神の敵
「ただいま、リオン。ふー、さすがに疲れたよ」
「お帰りなさい、アルス様。ご無事で何よりです。まさか本当に大雪山を越えて東へとたどり着くことができるとは思いませんでした」
「なんだよ。通信兵の【念話】で逐一連絡はとっていただろ」
「それはそうですが、【念話】ではアルス様の生の声が聞こえるわけではないですからね。万が一、ということも考えておかなければいけませんし。それに、転送石で帰ってこられるのであれば、途中で帰還してくることもできるはずでは、という意見もありましたよ」
「そりゃまあ、できるかどうかで言えばできただろうけどな。けど、俺と一緒に大雪山に入った東方遠征軍の連中は転送石があっても魔力が足りないから帰れない。そんななか、俺だけが家に帰って暖かい寝床で寝たなんてことになったら士気に関わるっての」
「……確かに。アルス様であったから無事に大雪山越えを成功させたとは言え、本来は絶対に不可能であるとされる行為を行うのですから、それはそうでしょうね。本当によく帰ってきてくれました。まだ向こうにいる兵たちには十分な食料を送ることができるように手配しておきましょう」
大雪山の東に作り上げたバリアントから、転送石を使って一時的に帰宅した俺はフォンターナの街でリオンと話し合っていた。
どうやら、東方遠征軍を率いて大雪山に入った俺のことは、通信兵の連絡があるにもかかわらず、本当に生きているのか疑惑も出ていたようだ。
それだけ、大雪山を越えるということは不可能であると認識されていたのだろう。
だが、俺が新年の祝いに間に合うように帰ってきたことで、そんな空気は一変した。
しかも、ただ帰ってきただけではない。
大雪山の向こうから持ち帰ったものを見て、本当に東へと行くことに成功したのだと認められたのだ。
それはスーラから購入した錦芋虫からとれた糸を編んだ生地だ。
錦芋虫というのは大雪山の西側には存在しない生き物だ。
それゆえに、今までにない生地を東方から持ち帰ったことで正式に大雪山越えを成し遂げたということを認められたのだ。
「アルス様は大雪山を東西で行き来できるようにして交易を可能とすることを目指すのですか?」
「うーん、どうしたもんかな。新しく手に入れた吸氷石を設置すれば確かに大雪山の移動もしやすくはなる。けど、魔物が出るからな。危険度の高さに見合う利益がでないと交易なんてできないだろう?」
「そうですね。交易のためとはいえ魔法鞄を使うなんてことは一般人には無理ですからね。よほど軽くかさばらず、そのうえ貴重品でなければ儲けにならないかもしれませんね」
「というか、そもそもの話として向こうのバリアントを維持できるかどうかも不透明だよ。付近の勢力の把握とアトモスの里にいる奴らを追っ払った後のことがどうなるかわからんからな」
「アトモスの里はこれから奪還作戦が行われるのですよね? 成功するのでしょうか?」
「一応、今バリアントから偵察を出して様子を探らせている。スーラの情報が正しければ、現状のアトモスの里は精霊の宿る石、略して精霊石を掘る連中がいるみたいだな。そいつらを守る警備の組織がどの程度のものかによるかな」
「ですが、その組織に勝利しても奪還したアトモスの里を確保し続けなければならない、ということにもなるでしょう。バリアントだけの防衛だけでは足りませんよ」
「そうなんだよな。各地で生き残っているアトモスの戦士たちがいるなら、そいつらが里に帰ることができるまで守る必要があると思う。ある程度の数が揃えばいいけど、それがいつになるかだな」
「先が読めませんね。しかし、東ばかりに目を向けている場合でもないでしょう。南はどうするつもりですか?」
「例のナージャ率いるマーシェル傭兵団のことだな。教会が神敵認定したんだって?」
「そうです。教会襲撃事件を受けて、その罪の重さを重大な問題であると判断した教会はナージャを始めとしたマーシェル傭兵団を神敵として定めました。これにより、その後、マーシェル傭兵団といかなる関わりを持ったものもあわせて神の敵ということになります」
「うーむ。それが現実的には厳しい対応か。村八分みたいなやり方だな」
今後の東方遠征軍の動かし方もどうすべきか議論すべきところだが、南の傭兵団に対しても新しい動きがあった。
それは教会がナージャを神の敵である、と正式に認めたことにある。
俺は当初からナージャを危険視していたが、フォンターナ王国としてマーシェル傭兵団にこれといった対処はとっていなかった。
ナージャの危険性に対して他の貴族に訴えることも実は全然していなかった。
