前線拠点
『アルス様、これまでのご無礼をお許しください』
『え? いきなりどうしたんですか、スーラさん?』
『アルス様が尋常なお方ではないことはわかっておりました。しかし、それがわかっておりながら村を守るためとはいえ不敬なことばかり言ってしまいました。お許しくだされ』
『……わかりました。こちらは気にしていませんので、大丈夫ですよ』
『ありがとうございます。……それで、お聞きしたいのですが今のライラを治したのはアルス様の、神のお力なのでしょうか?』
『え? ええ、まあ神の力と言えばまあそうなりますね』
『おお、やはりそうでしたか。そうでしょう、そうでしょうとも。そうでなければ、あれほどの傷を負ったライラを瞬時に治すことなどできようはずもありません。ああ、ありがたやありがたや』
スーラに案内された部屋で見たアトモスの戦士であるライラ。
ライラの体は痛々しい傷と腕や足の欠損まであった。
どうやらこのライラはタナトスの知り合いらしく、アトモスの里の襲撃で襲われて傷を負ったようだ。
タナトスの依頼でライラに対して回復魔法をかける。
すると、瞬時にその傷は全て治ってしまった。
何度見てもこの回復魔法はすごいなと思ってしまう。
が、それは俺やタナトス以外にはさらに衝撃を与えたようだ。
まあ、考えてみれば当然だろう。
いきなり失われた手足が元通りに戻るなんて、医療技術の発展した前世でも見ることのできない奇跡だ。
そんなものを目の前で見せられたら誰だって混乱してもおかしくはない。
治療によって回復したライラのほうはというと、少しの間ポカンとしていたが、タナトスが声をかけると自分の体が治っていることに気がついたらしい。
しばらくは復活した手をニギニギとして感触を確かめていたが、少しするとボロボロと涙を流し始めた。
それを見て慌てて慰めようとしているタナトスの姿はなんとなく新鮮に映る。
フォンターナではやはりどこかよそ者という感じで周囲と一歩距離がある感じがしていたが、慌てているタナトスを見ているとアトモスこそがタナトスの故郷で間違いないのだなと思った。
結構な時間と手間をかけてここまできたが、これだけでも来たかいがあったかなと思ってしまう。
が、それとは別に混乱して変な行動をしている人がいた。
この村の長を務めているスーラという女性だ。
彼女がいきなりひざまずいて頭を下げたかと思うと、今度は俺に向かって手を合わせて拝むようなことをしている。
回復魔法を神の力かと聞かれて、とりあえず教会から授かった神の加護によって得た力ということで「神の力である」と答えたがどうだったのだろうか。
もしかして、俺のことを神かなにかと思っているのかもしれない。
まあ、実際に欠損治療までできるのであれば、そう思っても不思議ではないのかもしれないのだが。
そして、その誤解を訂正する気もあまりなかった。
最初の押し入り強盗を警戒するかのような対応をされるよりは、いくらかマシに思えたからだ。
『それにしても、よくアトモスの里から逃げてきたライラを保護しましたね。普通、このような辺鄙な村であれば重傷者の受け入れは村にとっての負担にしかならないのではないですか?』
『そのことですか。確かに負担にはなりますが、ライラがここにいる意味はあるのです。危険な獣などが出たときなどに、ライラを荷車に載せて移動させて連れていくのです。獣程度なら巨人の娘であるライラの威圧を受ければ、それだけで逃げていきますからの』
『なるほど。用心棒代わりですか。確かに手足を失ってもアトモスの戦士なら動物相手ならなんとかしそうですね』
『それにこの村はもともと流れ者が集まってできた集落ですからな。よそ者であっても受け入れることはあるのです』
その後、スーラと少し話をした。
どうやら、ライラを助けたのはなにも人道的配慮だけではなかったようだ。
村を守るための用心棒としての役割をライラが果たしていたからこそ、村に置いたのだろう。
が、それ以外にも理由があった。
というのも、この村は流れ者、あるいは他の土地では生活できなくなった者たちの行き場でもあるそうなのだ。
かつて、大雪山の東側の国々では犯罪者などをこちらでいう霊峰へと追放する刑罰が行われていた。
