大地の精霊が宿りし偉大なる石
「よかった。やつらはここに手を付けていなかったのか」
「おい、タナトス。ここはなんだ? かなり奥まで入ってきたと思ったら、随分でかい精霊石があるじゃないか」
「ああ、これは我らアトモスの戦士が崇めている大地の精霊が宿りし偉大なる石だ」
「これがそうなのか。てっきりブリリア魔導国の連中が採掘していた黒い石がそうなのかと思っていたよ。ほら、杖とか魔装兵器に使っていたやつのことだよ」
「ああ、あれか。あれも確かにその一つだろう。だが、ここにある大地の精霊が宿りし偉大なる石に比べれば、圧倒的に小さいからな」
「なるほど。たしかにでっかいな。【アトモスの壁】の何倍もあるんじゃないのか?」
アトモスの里での事後処理として、投降した者たちをとりあえず閉じ込めてしまった俺はタナトスと一緒に里の見回りをしていた。
ほかに隠れている者がいないかの確認や、おかしなところがないかを調べるつもりだった。
だが、しばらくしたらタナトスが言ったのだ。
もっと奥にある里の重要な場所を確認しに行きたいのだと。
渓谷内をあれこれ歩き回り、タナトスの言う場所へとやってきた俺はアトモスの里におけるシンボルを見ることになった。
そこにはとてつもなく大きな黒い精霊石があったのだった。
パッと見た感じでは高さは300mくらいはあるのではないかというほどの大きな岩。
太さもかなりあり、長方形をしているように見える巨岩が直立しているのだ。
東京タワーくらいの高さのどデカイビルみたいな黒い一枚岩だ。
見るものを圧倒する存在感が確かにある。
これをアトモスの戦士たちが「大地の精霊が宿りし偉大なる石」といって崇め奉るのはなんとなく理解できた。
もしかしたら、ブリリア魔導国もアトモスの里を占領した際に、この巨大な精霊石を持ち帰りたかったのではないだろうか。
だが、これほどの大きさの巨岩を持ち帰るのはさすがに無理だったのだろう。
調査のためか、はしごなどをかけた跡はあるが、今は放置されていた。
それに杖や魔装兵器として使用していた精霊石はこれよりももっと大きさが小さかった。
現実的に利用するだけなら持ち帰ることができない大きなものよりも手頃な大きさの精霊石を回収したほうが効率が良かったのだと思う。
「……なんか、あれだな。この里の空気は迷宮に似ているな」
「迷宮?」
「ああ、そうだ。タナトスも一緒に一度入ったことがあっただろ? ヴァルキリーに乗って迷宮街を攻撃して、その後、地下に続く洞窟みたいな場所に入っていったところだ」
「……あそこか。なるほど。そうだな。確かに言われてみれば少し似ているかもしれない。あそこは里ほどではないが魔力が濃密だった」
「そうだ。この大渓谷と地下洞窟では地形はぜんぜん違うが、通常よりも魔力濃度が高いってのは似ている。もしかしたら、このアトモスの里ってのは迷宮の一種なのかもな」
なんとなくだが、俺はふとそう思った。
タナトスの故郷のアトモスの里に入った時から感じていたが、この大きな精霊石の近くに来るほどに空気中の魔力の量が多いのだ。
それはあたかも迷宮を潜り続け、深層に行くほどに魔力が濃密になるのと似ていたのだ。
そう言えば、以前グランに聞いた話を思い出した。
大雪山を越えた東方は人が多く、いろんな国があり、そして魔物はめったに見ない存在なのだと。
その話を聞いたときにふと疑問に思ったことがあったのだ。
魔物がいないというが、それならば迷宮は東方にはないのだろうか、と。
結論から言うと、迷宮はあるといえばあるし、ないとも言える。
というのも、昔は迷宮と呼ばれる場所があり、そこには魔物も住んでいたのだ。
が、東方における迷宮はほぼ全てが攻略されてしまったのだという。
迷宮の攻略。
それは迷宮内の魔物の駆逐を意味した。
この世界はゲームの世界ではない。
当たり前だが、人も魔物も生きているのだ。
つまり、迷宮街にあった迷宮の中には魔物が住んでいたのだが、あれは倒してもいつの間にか無限に復活するモンスターではなく、迷宮内で生活し繁殖する魔物なのだ。
であるため、人が迷宮内に入り続けて、魔物を退治し続ければどうなるかというと、迷宮内の魔物を絶滅させることも不可能ではないのだ。
そして、東方では多くの迷宮でそれが実現した。
結果、迷宮はどうなったかというと、魔力濃度が濃い場所として残ったのだ。
これは東方に住む人間にとって、魔物素材を得る機会を激減させたが、代わりにもたらしたものがある。
それは魔石を得やすくなるという効果があったのだ。
魔力濃度が濃い場所では魔石が手に入れやすくなる。
そのため、魔力濃度が特に高い迷宮などと呼ばれる特異点で、その魔力に引き寄せられて多くいた魔物を退治し絶滅させてしまうと、危険無く安定的に魔石を得ることが可能になったのだ。
実際、東方では大きな国はたいてい攻略済みの迷宮を所有しているという話だ。
そして、そのひとつがこのアトモスの里であったのではないだろうか。
アトモスの戦士たちが崇める「大地の精霊が宿りし偉大なる石」は迷宮の核とでも言うべきものであるのかもしれない。
そして、そんな迷宮核のそばで生活し、幼い頃から体を鍛え続けるアトモスの戦士たちはとある儀式を経験することで巨人化の魔法を得ることになる。
タナトスに聞いた話では、気分が高揚する精霊の湯とやらを飲んでから、同年代の戦士見習い同士で決闘するのだという。
その決闘は激しいもので、あるいは儀式で命を落とす者もいるとか。
だが、それほどの激しく勇敢な戦いを大地の精霊が宿りし偉大なる石の前で奉納して、精霊石に認められるとアトモスの戦士としての力を得られるのだそうだ。
……精霊の湯というのがどんな飲み物なのかは聞かないでおこう。
きっと長い歴史の中で巨人化の技術を継承する仕組みが出来上がったのだろう。
まあ、なんにしてもこの巨大な精霊石が今も残っていたというのは僥倖だ。
小さな精霊石という名の土属性魔石を採掘されたとしてもアトモスの里を復興することは不可能ではないだろう。
タナトスの喜ぶ顔を見ながら、俺はそう思ったのだった。
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