スーラ
「あの村はなんて名前の村か知っているのか、タナトス?」
「いや、知らんな。こんなところにある村にはもしかしたら名もないかもしれない。住んでいる数も街のように多くはないだろう」
「ってことは、あそこで食料の補充は厳しいかな」
「まあ、こんな雪の降る時期に食料に余裕はないだろう。どうする? あの村によるのか、アルス?」
「……そうだな。歓迎はされないだろうけど、顔を出そう。アトモスの里についてなにか聞けるかもしれない」
大雪山を越えてやってきた土地で初めて見る人の集落。
それはまごうこと無く村という感じで、とても大きな街とはいえないものだった。
それに冬の時期ということもあり、あまり人が外に出ている感じもしない。
きっと、家の中で寒さをしのいでいることだろう。
そんな村にいきなり押し寄せては相手を警戒させるだけになるかもしれない。
が、どのみち村にいかないという選択肢はとれない。
なぜなら、タナトスがアトモスの里を出てから何年も経っている。
その間の里の情報について、少しでも手に入れておきたいからだ。
あの村でそれが聞けるかはわからないが、スルーするという選択肢は選べない。
というわけで、俺たちは村に向かって一切の乱れのない行進でもって近づいていったのだった。
※ ※ ※
『待て! あんたら、何者だい? この村になんの用だ?』
ザッザッとヴァルキリーが雪を踏む足音をたてて行進しながら村に近づく東方遠征軍。
その進行を止めようと、1人の女性が軍の前に飛び出すように近づいてきて声を張り上げた。
村を守るような行動だが、3000ほどの軍という集団に向かってこんな口の利き方をしてもいいものなのだろうか?
ちなみに、相手はグランやタナトスが使っていた東の言語を口にしたので、俺とタナトス以外は相手が何を言っているのか全く理解していない。
前に飛び出してきて何事かを大声で叫ぶ人物を見て、即座に軍の雰囲気が変わった。
その気配を敏感に察し、前に出た人物が半歩ほど後退する。
が、その程度ですむというのはなかなか肝が据わっていると言えるのではないだろうか。
「全軍停止」
相手の前で軍を止めて周囲を警戒させる。
そのうえで、俺は軍の前方へと出ていって、東の言語を使って話し始めた。
『あなたはこの村の村長ですか?』
『え……、あ、ああ。そ、そうだ。私がここの村をまとめているスーラってもんだ。あんたは何者だい?』
『俺の名はアルス。この村には聞きたいことがあって来ました。どこか、話をできる場所はありませんか、スーラさん?』
『話? なにか聞きたいっていうんなら、ここでもいいだろう?』
『ここは話をするには少々寒すぎるでしょう。なに、村に入らせてもらいたいのは数人だけです。ほかのものは村から離れて待機させておきましょう。いかがですか?』
『……わかった。話だけならかまわない。ただ、こっちも見張りは置かせてもらうよ。それでもいいかい?』
『ええ、もちろん』
『わかった、ついてきな』
この村ではどうやらスーラという女性が長を務めているようだ。
顔に深いシワがある老女といった感じなのだが、眼がキリッとしていてこちらをしっかりと見つめている。
当たり前だが、かなりこちらを警戒している。
が、おそらくは戦力的にこっちのほうが上なのだろう。
こちらの要求を出したら、そこまでごねることもなく了承してくれた。
俺はタナトスとエルビス、そして通信兵を1人加えた4人でスーラの村へと入っていたのだった。
※ ※ ※
なにかが来た。
この冬の時期には珍しく天気が晴れた日に、村一番のやんちゃな子が家の仕事を抜けて村の外へと遊びに行き、そんな話を村へと持ち帰ってきた。
最初、大人たちはそれを仕事を抜けた言い訳だと思ったようだ。
だが、その子はたくさんのなにかがこの村に向かって近づいてきていると事細かく説明するのだ。
さすがに子供の冗談とは切り捨てるには真に迫りすぎていた。
そこで確認に人を出したところ、それが事実であると知った。
慌てて、村での取りまとめをしている私がその集団へと向かっていった。
なにがあるか全くわからない。
みんなには地下収納庫に隠れるように言い残して、すぐに村を飛び出したのだった。
そして、それを見た。
見た瞬間、震えてしまった。
体が震えて止まらない。
決して寒さだけが原因ではないことは明らかだ。
それはその集団、いや、村へと近づいてくる軍隊によっての震えだということは明白だった。
全員が立派な体格の生き物にまたがっている。
しかも、騎乗している人が着ている服はほぼ全員が同じ物だった。
あたたかそうな揃いの服を何百何千人もいる集団が着ている。
しかも、どれもきれいな状態で決してくたびれてはいない。
そんな集団が、一切乱れずに進む速度を合わせて移動してくる。
ありえないものを見ている気がした。
さらに、全員の周りにふわふわと光る玉が浮いているように見えるが、あれはもしかして精霊だろうか?
数え切れないくらいの精霊たちを従えた、おそらくはどこかの軍。
こんなの相手に村がどうこうできるとは思えない。
だけど、ここで引くわけにはいかなかった。
このまま村に入ってこられたら、何をされるかわからない。
何をされても抵抗もできず、抗議の声すら上げることもできないだろう。
だから、震えながらも足を前に出して声を張り上げた。
私の声はしっかりと出せているだろうか。
心配だったが、どうやら杞憂だったようだ。
近づいてくる集団は一斉に歩みを止めて、そして中から1人の男が出てきたのだ。
アルスと名乗る男の子。
いや、見た感じはもう成人はしているだろう。
が、人当たりの柔らかそうな口調で話しかけてきたのでどこか少年っぽさも感じるその男の子と会話をする。
どうやら、すぐにこの村を攻撃しようという意思はないみたいだ。
もしそうなら、私は今頃攻撃されているはず。
そうではないということは、向こうの言い分を信じるならばなにか聞きたいことがあるのだろう。
どれほどの効果があるかはわからないが、私は集団の大部分を村には近づけないように約束を取り付けてから、アルスを村へと引き連れていった。
この子はいったい何者なのだろうか?
話し方には少し癖があるように感じた。
ここらの訛りじゃなくて、どこか小国家群の話し方のような感じがする。
こんなところに小国家群のやつらが来ている?
なんのためだろうか?
ただ一つ分かることはこの子は尋常な相手ではないということだけだ。
私は正体が全くわからない相手を自宅に案内して話をするはめになったのだった。
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