大雪山越え計画
「本気ですか、アルス様? いくらなんでも無茶ですよ。大雪山はアルス様といえどもそう簡単に越えられるようなものではないはずです」
「まあ、そうかもな。けど、だからといってタナトスを放り出すのは嫌なんだよ」
「随分と彼のことを買っているのですね」
「ま、一緒に不死骨竜と戦ったこともあったしな。あいつがいなかったら俺は今ここにいない。だから、あいつに助けられた命をこんなふうに使うのもありだろう」
「ですが、フォンターナ王国のことはどうするのですか? マーシェル傭兵団のことも気にはなりますが、他の貴族の動きにも注意が必要ですよ」
「それはリオンに任せるよ。何かあったら俺に連絡くれれば最悪の場合、途中でも帰ってくるし。それに、停戦交渉している以上、こっちから仕掛けるのはもともとできないしな」
「わかりました。では、アルス様たちについていく兵の選別をしなければなりませんね」
「え、軍を引っ張っていくのか?」
「当たり前です。2人で行かせるわけがないでしょう。連絡をとるなら通信兵も必要でしょう。それに、大雪山越えは危険ですが、もし成功すれば大きな影響があります。いえ、途中までの地形の把握だけでも十分です。必ず途中経過の報告をこちらに送っていただきます」
「なるほど。大雪山に眠る鉱山でも見つけられれば確かにおいしいか。わかった。地図も含めてフォンターナの街には毎日報告するようにするよ」
「はい、お願いします。くれぐれもお気をつけて」
タナトスと一緒に大雪山を越えて東にあるアトモスの里を目指すことにした俺は早速そのことをリオンへと告げた。
呆れながらも軍の一部を使っていいと許可をもらったので、遠慮なく連れていくことにする。
というか、これはあくまでもタナトスの里帰りではなく、フォンターナ王国としての東方遠征という軍事目的のための行動であるとしてしまうことにしたのだ。
東から来た者がわずかにいるものの、ほとんどおとぎ話のような存在になっている東の地を目指してフォンターナ王国はその土地を狙い行動を開始したのだった。
※ ※ ※
「え、グランは来ないのか?」
「拙者は行かないでござるよ、アルス殿。ここブーティカ領での研究があるでござるからな。いつ帰ることができるかわからない旅よりもまずはこちらでものづくりをすることが重要なのでござるよ」
「そっか。でもいいのか? 向こうにはグランの知り合いもいるだろう? 会いたくなったりはしないのか?」
「タナトス殿と違って拙者は覚悟を決めてこちらに来たのでござるよ。それは非常に困難で二度と帰ることはできないと思っていたのでござる。ですので、心の整理はすでに付いているのでござる」
「そうか。まあ、グランの出身国とアトモスの里は距離的には離れているって話だったし、今回はいいか。けど、出発までの協力はしてくれよ。大雪山越えの準備ってこんな感じでいいかな?」
リオンなどへの説明が終わった俺は次にブーティカ領でルークたちと共同研究しているグランを訪ねた。
タナトスと同じく東から大雪山を越えてきたグランも一緒に行かないかと誘うためだ。
だが、俺からの誘いはあっさりと断られてしまった。
どうやらグランの中では里帰りするよりもブーティカ領でものを作っているほうが大切なことらしい。
まあ、それならそれでいいだろう。
グランの好きなようにやらせてやろう。
万年雪の積もる標高の高い山を越えるなんてことを、行きたいとも思わない相手を連れていってもしょうがないしな。
「山越えの準備とは言うでござるが、アルス殿は大雪山のような高い山を登った経験はないのでござろう? そもそもの話としてどうやってあの山を越えるつもりなのでござるか?」
「ああ、そのことか。確かに山をなめたら駄目だろうな。一応考えてはいるから大丈夫だと思うけど、極地法っていうのをやろうかと思っている」
「極地法でござるか? それは山を越えるやり方のことでござるか?」
「登山方法の一つだな。ベースキャンプ方式、って言ってもわかんないか。登山の方法として単純に荷物を担いで山を越えるんじゃなくて、途中途中で拠点を作っていく方法をやろうと思う」
