王女との取引
『は、早く私を元の場所に帰しなさい。こんなところに連れてきて、いったい私をどうするつもりですか』
『こんなところとはひどいですね、シャーロット様。このバルカニアを見て眼をキラキラさせていたじゃないですか』
『そ、それは珍しいものがあったからで……。そんなことはいいのです。早く私を帰してください』
『まあ、そう焦らずに。まずは一息ついてはいかがですか? あ、なにか飲みます?』
『いりません』
『つれませんね。なら、さっさと話を進めましょうか。私と取引しませんか、シャーロット様。その取引に応じていただければ、すぐにでもアトモスの里へと送り届けますよ』
『……取引、ですか。私に変なことをしようとしているのではありませんよね?』
『違いますよ。もっと真面目な話をしています。私とシャーロット様の間で物と物を介しての取引を提案しているだけです』
『そうですか。ということは、あなたが欲しているというものは以前言っていた魔王を倒すための力、でしょうか。すなわち、魔装兵器を求めているということでよろしいのですね?』
『さすが、話が早くて助かります。以前話していたように、アトモスの戦士は私がこのバルカへと引き取って、シャーロット様はアトモスの地を得る。そして、それ以外にも我々にも魔装兵器を譲って頂きたいと思っています』
バルカ城の一室でシャーロットと話し合う。
どうやら俺はかなり警戒されてしまったようだ。
シャーロットは机を挟んで俺の向かい側で、警戒する子猫のようにツンツンしている。
が、どうやらカイルには一定の信頼感を向けているようだった。
いきなり連れてこられた知らない土地で、「もう帰さないぞ」と言われて困ったときに優しくしてくれたカイルに頼るしかないというシチュエーション。
それによって、本人の思っている以上にカイルのことを頼っているようだった。
俺とは反対側の椅子でカイルと隣り合って座っているのがその証拠だろう。
だが、いいんだろうか。
カイルはあくまでも俺の側の人間なんだけどな。
『話になりません。魔装兵器は我々ブリリア魔導国が開発した貴重な兵器です。そのような貴重なものをこちらを攻撃してきたあなた方に譲り渡すようなことがあるわけ無いでしょう』
『そこをなんとか。その代わりと言ってはなんですが、こちらからはこれを出そうかと考えているのですが』
『……私をからかって楽しんでいるつもりですか? そのような鞄が魔装兵器の代わりとなるはずがないでしょう。話になりませんね』
『そうでしょうか? これはただの鞄ではありませんよ、シャーロット様。これは魔法鞄です。普通の鞄とは違い、大量の荷物を入れることができる優れものの一品ですよ。さすがにこの魔法鞄であれば魔装兵器との取引材料として検討するのに不足というわけではないと思いますが』
『……魔法鞄ですか? ちなみにそれはどのくらいの容量があるのでしょうか。魔法鞄は容量の大きさによって価値が違います』
『これはそうですね。この応接室一杯の荷物が5部屋分くらいは入るのではないでしょうか』
『……っ。嘘を言わないでください。それほどの容量の魔法鞄は貴重なもののはずです。それを手放すというのですか? 迷宮の深層で100年単位で保管して拡張しないと得られない性能ではないですか』
『へえ。さすが東方では攻略済みの迷宮を抱えているだけはありますね。時間経過でどのくらい容量拡張できるかが把握できているのですか。では、それほどの容量の魔法鞄がどれほど貴重かはシャーロット様ならおわかりでしょう? これは魔装兵器との交換に使えると私は思いますが』
『そうですね。いいでしょう。ではその容量の魔法鞄と魔装兵器を一対一で交換するというのはどうですか。まあ、それほど数が用意できるとは思いませんが、5つくらい同等の鞄を用意していただけるというのであれば取引しても良いかもしれませんね』
『ほほう。この魔法鞄と魔装兵器が等価交換ですか。では、ひとまず100個ほど鞄をお渡ししましょうか。そちらも魔装兵器を100個用意してください』
