教会のない土地
『どうかな、スーラ。吸氷石の像に拝みに来るやつがいるから、せっかくだし祈りの場でも用意してみたんだけど』
『それがこれですか、アルス様。ええ、いいと思います。なんというか、荘厳な雰囲気というものを感じられます。これは毎日のように拝みに来る者がいるでしょうね』
バリアントに新しい施設を建てた。
それは俺がフォンターナの街に帰っている間に吸氷石の像を拝む習慣がついてしまったこちらの住人たちをみて考えたものだ。
ここ、しばらくの間、俺はこのバリアントの統治についてどうすべきかを考えていた。
そして出た結論が、まともに統治するのは無理だ、ということである。
大雪山を越えて東に来たが、ここは言葉が違うのだ。
おそらくは今はまだ表面化していないが風習などにも違いがあり、いずれはこちらの住人と東方遠征軍の兵たちで諍いが起こるだろうと感じていた。
そして、そんな風習の違う者が統治者として行動したら、それはうまくいかない可能性が高い。
もし成功してもかなり大変なことになるはずだ。
ならば、どうするのが一番いいか。
揉め事を起こさないということを重視するのであれば、多分フォンターナから人を連れてきてバリアントに住ませたほうがいいのかもしれない。
少なくとも風習の違いからの衝突というのは減るだろう。
が、現実的に考えてそれは難しい。
少なくとも短期的に見て、大雪山を越えて人を連れてくる意味は薄い。
なぜなら、フォンターナ王国内にもまだ土地はあるのだ。
わざわざこんな離れた行き来しづらい場所に人を連れてくるだけのメリットはない。
であるならば、バリアントは緩やかな統治、あるいは間接統治のほうがいいのではないかと思ったのだ。
ようするに、俺が直接このバリアントの運営をするのではなく、もともとここの集落の長だったスーラに統治を任せるのだ。
そして、そのスーラに対してあれこれ命令したり、あるいは税金という名の貢物をするように取り決めておく。
それくらいが今のところベターなのではないかと思ったのだ。
だが、それをするのであれば、スーラを始めとしたこの地の住人たちに、「税金という名の貢物を納めてもいい」と思える相手である必要があるだろう。
これには単に物理的な暴力機構を配置してスーラたちを押さえつけて金を吐き出させるよりも、心を懐柔したほうがいい。
つまり、心の拠り所になって、その信仰の対象に金を納めさせようと考えたわけである。
そこで俺は新しい建物を建築した。
俺がバリアント内の寒さ対策のための作った吸氷石からポールが削り出して作ったヴァルキリーに乗った俺の像を囲むように建物を建てたのだ。
それはまるでギリシャ神殿のような作りだった。
円柱状の柱をいくつも建てて、その上に屋根をつけただけの風の入る建築だが、その中に吸氷石の像を設置することで、神殿の中は全く寒さを感じないようになった。
入り口から入って像まで進み、参拝することも可能だ。
今まで像を拝んでいた人もより熱心に拝むようになったのでとりあえず狙いは成功だろう。
ちなみにこの施設は神殿とは言わずに地蔵だと言い張ることにしている。
『よし、じゃあスーラ。これからバリアントの住人にたいして力を授けよう。住人たちを集めてくれ』
『……え? 今、なんとおっしゃいましたか、アルス様? 力を授ける、ですか?』
『そうだ。俺から住人たちに力を授けると言ったんだよ、スーラ。ここしばらくの間、俺たちがものすごい勢いでいろんなものを作ったのは見ていただろ。あの力をスーラたち、バリアント住人にも授けるんだよ』
『ほ、本当でございますか? あのようなことが我らもできるのですか?』
『そうだ。欲しくはないか?』
『し、しかし、そのようなお力を頂いても我らにはお返しできるものがありませんが』
『いや、あるよ。スーラたちには力を手に入れてもらって、この付近に住む別の集落の人間にも味方につくように説得をしてほしい』
『味方に? 周辺の部落にですか?』
『そうだ。この霊峰の麓に暮らす人はそのほとんどが行き場のない生活を送っている。だけど、そんなことは悲しすぎるだろ。だから、みんなで幸せになろう。スーラたちと同じように冬の寒さに凍えて過ごさなくてもよくなるように教えてあげてほしいんだよ』
『……わかりました。それがアルス様の、神の導きであるなら従いましょう。少しでも我らの生活がよくなるのであれば皆も従うでしょう』
『ありがとう、頼むよ、スーラ』
うーむ。
我ながら久々にむちゃくちゃなことをしているなと思う。
が、万が一を考えるとどうしてもやっておくべきことがあった。
それは戦力の増強だ。
もしも、マーシェル傭兵団を束ねるナージャが教会からの神敵認定を受けても崩れずに力をつけ続けたらどうするか。
そのことを考えると、こちらも戦力の増強をしておく必要があるのだ。
だが、フォンターナ王国内ではそれは難しい。
なぜなら、フォンターナ軍全員に対して名付けを行うことはいまだに反対意見もあるのだ。
いや、むしろナージャが登場したことによって、無秩序に名付けを行う危険性が認識されたがゆえに軽々しくは行えなくなった。
が、魔力パスによる恩恵はやはり捨てがたい。
ナージャがドーレン王家の大魔法を持てば関係ないかもしれないが、それでも自分の陣営にいかに当主級の力を持つ者がいるかは今後の生き残りに大きく関わってくるはずだ。
なので、できれば多くの人に名付けを行い、当主級を生み出しておきたかった。
そこで、俺が目をつけたのが大雪山を越えたこの東方の地だった。
ここは教会の影響下にはない。
フォンターナ王国や、あるいはその他の貴族領ではすべての地に教会が建っており、そして一定年齢ですべての者に名付けを行い、全国各地から魔力を吸い上げている。
が、この地ではそのようなことがないのだ。
摘み取られたことのない蜜がそのままここには残っているのだ。
ゆえにそれを食う。
俺は吸氷石の像を特別なものへと見立てて、それにたいして信仰を捧げるものには名を授けることにしたのだ。
こうして、大雪山を東に越えた最初の村の住民はスーラを始めとして大人から子供まですべてがバルカの魔法を授けられることになった。
そして、スーラたちはその魔法の力を使って、周辺の他の集落へもバリアントにつくように声をかけに行ったのだった。
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