それが、結果として山を越えて西側に定住することにもなった俺たちの祖先のルーツにもつながる。
が、当たり前だが追放刑を受けた全員が山を越えることなどできるはずもなかった。
というよりも、大多数が山を越えられなかったのだ。
では、その者たちが全員霊峰で野垂れ死んだのかというとそうでもなかったらしい。
人が住むには厳しすぎる場所ではあるが、険しい山の中で集落を形成して生きていく者もいたのだという。
そして、この村ももともとはそのような経緯で発生した集落だったようだ。
現在はそのような追放刑はあまり主流ではなくなったが、この地で生活している者もいる。
さらに、現在でもなんらかの理由によって霊峰へと逃げてくる者がいて、そういう者たちを受け入れる役目も果たしているのだそうだ。
よそ者をいれるのは危険なのではないかと思ったが、限られた集団内では血が濃くなりすぎるということが経験的に知られているので、それなりによそ者も歓迎しているのだそうだ。
『なるほど。と、いうことはこの辺の土地はどこかの権力者の所有地ではない、ということになるのですか?』
『そうです。街のような人数もおらず、作物の収穫は見込めないので放置されています。どこにだれが何人住んでいるかは把握しきれていないでしょう。が、錦芋虫の糸や生地は良い値がつくので、行商人などはたまに来るので外界と交流がないというわけではないのです』
『……ちなみにここから一番近い権力者の街まではどのくらいの距離があるのですか?』
『そうですな。権力者と言うほどではありませんが、幅を利かせている勢力の組織が治める土地はまだ山をいくつか越えていく場所なので、5日以上は歩く必要があるでしょうな』
『5日、か。なら、アトモスの里までは?』
『アトモスの里は谷を迂回していかないと行けないので、迷わずに進んで10日と少し、というところでしょうかの』
『結構あるな……。えっと、その5日の距離のところに住んでいる権力者がアトモスの里を襲撃して占拠しているのでしょうか? それとも別の勢力ですか?』
『はあ、アトモスの里を襲ったのは別の離れたところにある国ですが』
『そうですか、わかりました。では、これからこの村は私の土地とします。アトモスの里解放戦線の拠点として活用するため、異論がある者は申し出るように伝えてください』
『え? この村をアルス様が治めるのですか?』
『そうです。これより、この地はバリアントと呼称することにしましょうか。いいですね、スーラさん?』
『わ、わかりました。しかし、これだけは約束していただきたい。決してこの村に住む者たちにひどいことをしないでほしいのです。皆、ここ以外に行き場がないのです』
『ええ、わかっていますよ。とりあえず、当面の間は税の取り立てをしないと誓いましょう。私の連れてきた兵たちが村人に手をかけるようなことがあれば厳重に罰することも誓いましょう。いかがですか?』
『でしたら、もう一つお願いがございます。この村では怪我をしている者がライラ以外にもおります。できれば、アルス様のお力でその者たちを治してはいただけませんか? そうすれば、皆アルス様のことをお慕いするようになると思うのです』
『治療ですか。……そうですね、いいでしょう。本来、この力は軽々しく使うものではありませんが、今回に限り希望者は治療を行いましょう。ただし、今後も私が治療を行うことが当たり前だと思われても困りますよ』
『わかっております。あのような治療をいつでも受けられるなどと思うものはおりません。では、皆を一堂に集めて私から説明を行いましょう』
『それは良かった。では、これからよろしく、スーラ』
良かったよかった。
なんか知らんがすんなりとこの地を押さえることができた。
数年間税を取り立てないというのもこちらにとってはなんのデメリットにもならない。
なぜなら、あくまでも目的はアトモスの里にあるからだ。
ここはあくまでも仮拠点として使用して、いざとなったら撤退することも考えている。
こうして、東方遠征軍は大雪山を越えた先の村をその支配下に置き、バリアントという名の前線基地として使っていくことにしたのだった。
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