村から要塞へ
「よーし、じゃあここバリアントの防衛機能を強化しようか」
「おい、アルス。アトモスの里には行かないのか?」
「ああ。悪いけどちょっと待ってくれ、タナトス。スーラに聞いた話ではアトモスの里には今、里を襲った勢力が駐留しているって話だったろ? なんの準備もしないで里に向かっても危険なだけだ」
「それはそうだが……」
「それに傷は治ったとはいってもライラは体が弱った状態だ。飯食って体を動かして戦闘感覚を取り戻してもらったほうが戦力になるだろ」
「ライラも里に連れていくのか?」
「当然だろ。なんのために魔法を使って回復させたと思ってんだよ。それに、アトモスの戦士は女性でも強いってタナトスが言ってたよな?」
「ああ、そうだ。アトモスの戦士は男も女も皆強い。わかった。俺はライラを鍛えておこう」
「頼んだ」
スーラが長を務めている村をバリアントと改名させて俺の支配地にすることにした。
本当ならばアトモスの里に直行してもよかったのだが、どうやら向こうは石を採掘したりしているらしい。
もう少しどういう状況なのかを掴んでおかないと、里に行っても何もできないだろう。
なので、俺は一度このバリアントに腰を据えることにしたのだった。
それにここで一旦停止するというのは別の理由もある。
いくらなんでも大雪山という雪と魔物しか存在しない極限環境を抜けてきたばかりなのだ。
東方遠征軍としてここまで来た兵たちに休養を与える必要があるだろう。
もっとも、バルカの魔法が使える者はまだ疲労度が少なかった。
【瞑想】という魔法を使ってから一晩寝れば心身ともに元気になるのだ。
それは単純に疲れないというだけではなく、極限状態であっても精神的な負担が少ないことを意味していた。
が、東方遠征軍にも数は少ないが通信兵や偵察兵がいる。
彼らはバルカの魔法を使うことができない。
つまり、【瞑想】によって肉体的精神的疲労を解消するという方法がとれなかったのだ。
ようやく、人の姿を見るところまで無事にたどり着けたとあれば、見えない疲労が一気に吹き出てくる可能性もある。
休みは絶対に必要なものだった。
「まあ、その前にゆっくり休める環境作りだな。各人配置につけ。防衛陣地を作るぞ」
こうして、バリアントに到着後すぐに村を魔改造することになったのだった。
※ ※ ※
『な、なんということだ……。まさか、この集落がこんな要塞のようになるとは……』
『スーラか。どうだ? 結構しっかりした防衛機能がついた場所になっただろ?』
『アルス様はここで何と戦おうというおつもりなのですか? こんななにもない集落に壁に囲まれた要塞の如き防衛施設が本当に必要なのでしょうか?』
『要塞みたいだって言っても、この壁の高さはアトモスの戦士たちならヒョイッと飛び越えてくるんじゃないか? 本当はこれよりも高い壁を作りたいんだけどな。とりあえず、今回はこのくらいの高さで我慢することにしたよ』
数日間の作業によって村の中に壁で囲まれた土地が出来上がった。
スーラに言ったように今回は【壁建築】で作った高さ10mの壁で四方を囲んでいる。
だが、なんらかの事情でアトモスの戦士と戦うことがあれば、この壁はちょっとした障害物くらいにしかならないのではないだろうか。
であるならば、もっと高い【アトモスの壁】くらいを使いたかったが、まあ今回はこれでいいだろう。
これで東方遠征軍3000人とヴァルキリーを収容できるだけの場所を無理やり作り上げたことになる。
『しかし、あれはいったい? 冬だというのに作物を植えていたようですが?』
『あれはガラス温室だな。あそこの中で火を出して温度を高めている。透明なガラスで囲って日光も入るから冬でも作物が育てられる。今はすぐに収穫できるハツカを植えているんだよ』
『……すごい。アルス様にかかればこのような時期であっても農作物が採れるのですか。では、あれは? あれが置かれてからは不思議と寒さが薄れるようですが、あれはいったい』
『ああ、あれか。あれは吸氷石だな。バリアント内でいちいち氷精を出し続けるのもあれだしな。吸氷石を作って氷精なしでも寒さが軽減できるようにしといたんだよ』