『……え? 今、いくつ鞄を用意すると言いましたか?』
『100ですよ、シャーロット様。申し訳ありません。今はまだそれだけしか用意できませんが、増産することも検討しています。今後はもっと大量に取引したいと考えています』
『ちょ、ちょっと待ってください。そんな数の魔装兵器をこちらが出せるわけ無いでしょう』
『ですが、等価交換を提示したのはシャーロット様でしょう』
『い、いえ、そうですが、せいぜい数個程度のお話だと思いました。それほどの数だとは思わず』
『ですが、等価交換で応じるといったのは間違いなくそちらです。それを覆すようなことはないようにお願いしますよ』
『わ、わかっています。ですが、そのような数の魔装兵器を取引することは私の裁量ではできません。そうだわ。それならば杖はどうでしょうか。岩弩杖との取引はいかがですか?』
『岩弩杖というのはあの魔法の杖ですか? 大きめの岩が飛び出すやつですね?』
『そうです。あれは魔装兵器よりも工数が少なく量産向きなのです。ですので、岩弩杖と取引しましょう』
『そうですか。あの杖もいいものですが、魔法鞄と交換するにはいささか格が落ちると言わざるを得ないでしょうね。ところで、杖ならばそれほどの数が用意できるのでしょうか?』
『魔装兵器よりは。ですが、いつまでも作り続けるというのは難しいかもしれませんね。というよりも、あなたがあの巨大精霊石を勝手に持ち出したことで、今後あの地でどれほどの精霊石が持続的に採掘可能かが分かりませんので予想困難です』
『ああ、そうでしたね。それならお互いが利益を得られるようにしましょうか?』
『どういうことでしょう、お互いの利益とは?』
『シャーロット様は岩弩杖をこちらに提供してください。それに応じて、私のほうからは魔法を提供しましょう』
『……魔法を?』
『ええ。岩弩杖をひとつにつき、私はシャーロット様の部下の一人に魔法を授けましょう。そうすれば、シャーロット様の部隊は全員我々と同じように杖など使わなくとも魔法を使えるようになりますよ。うん、それがいい。そうすればお互いに利益を得られるというものです』
『待ってください。魔法を授けるとはいったい? どのような魔法が使えるようになるのか、というよりも他者に魔法を与える術があるのですか?』
『ええ、我々はその技術を持っています。ならば、一度シャーロット様も体験してみますか? 私からシャーロット様に魔法を授けてみせましょう』
よし。
話をうまく転がすことに成功した。
シャーロットに対して俺は即物的な物を要求した。
と見せかけて、実際に狙っていたのは最後の話だったのだ。
魔装兵器はたしかに強い。
それに岩弩杖は弓矢代わりに使えるいい武器となるだろう。
だが、最終的な狙いはシャーロットたちの魔力にあったのだ。
俺の東方での目的は結局のところ、名付けをして魔力を吸い上げるという点にある。
こちらで各地にある教会がすべての住人に名付けを行い魔力を吸い上げているように、東方でそれと似たことをしようと思っていたのだ。
そのために必要なのは、向こうから名付けを受けたいと希望してくる者たちの存在だ。
シャーロットに対して、俺が名付けを行えば即座に魔法が使えるようになる。
その有用性はすぐにシャーロットも分かるはずだ。
そして、それを自分の部下に使えばどれほどの力を得ることになるかもシャーロットなら理解できるだろう。
が、彼女は知らない。
名付けられた者が親というべき存在に魔力を吸い取られるパスが作られるということを。
継承の儀などを受けなければ、次世代にその魔法をつないでいくことができないということを。
結果、目の前の魔法に釣られることで自分たちの魔力を吸い取られ、そして、岩弩杖という便利な武器も持っていかれることにすぐに気づくことは不可能だ。
こうして、シャーロットは実際に自分が魔法を使えるようになったことを喜び、俺との取引に応じることにしてしまったのだった。
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