心を掴む
「おお、ここがバリアントか。うーん、東方っていってもあんまり変わった景色ってわけじゃないんだな」
「そりゃそうだろ、バイト兄。今は雪が降り積もった景色しか見られないんだからな。ただ、植生はそこそこ違うらしい。春になったら今まで見たこともない花でも咲くんじゃないかな」
「相変わらず花とかが好きだよな、アルスは。いつも出かけた先で花を摘んで嫁さんに送っているんだろ? よくやるぜ」
「笑顔あふれる家庭を目指しているからね。バイト兄も奥さんに持っていったらどうだ?」
「俺はそれよりうまいもんがないか気になるな。こっちではどんな酒があるんだ?」
「花より団子って感じだな。酒はなにがあるんだろうな。スーラに聞いてみてもいいかもな」
新年の祝いのためにフォンターナの街へと帰っていた俺が再び大雪山の東にあるバリアントへと戻ってきた。
すでに転送石を設置しているため、大した苦労ではない。
が、大雪山越えの苦労を知らずにバリアントにやってきたのは俺だけではなかった。
バイト兄も一緒に転送石で跳んできたのだ。
転送石はすでに触れたことのある転送石に向かって一瞬で移動を行うことができる不思議な特性がある。
が、この転送石は俺が魔力で作り上げることができる。
つまり、フォンターナの街で俺が作った転送石にバイト兄に触れてもらってから、先に俺だけがバリアントへと跳んでその転送石を設置することで、バイト兄は今まで一度も来たことのない東方へも移動が可能となったのだ。
これは当主級と呼ばれるほどの魔力量がないとできない芸当だが、逆に言えば当主級の実力さえあるなら後は俺が協力するだけで自力で大雪山を越えなくとも移動できることを意味する。
最悪、戦力が足りなければ他にも当主級をここバリアントに集めてもいいかもしれない。
「おい、アルス。お前ここで何したんだよ?」
「うん? なにをしたってどういう意味だ、バイト兄? 前に説明したとおり、この集落を俺の土地として接収してバリアントとして作り変えただけだけど」
「いやいや、そうじゃねえよ。ほら、見てみろよ。ここの住民はお前を見たらなんかブツブツ言って祈っているじゃねえか。俺はこっちの言葉はあんまりわかんねえけど、なんか、ありがたがっているってのは分かるぜ」
「ああ、そのことね……。エルビスの馬鹿が調子に乗ったみたいでな。なんか俺を拝むようになってたんだよね」
バイト兄にバリアントを案内して歩いていると、もともとのここの住人たちが俺に対してしていることが気になったらしい。
たしかにバイト兄が言う通り、俺が道を歩いているだけで、俺の姿を見るなり手を合わせて拝んでいるのだ。
なかには地に伏せて頭を下げてまで拝んでいる者もいる。
なぜこんなことになったかというと、エルビスが原因だったようだ。
俺が新年の祝いのためにフォンターナに戻っている間も、俺以外の東方遠征軍はこのバリアントに残っていた。
一応、新年を祝うためにここでも多めの酒と食料を渡しておいたので、それで楽しんでくれたはずだ。
何かあれば通信兵を使って連絡をとってくるはずと、安心してこの場を離れた俺。
そして、新年の祝いを行い、フォンターナ王国内の貴族や騎士といった身分の者たちと社交界のようなパーティーにある程度顔を出さなければならなかったため、結局しばらくの間フォンターナにとどまることになったのだ。
その間に、エルビスはこの地でスーラたちに話をしていたらしい。
と言っても、エルビスはこちらの言語をまともに話すことはできなかった。
なので、タナトスを通訳にしていろんな話をしていたようなのだ。
しかも、俺のことを熱烈に語っていたと、他の兵たちが教えてくれた。
エルビスはもともと旧フォンターナ領のとある村で生まれた農民だ。
だが、彼は農民としての暮らしではこの先どうなるかわからないという状況にあり、一縷の望みをかけて当時名が売れ始めていたバルカ騎士領に向かったのだ。
そして、たどり着いたバルカでは軍に放り込まれて厳しすぎる訓練と毎年の出兵というハードな生活が待っていた。
が、エルビスにとってはそんな大変すぎるはずの生活もなぜか希望にあふれたものであると認識できたようだ。
連戦連勝を続けるバルカ。
ウルクの当主級との戦いではエルビス自身もバイト兄の名付けを受けて騎士へとなった。
そして、自分がこれはと見込んで移り住んだ土地の主が、いつしか貴族家どころか国を動かすまでになった。
さらに言えば、自分はもちろんのこと、周りの人間も、あるいは逃げ出したはずの故郷の家族すらもかつてよりも恵まれた生活を送れるようになったのだ。
いつしか、エルビスの中ではバルカの当主である俺は光り輝く未来や希望、栄光の象徴として映るようになったらしい。
その熱い思いを、タナトスを通してバリアント住民たちに語ったのだそうだ。
バルカがこの地の統治を行うことがいかに幸運なことかを実例を挙げて語り聞かせるエルビス。
どれだけ辛かった生活が改善されて、過ごしやすくなったかなどを懇切丁寧に説明したのだ。
それは実際にバルカやフォンターナでもあったことであり、そして、このバリアントでも同様だった。
雪が積もる中での凍えそうな環境で細々と生きてきたこの集落の人間にとって、バリアントの広場にドンと置かれた吸氷石の像はエルビスの言うことを肯定する材料となったようだ。
また、軍から新年の祝いとして配給された食料による炊き出しも効果があったらしい。
極寒の中、餓死する可能性もある中で生活してきた者たちにとって、寒さを和らげて食料を恵んでくれる俺は土地を奪い取った憎き人物ではなく、救世主のように見えたのかもしれない。
しかも、広場に置かれた吸氷石の像はヴァルキリーに騎乗する俺の姿でもあるので、住民たちはみんな俺とすれ違う度に「ありがとうございます」と礼を述べてくるのだ。
なんというか、少々居心地が悪い気もする。
が、これはこれでバリアントの統治そのものにはいい影響を与えるだろうとも思った。
本来であれば、自分たちと使う言語が違う人種に支配されるというのは普通に考えて嫌だろう。
理屈ではなく感覚的に拒絶反応を示してもおかしくはない。
が、ありがたやと手を合わせられるくらいに気に入ってもらえたというのであれば、今後の統治がやりやすくなるかもしれない。
そう考えた俺は人の心をガッチリと掴むことで、この地を支配下に置くことにしようと決めたのだった。
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