祖先の地
かつてグランに聞いた話を思い出す。
それは大雪山を挟んで東と西の関係についての歴史だ。
俺たちが住む、旧ドーレン王国系の人間はそのルーツを辿ると大雪山の東の国に行き着くらしい。
もともと、人の世界は大雪山の東で成り立っていた。
向こう側ではいくつもの国があり、それぞれで生活を営んでいたのだ。
そして、その国々から見ると霊峰と呼ばれるこちら側で言う大雪山がそびえ立っていた。
この霊峰は偉大なる神の山であると同時に魔との境目、死の世界への境界線だったらしい。
東の地でも大昔は魔物などがいた。
だが、人の数が増え、魔物を駆逐していくことで向こうの国々ではめったに魔物をみることすらなくなったらしい。
そんな魔物のいない世界から見ると、魔物がはびこっている大雪山の向こうは死を象徴する場所でもあった。
そのために、死ぬべき人間を霊峰に送り出すという儀式をとる慣習が存在したのだ。
罪を犯したりした者を死刑にするのではなく霊峰に向けて送り出す。
罪人たちは決して国に戻ることを許されない。
わずかばかりの食料を渡されて霊峰に向かった彼らは命をかけて霊峰を越えることを余儀なくされた。
普通ならば絶対に踏破することができない天をつく山々。
だが、多くの国で同じように罪人たちを霊峰へと送る慣習が長年続いていたため、いつしかその中には霊峰を越えて、偉大なる死の山の西側にたどり着き、そこで生活を始める者が出始めたのだ。
それが俺たちの祖先というわけだ。
つまり、俺が生まれた土地は歴史を紐解けば、東の国々にとっての流刑地で、罪人の末裔ということになるのだろう。
もっともそれははるか昔のことで、一説にすぎないとは思う。
実際には他にも新天地を求めて自ら東から西を目指して大雪山を越えてきた者もいたのだろう。
だが、そんなふうに東から来た人間がこの地に定着し社会を作り上げた。
そして、それをまとめたのがドーレン王家の初代王だったというわけだ。
また、初代王の登場以前から魔物がいるこの地で人が生存圏を広げられるようになったのは教会ができたというのもあるだろう。
だが、それでもいまだに安定して東と西を行き来できるルートを作り出した者は存在しない。
あくまでも極稀に東から人がやってくるくらいの関係が東と西で続いていた。
グランからは他にもいろいろと話を聞いた。
グランの生まれた国はそれほど大きくない小国だったようだ。
その国はいろんなものを作り他国へと販売することで国を維持してきた。
言ってみればブーティカ家のような感じに近いのかもしれない。
そこでグランも幼い頃からさまざまなものを作ってきたようだ。
だが、グランには不満があった。
それは魔物素材を扱うことができなかったという点だ。
東の地では人が勢力を拡大したおかげで魔物をほとんど見かけなくなっていたらしい。
そのため、魔物素材を得る機会はほとんどなかった。
が、かつての資料などでは東側でも魔物素材を使って武器などを作っていたことは広く知られている。
グランはいつしかそんな魔物素材を使って自分が物を作りたいと思いをつのらせ、それをこじらせた結果、死を象徴する神の山とも呼ばれる霊峰を越えて西へと目指したのだ。
が、東側でも魔物が一切見られないというわけではない。
いわゆる辺境の蛮族と呼ばれる者たちがたまに魔物素材を取引していくのだそうだ。
その蛮族に近いとされる立場にアトモスの戦士と呼ばれる巨人化の魔法の使い手たちがいた。
彼ら巨人たちは辺境の岩石がむき出しになったようなところで細々と生活している。
その地はお世辞にもいい土地とはいえない。
食べ物があまり採れないのだ。
なので、アトモスの里からは巨人たちが出稼ぎに出ていた。
それが戦場で活躍するアトモスの戦士と呼ばれる傭兵の姿だった。
たった1人いるだけでも戦場で大きな影響を与えるアトモスの戦士は金のために命をかけて戦った。
が、それは勇敢であると認められても蛮族だと蔑まれることもあったらしい。
タナトスが心配しているのはそれがあるからだろうか。
アトモスの戦士を雇うと言いながら裏切り襲ってきた人間たちは蛮族としてしか見ていないアトモスの里の人間にどんなことをしているのか。
なんとか逃げ延びて西へとやってきたタナトスは、もし里に生き残りがいたらどんな扱いを受けているのか気になっているのだろう。
グランの話を思い出しながらが考えをまとめる。
東の地は俺たちにとって先祖伝来の地ではあるが、今は遠き過去の話で現在はほとんど交流もない。
そんな西側からの越境者がタナトスの生まれたアトモスの里を訪れたらいろいろと問題も出てくるかもしれない。
となると、ある程度武装も必要か。
大雪山を越えてしまえば安全かといえばそうではないのだ。
向こうでの安全を確保することも考えて行動しなければいけないだろう。
そして、グランやタナトスが肝心の山越えに使ったルートだが、話を聞いた限り使えそうもなかった。
2人とも途中で川を下っているようなのだ。
大雪山を越えて東から西にやってきた多くの人は、途中で川に船を浮かべて進んできたらしい。
険しい山道ではなく、川の流れにのって移動したほうが幾分か生存率が高まったのだろう。
が、それは川を遡れるようなものではなく、そのために西から東に向かってのルートとしては使えなさそうだ。
仕方がないので、なんとか陸地で行けるルートを見つけ出さなければならないだろう。
角ありヴァルキリーの背に乗って風を切って走りながら、そんな風に思考を巡らせていた。
その俺の前に大雪山が近づいてくる。
高く、険しい、人をはねのけてきた偉大なる山。
決して解けることがない雪で覆われた白の世界。
その大雪山に入る手前で【氷精召喚】を使って寒さ対策をする。
そして、そのままヴァルキリーに騎乗した東方遠征軍が大雪山へと入っていく。
ガロード暦2年の秋。
暑い夏が過ぎ少し気温が落ち着き始めた時期に、フォンターナ王国バルカ家当主率いる東方遠征軍が常識知らずの大雪山越えを開始したのだった。
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