒った顔もかわいいですね』
『な、なにを馬鹿なことを言っているのですか。そんなことよりも質問に答えてください。あの巨大な精霊石をどこにやったのですか? 隠し立てすることは許しませんよ』
『ああ、私の領地へ持って帰りました。霊峰を越えた向こうにある国元できちんと保管してあるのでご安心ください』
『……え? なにを言っているのですか。霊峰の向こうにある国に持って帰った? そんなことができるわけありません。いい加減、私をからかうのはよしてください』
『本当ですよ、シャーロット様。なら、ご自身の眼で実際に見てみますか? どうしてもというのであれば、ご案内致しますが』
『……私に今から霊峰を越えろとでも言いたいのでしょうか。そんなことはできるはずありません』
『ならば、やってみましょう。なに、安心してください。移動はすぐに終わります』
うそ……。
信じられません。
いったいこの人には何度驚かされるのでしょうか?
私の目の前でいきなり石を作り出したかと思えば、一瞬で消えてしまいました。
そして、すぐにまた姿を現したかと思ったら、今度は私にもその石に触りながら跳べとおっしゃるではありませんか。
……まさか、本当に?
もしかして、これは迷宮にだけ出現する転送石なのでしょうか?
あれを自分で作り出した?
そんなことができるはずがない。
ないはずなのに、私は先程触らされたアルスの作った転送石に向かって跳ぶことになったのです。
そこは見たことのない土地でした。
明らかに今までいたアトモスの里のような渓谷ではなく、どこかの街です。
それもお城があるようなところです。
とすると、本当に全く違う場所に来たのでしょうか?
アルスの言うことは真実でした。
私の目の前には知らないお城があり、その隣にはあの巨大精霊石があったのです。
思わず駆け寄って確認してみても本物の精霊石でした。
呆然としながらアルスの顔を振り返って見てしまいます。
その顔はいたずらが成功した無邪気な子どものように笑っていました。
『……本当に巨大精霊石を移動させたのですね。転送石を使用して』
『ああ、さすがに転送石のことはご存知でしたか。そうですね、その転送石を使って移転させました。これで私の言ったことが事実であると理解できましたか?』
『……精霊石を移動させたということは認めます。ですが、この場所があなたの言う霊峰の西にある国であるかはまだ分かりません。よければ、この地を案内していただけませんか?』
『ええ、いいですよ、シャーロット様。異国の姫を迎えるとあっては失礼はできませんね。シャーロット様がご満足できるように案内を務めさせていただきましょう』
わかっていました。
彼の言うことは多分本当なのでしょう。
霊峰を越えてやってきたということも、この地が霊峰の向こうにある国であるということも。
私がそれを信じられないでいるだけ。
だから、彼は何一つ臆すこと無く答えるのです。
私が望むだけ、この地を案内してくれました。
バルカ城と呼ばれるお城はステンドグラスと呼ばれるもので採光を取り入れた見事な城でした。
お城の中はいくつもの調度品で飾られていましたが、その多くが私の知る美術品とは違う意匠を施されており、しかし決して城の雰囲気を損なうことのない調和の取れたものばかりでした。
バルカ城を出て、内壁を越えた先にある城下町もまたすごいものです。
まるで定規で線を引いたかのように道で区切られた町並みがそこには広がっていたのです。
あちこちで活気のある声が響いており、賑わっています。
ですが、今はまだ冬のはず。
だというのに外を歩いていてもそこまで寒さを感じないようでした。
もしかして、霊峰を越えると我が国とは気候が違ったりするのでしょうか?
そう思ってアルスに尋ねるとその疑問に答えてもらえました。
城下町にある像が街の寒さを和らげてくれているのだそうです。
その像を実際に見せていただきましたが、どうやらこの像はアルスの姿をかたどっているようですね。
形はともかく、このような氷でできた像みたいなもので寒さが和らぐというのは不思議です。
そんな風に私が街を案内してもらっている間、アルスは非常に多くの人に声をかけられていました。
そのどれもが私には理解できない異国の言葉です。
私とて王族として周辺国の言葉はよく学んでいます。
アルスの使っている言語は小国家群訛りがあるように思っていたので、小国のどこかの王族の可能性も考えていたのですが違うのかもしれませんね。
少なくともここで使われている言葉は私は一切知らないものでした。
ふぅ、と息を吐きます。
疲れました。
今までずっと疑ってきましたが、どうやら本当にアルスは異国の住人のようです。
今までにも極稀に霊峰を越えて来たと主張する人物が現れたという話は聞いたことがありました。
ですが、それが真実であるかは誰にも判断がつきませんでした。
いえ、実際はそのほとんどが口からの出鱈目だったと思います。
しかし、アルスは違いました。
異国の出身で、しかも軍を率いて霊峰を越え、さらにはこうして転送石を使って一瞬のうちに移動することすら可能な人物。
その事実を理解はしても、頭と心が素直に受け入れるだけの余裕が私にはありませんでした。
……疲れましたね。
一度帰って暖かい寝床でぐっすりと眠りたい。
アルスと並びながら街を歩いていてそう思いました。
『帰しませんよ、シャーロット様』
『…………え?』
『シャーロット様のような王族をもてなすのです。すぐに帰してしまうなどできようはずもありません。それにこのバルカはまだまだ見るべきところがありますよ。そちらもぜひご案内致しましょう』
『い、いえ、結構です。私はアトモスの里の警備を任されている身です。すぐに帰らないといけません』
