奇跡
『で、いったいなんの話だい? 早いところ用を済ませてほしい。村の人間もみんな怯えているからね』
『こちらの要求はいくつかあります。が、そうですね。ざっくり言うと、交易・食料・情報、これらをやり取りしたいと考えています』
『交易? ……まあ、まずは食料について言っておくが、この村にはあの人数の腹を満たす十分な食料の持ち合わせはないよ。ただ、金を払うって言うのなら多少は融通できなくはないけどね』
『それはいいお言葉をいただきました。では、物々交換といきましょうか。霊峰に住む氷熊や四手氷猿の毛皮を出しましょう。それと食料を交換していただきたい』
『……は? 霊峰に住む魔物の毛皮? ちょ、ちょっと待ってくれ。本当にそんなものがあるのかい?』
『ええ。エルビス、見せてやってくれ』
アルスという少年とその付き添いを村へと案内してまずは話を聞き出す。
相手が何を要求してくるかと思ったがひとまずは無理難題というわけではなさそうだった。
とりあえず、この相手はいきなり暴力を振りかざすことも無いようだ。
できれば穏便に帰ってほしい。
食料を提供するのはこの時期は厳しいが、それでも襲われるよりははるかにいい。
相手が交換を申し込んできている以上、無下には断れない。
そう思っていたが、相手が出したものが予想外のものだった。
霊峰に住む氷熊や四手氷猿の毛皮を出してきたではないか。
極寒の中で襲い来る死の象徴たるあの魔物たちの毛皮がある?
まさか、よりにもよってこの時期に狩りでもしてきたのだろうか?
命知らずにもほどがある。
『これは、本当に氷熊や四手氷猿の毛皮のようだね。これならかなり暖かいから冬には助かるよ。わかった。こちらは食料を出すから交換しよう』
『ありがとうございます、スーラさん。あ、そうだ。できれば全部食料だけではなくて、お金でも買い取ってもらえるとありがたいのですが』
『金で? それはいいが、この村ではあんまり高くは買い取れないよ。あんたたちが自分でどこかの街のほうにまで持っていったほうがよっぽど高く売れると思うけど』
『ああ、実はこれからまだ行くところがあるんです。できれば荷物は減らしておきたいので、お金に替えられるならそうしておきたいってだけですよ』
『……ふーん、そういうことかい。わかった。それならこちらも問題ない。買い取れる分は買い取らせてもらうよ』
こんな時期に軍を動かしているだけでもおかしな話だが、まだどこかに行くっていうのか。
あまりに怪しいが、突っ込むのは野暮だろう。
私たちには関係がない。
むしろ食料よりもありがたいかもしれないしね。
『で、その毛皮が交易品ってことでいいのかい?』
『ああ、いや、そうですね。この村では何か特産品がありますか? よく売れるものとかはなにかないですかね?』
『こんなところにあるものかい。ただ、そうだね。このへんには錦芋虫が生息していて、そいつから採れる糸でつくった生地は貴重品だって買っていくやつがいるかね。まあ、大した量がとれないからそもそも数が少ないだけなんだけど』
『錦芋虫の糸から作った生地ですか。いいですね、それ。もし在庫があるなら、それもいただけませんか。追加で毛皮を出しましょう』
『ちょっとしか無いが、それでもいいのかい?』
『ええ、かまいませんよ。ただ、気に入ればもしかすると今後も買い付けに来るかもしれません』
『そりゃ嬉しい話だけどね。そのときゃ、もっと少人数で来ておくれよ。で、あとはなんだったかな? 情報がほしいんだったかい?』
『ええ。実は我々はこれからアトモスの里に行こうと考えています。ですが、情報不足でして。なにか知っていることがあれば教えてほしいのですが』
『……やっぱりかい。あんた、アルスって言ったっけね。アルスの隣りにいるのはアトモスの戦士だね?』
『お気づきでしたか』
『そりゃあね。アトモスの里はここから距離があるとはいえ、全く知らないわけではないし。それに、いい機会かもしれないね。いいよ、ついてきな。会わせてやるよ』
アルス少年の隣に立つ大男。
そいつはもしかしたらアトモスの戦士かもしれないとは思っていた。
だけど、アトモスの戦士がいるなら今のアトモスの里がどういう状態かわかっていないということも無いだろうと思ったが、そうではなかったようだ。
彼らは全くアトモスの里の現状について知らなかったようだ。
もう何年も前に巨人戦士のいる場所として有名なアトモスの里が襲撃される事件が起きた。
こんな山の中の辺鄙な場所でも耳にするくらいの大事件だった。
戦場に出れば圧倒的な力で活躍するアトモスの戦士が住む里が、またたく間に壊滅したのだ。
そして、その里は今、占領状態にあるという。
アトモスの里は不思議な場所だという話で、それが狙われた原因だそうだ。
岩石ばかりの作物が育たないところらしいが、特殊な石が採れるらしい。
巨人たちはそれをまるで神様のように崇めて生活していた。
が、それは技術を持つ人間にとっては武器の材料になったらしい。
つまり、アトモスの里はとある国から資源の取れる場所としての価値を見いだされて狙われた。