『は、はあ……。冬の寒さまで自在に操ることができるのですね』
バリアントは東での仮拠点ではあるが、それなりの機能も持たせることにした。
壁で囲うだけではなく、ガラス温室なども設置した。
といっても、現状では炎鉱石を使ってガラス温室内を暖房しているが、炎鉱石は貴重品でもある。
いずれは温室専用の薪でも用意させないといけないが、コストが掛かりすぎるかもしれない。
まあ、その後の継続利用については後で考えることにしよう。
それ以外に、バリアントには新しいものを用意した。
というか、今までバルカニアでもなかったものを新しく作ったのだ。
それは大雪山で見つけた吸氷石だ。
透き通った氷のようなきれいな石なのだが、これは不思議な性質がある。
周囲の寒さを吸収するのだ。
この吸氷石があるところでは、氷精の力を借りずとも極寒の気温に耐えられるようになる。
これは大雪山のもっと標高の高いところでもそうだったので間違いない。
そして、この吸氷石だがどうやら無事に石、つまり土系統の判定にヒットしたらしい。
つまり、俺が吸氷石に魔力を送り込みながら【記憶保存】すると、それを俺の魔力で再現できるようになったのだ。
今、このバリアントに設置した吸氷石は何を隠そう、俺が魔力で作り上げたものだった。
ちなみに、最初設置した吸氷石はただの大きな透明な石だったのだが、いつの間にか登山家のポールが細工をしたようだ。
まるで氷細工を作るかのように、刃物を当てながら木槌で柄をトントンと叩いて吸氷石を削っていたのだ。
俺が次に見たときには、ヴァルキリーに騎乗した俺の姿を吸氷石で表現していた。
普段ならそんなことをしたら文句を言うところなのだが、これが予想以上に細かなところまで作り込まれたもので、見た瞬間思わず「すごいな」と言ってしまった。
結局、周囲の寒さを吸収するという性質は損なわれていないようなので、なんとなく許してしまった。
「けど、この吸氷石はかなり使えるな」
「そうですね、アルス様。バルカニアやフォンターナの街にも設置してみたらどうですか?」
「お前もそう思うか、エルビス? というか、街にもいいが、大雪山の中ももうちょっと数を増やしてみてもいいかもしれないな。移動が楽になるだろ」
「ああ、それはいいですね。移動するのに助かりますね。まあ、アルス様にとっては関係ないのかもしれませんが」
「まあな。俺は転送石であっという間に帰ることができるしな」
スーラのそばにいたエルビスとも会話をする。
エルビスの言う通り、この吸氷石はバルカニアなどでも必ず役立つだろう。
なにせ、冬は本当に寒いのだからその寒さを多少なりともマシにしてくれるというのは本当に価値があることなのだ。
それに、大雪山を越えてここまで来たが、ここにバリアントという土地を手に入れた以上、今後も有効に活用したい。
そのためには、今後も大雪山を越えて東と西で交易くらいはできたほうがいいだろう。
それをするなら、大雪山越えのルートを少しでも通れるように吸氷石の数を増やしたい。
が、俺個人としては別にもう大雪山をわざわざ越えなくとも移動は可能だ。
なぜ、この東方遠征軍に騎乗して戦うには不向きな角ありヴァルキリーを連れてきたのか。
それはもちろん、道を作るためにあった。
ヴァルキリーは持ち前の固有魔法【共有】によって群れ全体で魔力を共有することができるので、兵士たちよりも遥かに使える魔力量が多いことになる。
そのうえ、移動中でも足から魔法を使えるのだ。
人間の場合、【道路敷設】などの魔法を使おうとすれば地面に手を付ける必要がある。
が、四足歩行で移動するヴァルキリーは大雪山越えの最中に歩きながら魔法を使い続けたのだ。
西から東へと向かう道中に道を作るように【整地】や【道路敷設】を。
その結果、この東側のバリアントで転送石を設置してもバルカニアやフォンターナの街との瞬間的な行き来が可能となった。
これにより、俺は一時的に帰宅することも可能となり、フォンターナの街で行う行事の新年の祝いにも無事に出席できるようになったのだった。
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