脅威と感謝
「どうやら、あなたの言う通りのようですね、アルス」
「うわー、嫌な予感が的中ですか。ってことは、殺された神父が持っていた魔力は全部ナージャが持っていったんですか」
「はい。中央に確認したところ、間違いないようです」
「うーん、これは大変なことになりましたね、パウロ大司教」
「はい。由々しき事態です」
リュシカとジェーンから聞いた話を基にナージャについての仮説をたてた俺は、最終的にそれをパウロ大司教に相談してみることにした。
あくまでも仮説であり、実際のところはどうなのかは全くわからないと注意してから、自分の考えを話したのだ。
すぐにパウロ大司教はその仮説を確認するために動いてくれた。
そして、教会として結論を出した。
俺の仮説は正しいのだと。
「ってことは、やっぱりあれですか。命名の儀の魔法陣をナージャは使えるってことになるわけですか。教会を通さずに名付けをできる手段を手に入れた、と」
「そうですね。マーシェル傭兵団に所属する傭兵たちが全員魔法を使えるというのは、そういうことなのでしょうね。教会は無秩序な名付けを行って社会を混乱することがないようにしています。その傭兵団の傭兵に対して教会側が名付けを行ったという事実はありません」
「だったら、やっぱナージャが自分で傭兵たちに名付けをしたんですね。そして、ナージャが使える魔法を傭兵たちが使えるようになった。決まりですね」
「厄介なことになりました。まさか、あなたの他に神聖な儀式の行い方を盗み出す者がいるとは思いもしませんでした」
「あはは。まあ、俺も人のことは言えませんでしたっけ? けど、魔法陣を使えるように真似て練習すれば、誰でも名付けできるようになるんじゃないですか?」
「あれはそう簡単に真似できるようなものではありません。洗礼式で一度見ただけで名付けできるようになってしまったあなたが異常なのですよ、アルス」
「いやー、為せば成るってね。やったらできちゃったんですよ」
「全く。しかし、そんなあなたと言えども他の儀式については知らないでしょう? もしかしたらナージャという男はそれすらも使用できるかもしれませんね」
「継承の儀なんかも使える可能性がある、ですか。となると、傭兵団は一過性のものではなく、相続できる力を持った集団ということになりますね」
ナージャの【収集】は単なる魔法鞄の代わりではない。
それがはっきりと分かった。
あれは貴族や騎士の持つ魔法や継承権などをも奪い取る恐るべきスキルだ。
ナージャは現在予想できる限りで、ドーレン王家の国王の座とヘカイル家の当主の座、そして、ギザニア家の騎士の力とその他いくつかの騎士の力とともに教会の神父からも能力を奪っている。
神父から奪ったのは地域住民からの膨大な魔力で、それがあればおそらくは現時点で回復魔法も使える可能性がある。
が、それ以上に厄介だったのが、洗礼式などで使用される命名の儀だった。
マーシェル傭兵団の傭兵が全員魔法を使えるという事実に、教会が関与していないというパウロ大司教の証言を信じるならばナージャ自身が行ったのだろう。
おそらく、傭兵たちに対して一人ひとりに魔法陣をかざしながら名付けをしたはずだ。
だとすれば、マーシェル傭兵団の中でのナージャの地位は約束されたも同然だろう。
なにせ、力を与えてくれた相手だ。
かつて、バルカの動乱で貴族軍と戦うために俺がしたのと同じようなことをナージャもしたというだけの話なのだから。
リュシカやジェーンが昔のナージャは傭兵団を束ねることができるようには見えなかったと言っていたが、名付けができるならかなり言うことを聞かせやすいだろう。
なにせ、反抗的なことを言ったりしたりすれば、名を取り上げることができるのだ。
そうでなくとも、力によって制裁を加えることで集団をまとめることもできる。
いや、それだとちょっと時系列がおかしいのか?
マーシェル傭兵団がヘカイル家を滅ぼしたときにはすでに傭兵たちが魔法を使えたという情報だったはずだ。
となると、その前から名付けができたということになるのではないか。
ヘカイル家を滅ぼした後にさらに重要拠点を奪い取って占領して、そこで教会を襲ったのなら話が食い違ってくる。
であるのなら、もしかすると、すでに以前どこかで教会を襲った経験があるのではないだろうか?
そこで、名付けの儀式を得たが、そのときに地域住民からの魔力パスを【収集】できることを知った。
だからこそ、重要拠点かつ地域住人が多い教会の神父を手にかけて、さらなる魔力パスの恩恵を得ることを狙ったのではないだろうか?
「……つまり、ナージャは今後も教会を狙う。あなたはそう言いたいのですね、アルス?」
「おそらくは。教会はあらゆる貴族の領地に建っている。そのために、不必要な軋轢をうまないように武力放棄をしています。ナージャにとってみれば、無防備に差し出されたたっぷりと身の詰まった肉のように見えていてもおかしくはないでしょう。もしそうなら、さらなる教会襲撃事件があっても不思議ではありません」
「わかりました。早急に対処しましょう」
教会に危険が迫っているかもしれない。
そのことをパウロ大司教に伝えると、すぐにその対策へと動き出した。
教会がうまいこと対処してナージャを抑えてくれたらいいのだが、どうなることだろうか。
それにしても、改めて思った。
名付けの魔法陣を勝手に使って魔法を使える配下を増やすやつがいかに危険な存在であるかというのがよくわかった。
しかも、それが騎士や貴族としての歴史や伝統などを一切重んじていないやつであればあるほど、脅威となる。
これは悪魔みたいだといっても差し支えないのではないだろうか。
まあ、パウロ大司教にも言われたが俺もそのひとりなのだが。
よくもまあカルロスはあの時突然現れた脅威である俺を懐にいれようとしたもんだと、今更ながらに感心してしまった。
俺がカルロスの立場だったら問答無用で始末してしまいたいくらい危ない爆弾なのだから。
今になってカルロスの神対応に感謝しながら、俺は教会が行うナージャへの対応がうまくいくことを願うのだった。
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今回は主人公の両親であるマリーとアッシラの美男美女夫婦です。
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