それには理由がある。
おそらくはナージャは迷宮街での経験から【収集】というスキルの使い方を学び、ドーレン王家の魔法さえも収集した可能性がある。
そのまま教会を襲い続けて魔力量を膨れ上がらせていくことになれば、失われた大魔法【裁きの光】も使えるようになってしまうかもしれなかった。
が、だからといって、その可能性を大々的に全土の貴族に対して知らせることはためらわれたのだ。
普通ならばそんな危険な存在は怖い、と思う者がほとんどだろう。
だが、逆にこうも考えられるのではないか。
ナージャがいれば失われた大魔法を復活させることができる絶好の機会である、と。
つまり、ナージャの力の危険性を下手に貴族連中に伝えたら、その力を自陣営に取り込んで我が物にしようと考える貴族家が出ないとも限らないのだ。
それがいかに危険であると主張しようとも、他を圧倒できる力が自分のコントロール下に収まるのであれば手元に置きたいと思う者はかならずいる。
つまり、俺がナージャの危険性について口を酸っぱくして言うほどに、フォンターナに対しての強烈なカウンターパンチャーになると証明していることと同じになるのだ。
ゆえに、ナージャは全貴族から敵として見てもらわなければならなかった。
だから、俺は教会に対処を頼んだのだ。
教会は名付けや継承の儀などについてを神の加護であるといつも説法をたれている。
ゆえに、教会が神の敵であると認定したら、それは全員にとっての敵であるということになるのだ。
これを利己的な行動によってナージャを手元に置くことがあれば、その貴族も神敵として教会から見放される。
つまり、ナージャには頼るべき勢力がなくなるのだ。
それに、力をつけたナージャ個人はまだ反抗できるかもしれないが、ナージャの周りにいる者は違うだろう。
いつも身近に人々の生活を見守ってくれている神から「お前は敵だ」と言われたらどれほどショックを受けるだろうか。
神の敵となってまで、ナージャの味方でいたいだろうか。
おそらくは、ナージャよりも神の側につくのではないだろうか?
ナージャを見捨てて、マーシェル傭兵団から離れる傭兵たちが出てくるかもしれない。
つまり、教会がとった方針はこうだ。
力をつける可能性のあるナージャ個人を狙い撃ちにするだけではなく、ナージャに味方する者を減らすことを狙って動いたのだ。
いくら強くなろうとも、たった1人で生き続けることはできないのだから。
「よく言いますよ。それを主導したのはアルス様ではないのですか?」
「え、なんのことかな? 俺は知らないよ。ま、パウロ大司教といろいろ話し合ったことは間違いないけどな」
「全く……。教会が神敵認定するのはわからなくはありません。が、この懸賞金制度はパウロ大司教の考えだけとは思えませんよ」
リオンがそう言って何枚かの紙の束を執務机の上に置く。
そこには、ナージャを始めとしたマーシェル傭兵団の幹部たちの顔が描かれていた。
そして、その人相書きの下には「生死問わず」という文字と「金額」が書かれている。
そう。
教会はナージャたち教会襲撃犯たちを指名手配したのだ。
懸賞金付きで、つまり、賞金首として設定してだ。
これは教会が誰を神の敵として認めたのかをはっきりと示す証拠でもあり、そして、マーシェル傭兵団の離脱者にとっての福音でもある。
傭兵団に加入していたが神敵認定を受けて逃げ出す者たち。
しかし、そこから逃げたとしても彼らは今後も神敵として処罰される可能性がないわけでもない。
そこで救済策を用意したのだ。
教会が用意した賞金首を生死問わず連れてくれば、神の敵を討ち取った勇者であると認めて恩赦が与えられる。
つまり、教会から自分が神の敵ではないと正式に認められるのだ。
しかも、多額の報奨金を貰えるおまけ付きだ。
リオンはこのナージャたち傭兵団幹部たちを賞金首にするように考えたのは俺だと思っているようだ。
が、俺はマーシェル傭兵団の監視に行かせた偵察兵と通信兵がフォンターナに送ってきた資料をパウロ大司教に預けただけだ。
【念写】でバッチリと顔や立ち姿を写した正確な描写の絵を教会に資料として提供したにすぎない。
これがどこまでうまくいくかはわからないが、とりあえずナージャ君はしばらく眠れぬ夜を過ごすことになるのではないだろうか。
その間に、こっちはアトモス関係をなんとか終わらせてしまおう。
こうして、俺は新年の祝いを終えた後、再び転送石でバリアントへと跳んだのだった。
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