「拠点を作る。なるほど、点々と体を休める場所を作りながら、山を越えようというわけでござるな」
「そうだ。建物は俺が魔法で作る。で、一日で無理なく移動できる距離を拠点で体を休めながら山越えを狙う。一応それが俺の大雪山越えに考えている方法だよ」
グランに対して俺は極地法についての説明を始めた。
といっても実際にはやったことがない、テレビなどでの聞きかじりの方法ではある。
が、それでも単純に荷物を持って山を越えるよりは遥かに安全だと思う。
大雪山というのは、あるいは大雪山系などと言われるように恐ろしく高い山がいくつも連なって存在している。
だが、山を越えるとはいうが、別に最高峰を目指して登山するわけでもない。
山あり谷ありの場所をくねくねと行ったり来たりして東を目指すわけだ。
それは道なき道を進むものであり、どんな状況になるかわからない。
おそらくは精神的なストレスも大きいだろう。
だからこそ、俺は自分の魔力を惜しみなく使って、安全に休める場所を作りながら移動するつもりでいる。
本来の極地法であれば、ベースキャンプを作ったら、そのベースキャンプに下界から食料や必要物資を運ぶ係の人員を用意する必要がある。
つまり、下界とベースキャンプ、あるいはベースキャンプとベースキャンプを何度も往復するピストン係が必要だ。
だが、今回は限られた人間だけを連れていくためにピストン係は用意しない。
というか、それを必要とせずにすむのだ。
なにせ、俺には魔法鞄という便利アイテムがあるのだから。
グランに会いに来たというのもあるが、それ以上にこのブーティカ領に来たのはルークに【合成】を使ってもらって魔法鞄を量産するためでもあった。
領地代わりに貴族や騎士に下賜する高級品ではなく、実用面で問題ないシンプルな魔法鞄。
それを作り、そこに準備した食料や薪、衣服などを詰め込んでいく。
そうすれば、重たい荷物を担いでの山登りをせずに、倉庫のような容量の収納が可能な鞄をさげてのピクニックに早変わりだ。
食料も通常のものもあれば、缶詰も用意した。
もしかしたら、向こうで食事を作ることができないかもしれない状況もあるだろう。
そういうときに、缶を開けるだけで食べられるものが出てくるというのはこれもまた精神的に大きなポイントになるだろう。
あとは衣服だな。
これは可能な限り暖かい服を大量に用意しよう。
いくら俺が【氷精召喚】で氷精たちを呼び出して寒さを軽減できるといっても、体が暖かくなるわけでもない。
それに俺と離れ離れになったり、あるいはなんらかの理由で俺が死んだときに登山隊が全滅するリスクをいくらか減らしてくれるだろう。
その他は、地図とコンパスを用意していくか。
通信兵がいれば視認した土地を紙に【念写】するだけで正確な地形を描写することもできる。
雪山の風景は変わりやすいだろうが、参考にはなるだろう。
だが、風景だけから地図を作るのは難しい。
そこでコンパスも用意した。
方角さえ間違えなければ遭難するリスクは下がる、はず。
そして、最後の真打ちの登場だ。
大雪山を越えるための最高の力になってくれるであろうヴァルキリーだ。
それも今回は角ありたちを連れていくことにした。
ヴァルキリーは角がなくとも暑さ寒さに非常に強く、おそらくは大雪山の寒さにも耐えてくれるだろう。
しかし、あの大雪山を越えるなら魔法を使える角ありのほうがいい。
ただ単に魔法が使えるというのではなく、群れ全体で【共有】の魔法を持っているがゆえに湯水のように魔力を使用できるのだ。
それにヴァルキリーは昔俺に温泉を見つけて教えてくれたこともあった。
極限状態の自然界で何かあった場合、それを俺たち人間よりもいち早く察知して知らせてくれるに違いない。
こうして、俺は考えられる限りの準備を整えて、東方遠征軍3000人とタナトスを引き連れて東へ向かう計画をたてていったのだった。
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活動報告では第一巻についている口絵も掲載しています。
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