『そうおっしゃらずに。大丈夫ですよ、シャーロット様。向こうには私の部下もいますから。しっかりと守っておくように命じています』
『だ、駄目です。帰してください。私は帰ります。勝手に転送石を使わせていただきますよ』
『ああ、それはできないかもしれませんね。実は誰かが勝手に使用することがないように、あの時使った転送石はすでに破壊済みですから』
『え、……え? では、どうやって私は帰るのですか?』
『ご心配なく。私が責任を持って送り届けますよ。まだまだシャーロット様とはお話したいこともありますしね』
アルスのその言葉を聞いて私は血の気が引くとはまさにこのことだと思いました。
なんという失態でしょうか。
なぜ、私はあの時アルスの言葉に乗せられてのこのことついてきてしまったのでしょうか。
よりにもよって、たった一人で、王女である私が単身でこのような異国へと。
一瞬にして体から体温が無くなったかのように冷たくなってしまい、ガクガクと震えながら後悔の念だけが押し寄せてきたのでした。
※ ※ ※
はぁと深く呼吸をし、体から力を抜きます。
どうにかなりましたね。
アルスの土地、バルカニアで帰さないと言われた際には本当に頭の中が真っ白になってしまいました。
けれど、こうして元の場所へと戻ってきました。
そう、私はこうして戻ってきたのです。
部下たちが待つ、アトモスの里へと。
「シャーロット様、ご無事ですか? 奴らに連れ去られてお戻りにならなかったので、皆心配しておりました」
「ご心配をおかけしましたね、総隊長。私はこの通り無事です。あの人達になにかされたというわけでもありません。彼らとは取引を行ってきたのです」
「取引、ですか? それはどのような?」
「私、ブリリア魔導国の第三王女シャーロットの名において、霊峰の西にあるフォンターナ王国の宰相兼大将軍たるアルス・フォン・バルカとの停戦合意、そしてその後の国交を結ぶことを正式に取り決めました」
「こ、国交ですか? 戦闘の停止はわかりますが、フォンターナ王国など聞いたこともない国名ですが、それはいったい? 霊峰の西にある国? ちょっと待ってください、シャーロット様。失礼ながら騙されているのではありませんか?」
「いきなりのことで混乱するのはわかります、総隊長。ですが、私はおかしくなったわけではありません。その証拠がここにあります」
「証拠、ですか。それはいったい?」
「見てください。これは伝説級の容量を誇る魔法鞄です。そして、この中に大量の純銀と美術品、魔法の武器などが入っています。が、それ以上に得たものがあります。魔法を手に入れたのですよ」
「え、ええ? あの、いきなりすぎてわからないことだらけなのですが……、たしかにこれは魔法鞄のようですね。中から次々と物が取り出せます。が、魔法を手に入れたというのは?」
「見ていてください。氷精召喚。ほら、こうして呪文をつぶやくことで魔法を使えるのですよ」
「ほう、魔法陣も使わずにですか? それはすごい。これは羽の生えた小人の精霊のようですね。シャーロット様に似て可愛らしいですね」
「ふふ、それだけではありませんよ。魔石生成。……どうです? 手に入れた魔法の中にはこうして魔石を作り出せる呪文まであるのです」
「魔石もですか? ほ、本当だ。これは紛れもなく魔石です。この魔石があるのであれば、ここで精霊石を採掘する必要もなくなるのではないでしょうか」
「ええ。私は実際にフォンターナ王国に赴いて視察をしてきましたが、どうやら霊峰の向こうでは魔石の利用技術が全く無いようですね。街中でも一つも魔石を使った魔道具が存在しませんでした。彼らは魔石をただの魔力補充の消耗品としてしか使えないのです。ゆえに、岩弩杖や魔装兵器を欲したのです」
「な、なるほど。魔石を作り出すことができるのに、利用できないほどの未開人でしたか。それで巨人などという蛮族とともに行動しているわけですね」
「そうです。そこで私はこう提案したのですよ。岩弩杖と交換する代わりに、私の部下にも魔法を使えるようにするようにと。そして、彼らはそれを認めました。この品々はその交渉がまとまったがゆえに向こうが差し出してきたものです」
「なるほど。さすがシャーロット様ですね。いえ、我々もシャーロット様を信じていましたとも。未開人どもに財宝を出させるだけではなく魔法まで提供させるとは、お見事です」
「大したことはありません。この後、再び彼らがやってきます。そこで私以外にも魔法が使えるように儀式を行うということでした。総隊長、魔法を得るべき人材を選出するのを手伝っていただけますか?」
「はい、もちろんです、シャーロット様」
ふふん。
途中はどうなることかと思いましたが、結果的にはすべて私にとって良い方向へと向かいましたね。
岩弩杖や魔装兵器はアトモスの里で採れる大地の精霊石を使わなければなりません。
が、他に魔石が手に入るというのであれば、それらを提供することに対してさほどの損もないのです。
なぜなら、魔石であれば他にも武器として使用できるのですから。
アルスはそれを知らないようでした。
自分たちがいかに有用な資源を生み出すことができるというのを理解していなかったのでしょう。
だからこそ、岩弩杖に飛びついた。
おそらくは魔王と対峙するためにすぐにでも力が欲しかったのでしょうね。
けれど、この取引、圧倒的にこちらが得をしています。
気の遠くなるほどの年月を待たねば手に入らない伝説級の容量を持つ魔法鞄と魔石やそのほかにも有用なものを作り出せる魔法をこちらは得ることができました。
これならきっとお父様もお喜びになるでしょう。
私はお父様が働きを認めて褒めてくださる未来を想像してルンルン気分で自室へと戻り、本国への手紙をしたためることにしたのでした。
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