アトモスの里攻防戦
大雪山、またの名を霊峰と東方では呼ばれている高い山々を越えて先に進む。
すると、あるところから風景が変わった。
それまでは雪景色の中でも木が生えていたのだが、だんだんと大きな岩がゴロゴロと転がるような場所へと出たのだ。
土地も隆起して凸凹になっている。
なんというか、これはあれだな。
グランドキャニオンみたいな渓谷になっているらしい。
ここの先にアトモスの里があるとすれば、なるほど、この地では満足に食料を確保することも難しいだろうと思った。
傭兵としてアトモスの戦士たちが命がけの戦場に出かけていった理由が少しわかった気がする。
「見えました、アルス様。あそこから下へと降りることができます。その先へと進めばアトモスの里を守っている警備隊がいるはずです」
「よし、そのまま進むぞ。総員戦闘準備、そのまま攻撃を仕掛けて先手を取る。動くものはすべて敵として考えろ」
これがフォンターナや他の貴族相手であれば宣戦布告や戦の前口上などをしたかもしれない。
が、ここではそれはしなかった。
なにせ、まともな外交交渉のできる間柄でもないのだ。
しかも、相手はこちらの存在には気づいていない。
ならば、今は強襲を仕掛けて少しでも有利なうちに事態を進行させたかった。
木が少なくなり、おそらくは雪がなければ岩肌がむき出しになっているであろう大渓谷の下に向かって偵察兵の先導に従って駆け下りていく。
そして、その先へとずんずんと進んでいった。
しばらく走り続けると何かが見えてくる。
茶色の岩肌や雪とは違う、人の手による建物。
そこから出てくる人や何かを運ぶ荷車。
そこへ全速力で近づいていった。
『なんだ、貴様らは!! 止まれ。止まらんと撃つぞ』
「!? 全軍注意しろ、奴らなにか持っている。飛び道具が来るかもしれない」
『撃て。警備隊、あの未確認の軍勢を攻撃せよ』
「来るぞ、ヴァルキリー、壁で守れ。各員、魔法で迎撃しろ」
全軍で突っ込んでいく東方遠征軍に対して、相手がなにかしてきた。
遠目から見ていると、建物などからぞろぞろと出てきた兵士らしきものたちが手に何かを持っている。
……あれは杖だろうか?
見た限り、杖の先になにか魔石のようなものがはめられているようだ。
それを相手が構えて、杖の先を向けるようにして魔力を込めた。
ズドン!!
次の瞬間、その杖から発射されたなにかが先行して軍の前に作ったヴァルキリーによる【壁建築】の壁に衝突する。
あれは岩、なのだろうか?
人の頭よりも大きな岩が杖の先から発射されてこちらへと飛んできたのだ。
間違いない。
今、あいつらは間違いなく呪文を唱えていなかった。
が、大きな岩を発射して攻撃してきた。
しかも、その場にいた杖を持つ兵たちが皆同じ攻撃をしてきたのだ。
どうやら、あれは魔法武器の一種らしい。
しかも、なかなかに強い攻撃だ。
俺も岩を作ることはできるが、地面から離れたなにもない空間に土を作るのは魔力効率が悪かった。
そのために、【散弾】という小さいが鋭利で硬い石を発射する魔法を作り上げたことがある。
が、あの杖はおそらくは魔力を込めただけで【散弾】以上の攻撃力のある土の魔法攻撃を可能としたのだ。
しかも、杖の性能だけが問題ではない。
むしろ、問題にすべきはその数にある。
相手は10000を超える数の兵を揃えてこの地を守っているらしい。
そして、パッと見た限り、多くの兵がその杖を手にしていた。
ということは、ここにいる兵たちはあの魔法武器を使った攻撃をみんなができる可能性もあるということだ。
……あれはまるで銃ではないか。
初撃を見て、思わずそう思ってしまった。
魔力を込めるというトリガーだけで、強力で均一な攻撃能力を発揮することができる量産型の武器。
杖という形はしているが、あれは間違いなく危険な兵器だと言えるだろう。
もしかして、ブリリア魔導国とやらがアトモスの里を襲い、占領したのはあの武器を作るためなのではないだろうか。
タナトスが言うにはアトモスの里には大地の精霊が宿りし石と呼ぶものがあるらしい。
スーラはそれをブリリア魔導国が採掘し、どこかに搬送していると言っていた。
そして、ここにいる警備の兵が持つ杖の先に付いた魔石のようななにか。
なんとなくだが、アトモスの里で採れる精霊石とは土属性の魔石のようなものなのではないかと思う。
それをなんらかの処置を施して加工した結果、杖の魔法武器として使用しているのではないだろうか。
……いや、それだけならば理屈に合わない。
いかにあの杖が厄介だとしても、それだけでアトモスの戦士がこの地を奪い返せずにいられる理由には不足しているように感じる。
まだ、なにかあるのではないか。
そう思ったときだった。
『魔装兵器、来ました。いつでも起動できます』
『よし、何者かは知らんがあの騎兵共を蹴散らしてやれ。魔装兵器の使用を許可する』
初撃の岩の攻撃を壁で回避しながら、手近にあった建物からでてきた兵に突っ込んでいきこちらも攻撃を加える。
こちらは角ありヴァルキリーに騎乗しているため、少し武器が扱いにくい。
そのため、【氷槍】を始めとした魔法による攻撃を行った。
相手は自分たちが杖から攻撃しているからか、逆に素手の状態で魔法攻撃をしていくこちらに少し驚いていたようだ。
そんな小競り合いをしていると、また別の方角から増援が来た。
集中していた俺の耳に、なにやら聞き慣れない東方の単語が聞こえてきた。
魔装兵器、といったのだろうか?
なんだそれは、と思い声のした方を向くととんでもないものがいた。
「岩の……巨人……? 泥人形とは違うな。まさか人が操縦しているのか?」
高さ3〜4mほどの大きさの岩の巨人がそこにはいた。
アトモスの戦士ではない。
タナトスが巨人化した場合、それは大きいが人であることが分かる。
が、今、目の前にいるのは明らかに人ではなかった。
岩でできた巨人像。
が、それはネルソン湿地帯にいる泥人形とも違うようだ。
あれを魔導兵器というからには泥人形のようにただの化け物ではなく、なんらかの人の手によってできた武器の一種なのだろう。
どうなってんだよ、グラン。
お前ができないとかいったゴーレムのようななにかは東方では実用化しているじゃないか。
杖といい、魔装兵器といい、びっくりするような代物を見せられて驚いてばかりだ。
だが、止まるわけにはいかない。
数で劣る状態で強襲をかけた以上、ここで明確に大打撃を与えなければ撤退すらままならないのだから。
こうして、相手の予想外の戦力に驚かされながらも、俺はヴァルキリーの手綱を引いて、新たに現れた相手に向かって駆けていったのだった。
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