知らない人についていくのはやめましょう
「へー、じゃあ本当に東方では領地を確保しないつもりなんだね、アルス兄さん」
「そうだよ、カイル。ガロード様やリオンにもすでにそう説明した。あっちに手を出すならもっと準備が必要だ」
「そうなんだ。でも、思い切りがいいよね。できるだけ向こうで粘って頑張ってみるのも一つの手だったんじゃないの?」
「うーん、そういう意見も多いんだけどな。向こうの言葉を話せるのが俺しかいないっていうのが最大の問題点だったんだよ。何をするにしても、俺が前に出てすべての交渉をしないと話が進まないっていうのはちょっとどうにもならん」
「ああ、そっか。グランさんやタナトスさんが話す向こうの言葉や文字はこっちとはぜんぜん違うもんね。でも、それならボクが向こうに行くっていう選択肢もありだったんじゃない?」
「まあ、カイルは俺と一緒にグランから東方の言葉を習ったからな。けど、カイルがいなくなるとこっちの事務仕事が詰む。お前がいないとバルカもフォンターナも困る」
「アルス兄さんにそう言ってもらえるのは嬉しいな。……で、最後になったけど、その人はだれなの、アルス兄さん?」
「ああ、なんか紹介が遅れたな。この人はブリリア魔導国の第三王女のシャーロットさんです。おめでとう、カイルくん。君のお嫁さん候補だよ」
「……東方から連れてきたんだ。それって誘拐っていうんじゃないの、アルス兄さん? ちょっとボク、それはどうかと思うな」
「それは誤解だ、カイル。シャーロットは自分からこっちに来たいって言ったんだよ。アトモスフィアがどこに消えたのか教えろってね」
東方から帰国した俺はその後なんやかんやと関係各所に連絡をとった。
ガロードやリオンなど、フォンターナ王国の首脳部に対しては東方遠征でのおおよその流れも説明した。
向こうにバリアントと呼ぶ拠点を作ったものの、その管理は現地人にまかせて撤退すること。
向こうで交戦状態になったブリリア魔導国の戦力や未知の技術について。
そして、アトモスの戦士についての処遇についてなどだ。
アトモスの里にあった、アトモスの戦士が「大地の精霊が宿りし偉大なる石」と呼称する巨大な精霊石はフォンターナ王国では今後アトモスフィアと呼ぶことになった。
このアトモスフィアはバルカニアで保管し、今後、アトモスの戦士を回収した際にバルカで保護することも伝えた。
アトモスの戦士はどいつもこいつも当主級の力があるらしいので、今後生き残りをスーラに探してもらって、そいつらを俺が転送石で連れてくる手筈になったのだ。
そして、そのスーラがまとめているバリアントは基本的にはそのまま現地人に統治を任せる。
東方遠征軍はこちらに引き上げるつもりだ。
大雪山もそのまま山越えできない状態にしたままにして、他の国が東からこちらに来ることができないようにしておく。
おそらくバリアントはこれからは巨人が消え去る不思議な場所となることだろう。
が、それを見て「待った」の声をかけてきた者がいる。
シャーロットだ。
俺と話していて、アトモスの里をブリリア魔導国が得て、アトモスの戦士を俺が引き受けるという案について検討しているときに急に巨大な大岩が消滅してしまっていたのだ。
あれをどこにやったのだと詰問してきたので、ならば移転先を見に行ってみるかと聞いたところ、見に行くと言うのでバルカニアへと連れてきた。
もちろん転送石を使って。
当主級の魔力量を誇るシャーロットは転送石の移動を行える。
一瞬にして場所が全く変わってしまったことに非常に驚いていたようだ。
見たことのない場所の大きな街と城。
そこに自身が今まで見てきたアトモスフィアという巨大すぎて移動することすら困難な大岩がある。
いったいどうやって?
まさか本当に一瞬で場所が変わったのか?
あるいはなんらかの幻を見せられているのではないか?
シャーロットは多くの疑問をいだき、俺に対して次々と質問攻めを行った。
が、こちらの返答としては非常にシンプルなものだった。
転送石を使って、アトモスの里から大雪山を越えて西へと移動した。
ただそれだけだ。
もっとも、それを信じられるかどうかは微妙なところだが、少なくともシャーロットは信じたようだ。
おそらくは東方の攻略済みの迷宮のどこかに、同じような転送石があるのかもしれない。
それを都合よく使える俺に驚いているようだったが。
どうやらシャーロットは未知への興味が不安感を上回ったらしい。
アトモスフィアを観察した後は、俺にバルカ城を案内させてそこにあるものを見た。
謁見の間のステンドグラスなども非常に気に入ってくれたようだ。
バルカ城を見た後は内壁の外に広がる城下町も見学したいというので、しっかりとエスコートを務め上げた。
そこまでして、ようやくここが自分の知りえる土地と大きくかけ離れた場所だと認識してくれたようだ。
こうして十分に堪能した後、こう切り出したわけだ。
そろそろ帰る、と。
いや、帰さないんだけどね。
こっちもシャーロットと交渉したいことは山ほどある。
彼女の質問攻めに答えた代わりに、こちらの要望にも応えてもらわないと割に合わないだろう。
ちなみに彼女は交渉のテーブルにつくしかない。
なぜなら、シャーロットが使った転送石はすでに破壊済みだからだ。
彼女が帰りたいのであれば、俺と交渉を終えない限り東方へと帰ることすらできないということになる。
そういうわけで、彼女はたった一人で異国の地に連れてこられて、しかし、当分東方に帰ることができないという状況に至ったわけだ。
……完全に誘拐だな、これは。
誤解もなにも、説明しようとすればするほどボロが出る。
が、俺はただ彼女をここに残るように引き止めているだけで、帰りたければいつでも帰ってくれてもかまわないのだ。
自力では帰りようがないというだけの話で。
「最初からそれが狙いだったんじゃないの、アルス兄さん? シャーロットさんを帰すつもりなんてなくて、こっちに戻ってきたんでしょ?」
「俺はただアトモスフィアの移転先を見たいという彼女の意思を尊重しただけだよ」
「嘘ばっかり。この部屋に入ってきてからシャーロットさんすごく意思表示しているじゃない。今もアルス兄さんの背中をポカポカ叩いて抗議し続けているよ」
「……実は結構痛い。シャーロットは魔力が並みの当主級以上にあるから、力もあるんだよな。というわけで、さっさと交渉に入ろうか。カイルも同席してくれないか。なるべく甘い言葉でもかけてこの子の気持ちを落ち着かせてやってくれ」
「えー、ボクも共犯みたいで嫌だな、それは」
はぁ、とため息をつきながらカイルは東方の言語を使ってシャーロットに自己紹介をした。
シャーロットはそれを聞いて、すぐに俺ではなくカイルに抗議の声をあげている。
悪いとは思いつつ、後のことはカイルに任せることにした。
こうして、ちょっと世間知らずの異国のお姫様は相手の国にやってきて交渉するはめになった。
知らない人についていったら駄目ゼッタイ。
シャーロットにはぜひこの言葉を覚えて帰ってもらおうと思ったのだった。
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