そして、半ばだまし討ちのように里が襲われて、壊滅したらしい。
それからもう何年もアトモスの里はその国によって占領され、石が採掘され続けていると聞く。
『アトモスの戦士は大地の精霊が宿りし偉大なる石、とか言うんでしたっけ? それが武器の材料になるのですか』
『許せない。あれは我らにとって何よりも大切な信奉すべき対象だ。それをそのような扱いをしているのか、裏切りの依頼者どもは』
『本来はアトモスの戦士たちが祈りを捧げて巨人化する魔法を手に入れる精霊が宿っているんだったよな、タナトス。ってことは、精霊が宿った石を武器にしているのかな? 何年も採掘するっていうなら消耗品の可能性が高いのかも』
『わからん。が、とにかく許せん』
『まあまあ、落ち着けって、タナトス。で、スーラさん。その話を教えていただけたのはありがたいのですが、今どちらに向かっているんですか? わざわざ移動しながら話していただく必要があるのでしょうか?』
『だから言ったろ。会わせてやるって。ほら、ここだ。ここにそこのタナトスとやらのアトモスの戦士のお仲間がいるよ』
『仲間?』
『ライラっていう巨人の女さ。ここで匿っている。けど、先に言っとくけど、あの子をあんな姿にしたのは私たちじゃないからね。アトモスの里が襲撃された後に逃げてきたのを受け入れただけさ』
アルスやタナトスをライラがいる家に案内した。
扉を軽く叩いて家に入る合図をする。
が、ライラが出てくるのを待つつもりはない。
そうするだけの意味もないからだ。
小さな家の一室で巨人の女であるライラが横になっていた。
もっとも巨人といっても普段は普通の大きさで、寝床も私たちの使うものと大差ない。
かすかに胸が上下していることからも、ライラが生きていることはアルスたちにもわかるだろう。
けど、その姿を見て二人の動きが止まった。
……いや、止まった状態は長くは続かなかった。
タナトスのほうが一気に駆け寄って大声を上げた。
『ライラ、お前……』
『……だ、だれかと思えば久しぶりですね、タナトス。……よかった。あなたは元気そうだ』
『ライラ、お前、その顔は。いや、腕もか』
『ええ、それに右足もです。負傷して失ってしまいました。こ、これではもうアトモスの戦士として戦うこともできませんね』
そうだ。
ライラは怪我をしている。
いや、怪我と言っていいものでもないのかもしれない。
顔には大きな火傷の痕があり、左肘から先と右足は全部を失っている。
正直、よく無事にここまで逃げてこられたと感心したものだ。
巨人っていうのはこんな状態になってもしぶとく生き残ることができるのかと見るたびに思ってしまう。
『タナトス、その人のことを知っているのか?』
『ああ、知っている。ライラは同じ里で俺より年下だが同じ戦場で戦ったこともある同胞だからな』
『そうか。再会できてよかったな。幸先いいじゃねえか』
『そうだな。ああ、そうだ。こんなにすぐに再会できるとは思っていなかった。今日は実にいい日だ。思いっきりカルロス酒が飲みたい気分だな』
……幸先がいい?
本気で言っているのだろうか?
巨人とはいえ、仮にも女性が顔を大怪我した傷痕を見ながらする話ではないだろう。
なにを考えているのだろうか。
そう思った。
が、すぐにそんなことはどうでも良くなってしまった。
タナトスがアルスに「治せるか?」と聞いたのだ。
それにアルスが「もちろん」と答えた。
私はてっきりそれを聞いてアルスは医療の心得があるのだろうかと思った。
が、違った。
全く違った。
たった一言だ。
アルスという名の少年がたった一言つぶやいた。
それだけで、もう何年もまともに体を動かすこともできずに寝ているしかなかったライラが治ったのだ。
自分でも今しがた我が眼で見たことが信じられない。
なぜ、どうやって、どのようにしてライラのその傷は治ったのだろうか。
顔の半分を覆うような大きな火傷の痕も無くなっていれば、失われたはずの手足も元通りに戻っている。
それだけではない。
何度も看病でライラの体を拭いてやったことがあるからわかる。
ライラの体は幾度の戦場での戦いで大小様々な傷がついていたのだ。
それがひと目で全てなくなっていることがわかった。
なんだこの少年は?
圧倒的な力を誇るアトモスの戦士と対等に話していることからも尋常な人物ではないのはわかっていたつもりだった。
だが、二度とまともな生活をおくれないような体を一瞬にして治す奇跡を見せられた。
もしかして、この少年は人間ではないのかもしれない。
この村に率いてきた軍の人間全てにひっついてた精霊はこの少年ひとりがすべて使役しているのだそうだ。
信じられないほどの精霊を連れ、瞬きの瞬間すら許さないほどの早さで傷を癒やすその力はまるで神様のように見えた。
そう思った瞬間、私は思わず膝を床について少年、いや、アルス様に向かって頭を垂れていたのだった。
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