投降呼びかけ
『無駄な抵抗はせず、武装を解除して投降しろ。そうすれば、命までは取らない。繰り返す。無駄な抵抗はせずに投降しろ』
アトモスの里における東方遠征軍とブリリア魔導国の警備隊の攻防は終結した。
相手の魔装兵器という切り札をすべて封じ、逆にこちらの攻撃に対して抵抗できなくなった時点で趨勢は決した。
そこで、俺は勝鬨をあげさせて相手に投降するように呼びかけた。
アトモスの里という渓谷の中を走り回り、声を張り上げて呼びかけ続ける。
最初はまだ抵抗する者もいたが、次第にそれも落ち着いてきた。
「でもいいのか、アルス? こいつらはタナトスたちに対して裏切り行為をしてこの場所を奪ったんだろ? なら、タナトスたちはこいつらのことを許さないんじゃないのか?」
「そうかもしれないな、バイト兄。でも、そんなことは俺には関係ない。というか、どちらかが完全にいなくなるまで戦い続けるなんて不毛すぎるよ」
「ま、そりゃそうだな」
「それに俺たちはこのアトモスの里を維持し続けるだけの数もない。もしかしたらブリリア魔導国と交渉する必要があるかもしれないしな」
「うん? お前はそのブリリアなんとかってのと話し合いでもしたいのか?」
「というか、そうしない限り俺たちはフォンターナに帰ることができなくなると思うよ」
渓谷内から次々と現れる精霊石の採掘員たち。
それをみて、バイト兄やタナトスはその全てに対して武器を向けようとした。
が、さすがにそれは止めた。
理由はいくつかある。
まず、話に聞いている限り、このアトモスの里に駐留しているブリリア魔導国の警備隊は10000人近くいるのだ。
そして、そのうえにアトモスの里で採れる精霊石を採掘する作業員はその数倍はいる。
それをすべて武器を持って追いかけるなんてことはできないし、したくもない。
それに、里の外にも目を向ける必要があった。
この地を占領しているブリリア魔導国というところは、冬であるにもかかわらず作業員に採掘作業をさせていたのだ。
そして、当然採掘された石は積み上げられるだけではなく、よそへと搬送されていく。
それはつまり、この場所からどこかへと石を運ぶ者が常時いるうえに、運んだ後にここへと戻ってくる者もいるのだ。
このアトモスの里は完全に外と情報が断絶した密室ではなく、常に人が行き来している場所なのだ。
もし、これから石の運搬が無くなったら明らかに不自然に思われるし、そうでなくともここに向かってきた人が途中で異変に気づいて本国へと連絡を送るだろう。
ようするに、このアトモスの里が正体不明の軍勢によって攻め落とされて奪われたということはそれほど時を置かずして知ることになるというわけだ。
そうなれば相手はどうするか。
まず間違いなく、様子を見に来るはずだ。
警備隊が負けたということを知れば、さらに多くの人員を引き連れてここへと向かってくることだろう。
「……つまり、ここに新しく軍が差し向けられるかもしれないってことだな? なら、またそいつらと戦うことになるのか」
「これ以上戦うのは無しだな。新しく来た軍に勝ったとしても、また次に軍が送られてくるだろうからな。こっちは3000しか数がいないうえに補充が利かない。ジリ貧になるし、なにより終わりが見えないだろ」
「ま、そうだろうな。だけど、それじゃあアトモスの里を諦めるのか? せっかくわざわざ戦って奪い返したんだろ」
「そうだな。こっちも犠牲がないわけじゃないからな。だけど、ここはバルカではない。この地を守るためにこっちが全員死ぬまで戦うなんてことはゴメンだよ。タナトスには悪いけどね」
「じゃあ、どうするんだよ?」
「わからん。それをこれから考える」
「お前も大概適当だな」
「しょうがないじゃん。アトモスの里にこんなに人がいるとはフォンターナにいるときは思ってもいなかったんだからさ」
俺が必死の声掛けで投降することを促したおかげでようやく事態は収まり始めていた。
警備隊は武器や防具を奪ったうえで閉じ込めておく。
そして、採掘員たちはいくつかに分断したうえで、これまた各自の寝床に押し込めて外に出ることを禁じた。
どうやら食料などは十分に蓄えているようだ。
本当に冬の間もずっと作業できるように、食べ物と薪を用意していた。
それを拝借して今後のことについて考える。
さっき、バイト兄に話したとおり、今の俺達に必要なのは出口戦略だ。
タナトスの要請を受けてアトモスの里に里帰りするついでに、こうして占領された故郷を奪い返した。
が、もう数年間はこの地をブリリア魔導国が占領している状態が続いていたのだ。
何年も占領していたらその場所は自分のものだと主張してもおかしくはないだろう。
正直なところ、相手と話し合いをしたところでまともに話がまとまるかどうかはわからない。
が、こんなところを俺が守り続けるというのもどうかと思う。
一番いいのはアトモスの戦士がこの地に戻り、自主独立し、自分たちの力でここを守ることができる道筋をつけることだ。
……そんなことができるのだろうか?
というか、アトモスの戦士がここに帰ってこなかった場合、奪還作戦の意味がぼやけてしまう。
どうしたものやら。
しばらく、あれこれ考えていたものの、いいアイデアは浮かんでこなかった。
俺は今後のことに頭を悩ませながら、投降した者たちの扱いについて指示を出していったのだった。
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