魔の潜む雪山
「でたぞ。右手に氷熊だ。【散弾】放て! タナトス、前に出ろ」
「「「「「散弾」」」」」
「ウォオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ」
大雪山に入ってもう一月以上が経過した。
なんというか、よくこんなところをグランは越えてきたなと思ってしまう。
厳しい雪の環境の中を越えてくるだけでも大変だとは思っていたが、魔物まででてくるのだ。
今もその魔物が東方遠征軍の進路の先から出現していた。
氷熊と言われるどデカイ氷の塊を口から吐く凶暴な熊がその四足を動かしてこちらへと向かってくる。
かなり速いうえに、足場の不安定な雪や氷の上でも問題なく移動を可能にするその身体能力は恐るべきものだ。
なによりも体の色が白く、地形的に見分けがつきにくいため、接近されるまで気づけなかった。
そんな危険極まりない魔物に対して東方遠征軍は迎撃を開始した。
複数が【散弾】を放ち、氷熊の顔を叩いて勢いを僅かに鈍らせる。
そして、そのスキをつくようにしてタナトスが巨人化し、それに合わせて大きくなった如意竜棍を氷熊へと叩きつける。
大量の雪が宙に舞う。
そして、その後には真っ白な雪の上に、赤い血が大量に流れた。
「タナトス、そっちが終わったならこっちも手伝ってくれ」
だが、それで終わりではない。
氷熊とは別方向から、これまた別の魔物が現れてこちらを襲ってきていたからだ。
しかもそれは複数だった。
四手氷猿たちだ。
足が二本なのに、腕が四本もある猿たちが、その手に雪玉を作ってそれを投げてくる。
その雪玉はただの雪合戦のようなものではなく、魔力的に補強されているのか、ぶつかったらただでは済まない威力を誇る。
それを【壁建築】で防御した後、ヴァルキリーで近づいて一体ずつ切り倒していく俺。
そして俺と同じように四手氷猿を【騎乗術】と【武装強化】で対処していく騎兵たち。
そこに氷熊を倒したタナトスが合流して、ようやくその場での戦闘が終了した。
「ふー、終わったな。損害報告急いでくれ。氷精たちが次の吸氷石を見つけたようだ」
大雪山を移動する東方遠征軍を襲う魔物たち。
どれもが雪山に適応したものであり、一歩間違えれば大変な損害が出るだろう。
だが、なんとかそれらを撃退しながらもこうして移動を続けられていた。
大雪山をここまでの期間、移動し続けられているのはひとえに俺の【氷精召喚】によるものだろう。
光の玉のような氷精そのものにはなんの戦闘力もない。
が、ここまで寒い中だと数だけは大量に出せるうえに、そいつらが周囲の寒さを吸収してくれて兵たちを凍えさせること無く行動を可能にしてくれた。
そして、その氷精たちだが、この大雪山に入ってからは道案内代わりにもなってくれていた。
ポールに案内されて初めて吸氷石を見た時、俺が召喚した氷精たちはその吸氷石に引き寄せられるようになった。
もしかしたら、そのままずっと吸氷石から離れないのではないかと心配になったが、どうやらそうはならなかったようだ。
その場にシェルターを作って一晩休んだら、その後氷精たちは吸氷石から離れて俺の指示に従って兵たちの寒さを軽減してくれたのだ。
どうやら、氷精たちは吸氷石から力を吸い取っているのではないか、というのがその後俺の中での見解になった。
大きな氷のような結晶の吸氷石は周囲の寒さを吸収し、周りの寒さを緩和してくれるという氷精に似た効果を発揮する。
そして、この吸氷石は寒さを吸収すればするほど大きくなるようなのだ。
大雪山の中に奥深く入り込み、そこで見かける吸氷石は標高が高く気温が寒いほど大きくなっていたのだ。
そして面白いのが、大きな吸氷石に氷精がまとわりついて一晩たつと、もとの大きさよりも吸氷石の大きさが少し小さくなっていたという点だ。
これは実際に大きさを測定したので間違いないと思う。
もしかすると、吸氷石は周囲の寒さを吸収して大きくなり、それを氷精たちがエネルギーとして吸い取っているのではないだろうか。
ただの光の玉である氷精たちがどことなく嬉しそうにふわふわ宙に浮いているので、おそらくは間違いないだろう。
この氷精の特性は別の意味でも役に立った。
それが大雪山の中での道案内だ。
俺は兵士たちの数以上に氷精を召喚し、大雪山の中を進む時、周囲に吸氷石がないかどうかを調べさせたのだ。
そして、移動していると時たま吸氷石を見かけることがあり、それは視界に入る前から氷精たちが発見して俺に方向を教えるかのように先導してくれた。
もっとも、その先導に従うと雪で隠れた地面の裂け目などに落ちる可能性もある。
山に慣れたポールやヴァルキリーに地形を確認させながら、次の吸氷石を目指して東へと向かっていったのだった。
点々と存在する吸氷石のもとへと向かい、それを発見すると、その場所にシェルターを作って拠点とする。
この一月以上、そうやって移動を続けてきた。
体感的にはかなりの距離を移動したように思うが、実際のところはどうなのだろうか。
猛吹雪で身動きがとれないときもあったり、地形の把握に時間がかかり足が遅くなったこともあった。
だが、確実に前に進んでいる。
俺がちょっとした傷でも回復魔法を使っていることもあり、今のところ離脱者はでていない。
踏破困難だと言われる大雪山の移動としては、概ね成功しているのではないだろうか。
「それにしても、ここまで魔物に襲われるってのがちょっと予定外だったな。前にタナトスが大雪山を越えた時もそうだったのか?」
「そうだな。確かに遭遇はしたと思う。が、今回ほどではない」
「そうか。人数が多いからか、あるいは魔物たちの縄張りを刺激したのかな?」
「そうかもしれんな。だが、襲ってくるなら倒せばいい。貴重な食料となる」
「確かに。貴重な動物性タンパク質だしな。肉以外も素材になったりするかもしれないし、魔法鞄に入れて持って帰るのを忘れないようにしないとな」
俺が魔法で作ったシェルターの中で温めたスープをすすりながらタナトスと話す。
今日あった魔物との戦闘についてお互いに意見を言い合う。
が、それもすぐに終わった。
先に横になったタナトスの横で、俺は【照明】で照らした紙に対して大雪山の地形と吸氷石の位置、つまりシェルター拠点を作った位置を記して通信兵に【念写】と【念話】を頼んだ。
後は無駄に口数を増やすこともなく体を休めて明日に備える。
こうして、俺たちの大雪山越えは続いた。
そして、秋に出発してから時間が過ぎ、もうすぐ年明けになるかという年の暮れになってようやく俺たちは大雪山を越え、東へと降り立った。
雪で閉ざされた山間の村、つまり人の集落を見つけることに成功したのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。





