氷精進化
「氷精たちよ、吸氷石に宿れ」
腰の魔法鞄から取り出したのは大雪山の中で見つけた吸氷石だ。
あまりに高い標高故に一年を通してずっと極寒の環境の中で時折みつけた吸氷石。
俺はその吸氷石を魔力的に記憶して再現することに成功していた。
が、今取り出したのは俺が魔力で作った吸氷石ではない。
大雪山で発見した天然物の吸氷石を取り出したのだ。
吸氷石は周囲の寒さを取り込んで大きくなるという特性がある。
そして、その吸氷石は氷精たちに大人気だった。
大雪山越えの道中はわざわざ自然に存在する吸氷石を探し出して、そこにシェルターを作って体を休め、その間、氷精たちは吸氷石からエネルギーを吸い取っていたのだ。
一晩経つと吸氷石が少し小さくなっていたので、なんらかの力を氷精が持っていったのは間違いない。
なので、俺はその吸氷石を回収したのだ。
もともとあった吸氷石を俺の魔法鞄に放り込んで、新しく俺が作った吸氷石をその場に設置する。
そして、大雪山を越えながらいくつものエネルギーを溜め込んだ吸氷石を集めたのだ。
それを使う。
数には限りがあるので、できればあまり使いたくはなかったがこの状況では出し惜しみしてはならないだろう。
俺が手に持つ吸氷石に氷精が飛び込むようにして中に入った。
「……蛇か。いいね、氷の大蛇か」
そして、その吸氷石が急速に縮んでいった。
魔法鞄の口から取り出した大きな氷の塊のような透明な吸氷石がみるみる溶けるように無くなっていく。
だが、消滅するわけではなかった。
吸氷石が消えたと同時にボワッと青白い光が瞬いたかと思うと、次の瞬間、氷の大蛇が姿を現したのだ。
全長は10m以上あるのではないかと思う長さで、胴体も太い氷の大蛇。
こいつはあれだな。
フォンターナ王国の辺境伯の一人であるビルマ家のエランスが【氷精召喚】を使用すると氷の蛇が現れるが、それとよく似ている。
そう、この氷の大蛇は氷精だ。
俺が【氷精召喚】を使うと大した攻撃力も持たない青い光の玉が出てくるだけだが、なぜか他の人は別の姿形の氷精を呼び出すことができた。
バイト兄は氷狼だし、バルガスは大亀だ。
だが、俺もようやく戦闘能力のある氷精を使役することに成功した。
大雪山で回収した冷気を吸収して力を溜めた吸氷石を使用するという条件付きでだが。
もしかすると、吸氷石は氷精となんらかの関係があるものなのかもしれない。
例えば実体ある氷精とは、自然に存在する吸氷石が力を溜め続けその力を俺が召喚可能な光の玉のような氷精が取り込んでなんらかの姿に変化する、という仮説はどうだろうか。
要するに進化アイテムみたいなものだ。
ちなみに俺が吸氷石を使って強制的に姿を変えさせた氷精は、毎回氷の大蛇になるというわけでもない。
以前は別の姿だったことを考えると、毎回違ったものになるのかもと思っている。
「行け。東方遠征軍を囲んでいる奴らをなぎ倒せ」
その氷の大蛇に対して命じる。
それを聞き取った大蛇は体をくねくねと動かして警備隊に向かっていった。
こういうとき、形ある氷精というのはすごく助かる。
なぜなら、単純にでかい蛇が近づいてくるだけでも怖いだろうし、その体で押しつぶされたら大ダメージになるからだ。
宙に浮かぶだけの光の玉と違い、物理的攻撃力があるというのは非常にいい。
それに自律的に行動してくれるので、こちらは他のことに集中できる。
氷の大蛇は胴体をクネッと動かすだけですごいスピードを出して、相手の兵をなぎ倒し、巻き付き、通り過ぎた場所を氷で固めていく。
向こうが使う魔法の杖による攻撃も氷の体で受け止めてへっちゃらそうにしていた。
なぜなら、相手の魔装兵器と同じように周囲の雪などを使って傷ついた体を修復もできるからだ。
東方遠征軍を取り囲んでいたはずの警備隊は急に現れた氷の大蛇に驚き、混乱する。
そして、そのスキをみてバイト兄やエルビスの氷精も攻勢に出た。
バイト兄の氷狼と、それよりも少し小さめの狼というより犬っぽいエルビスの氷精は取り囲まれている間、囲んでくる相手にそのスピードで撹乱するようにして包囲網を狭めさせないようにしていたのだ。
だが、俺の出した大蛇をきっかけとして打って出る余裕が生まれたようだ。
周囲をフォローするためではなく、攻撃のために氷精を使うことができている。
それを見ているととりあえず向こうは大丈夫そうだと感じた。
なので、改めて俺はタナトスが戦っている岩の巨人たちを見据える。
タナトスは何体もの魔装兵器を相手に如意竜棍を振り回して相手をしていた。
どうやら、すでに一つは機能停止に追い込んでいたようだ。
が、それはあくまでも偶然核となる黒い模様の入った石を叩くことができたからで、あくまでも不死身の相手に対して苦戦している。
恐ろしい戦場だな、と思わずにはいられない。
どちらの陣営にも修復機能を持つ存在が猛威を奮っているのだ。
だが、決定的な違いが両陣営にはあった。
それは魔装兵器は俺とアトモスの戦士たちが仕留めることができたことに対して、俺たちの氷精に向こうが即座に対応できなかったことだ。
岩を打ち出す魔法の杖は強力ではあったが、大打撃を与えるだけの力がなかったのだろう。
どうやら、魔力を込めるほど大きい岩を出したりだとか、飛ばす速度があげられるということもないようで、決定打に欠いた。
その結果、最後の魔装兵器をライラが砕いた後はこちらの氷精とアトモスの戦士を止めることができず、しばらく後に趨勢は決した。
こうして、アトモスの里攻防戦は東方遠征軍の勝利で幕を下ろしたのだった。
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