根拠なき推測
「ナージャのことを知っているのか、リュシカ、ジェーン」
「はい。アルス様のいうナージャがその絵の通りなら、私たちの知っている男です。ねえ、ジェーン?」
「ええ、そうね、リュシカ。この紙に【念写】された絵が本当にナージャのものなら多分間違いないと思います、アルス様。まあ、私たちが知っているときよりも歳を重ねて成長しているようですけど」
「ということは、やっぱりナージャってのは迷宮街にいた探索者か。思ったよりも身近にそいつのことを詳しく知っているやつがいてよかったよ。リュシカたちの知り合いで今は傭兵団の団長をしているってことは、そのナージャってのは迷宮深層を探索していたのか?」
「……あの、本当にナージャが傭兵団の団長なんてしているんですか?」
「え、うん、そのはずだけど。なにかおかしいのか、リュシカ?」
「ええと、その……。私とジェーンが知っているナージャとこの顔の男性は同じ人だとは思うんですけど、昔のナージャからは傭兵団の団長なんてできる印象が全く無くて……」
「なんでだ? 二人の知っている探索者なら傭兵としても活躍できる実力があったんだろ?」
「いえ、昔のナージャはそんな実力者じゃありませんでした。というよりも、むしろ弱くて有名だったくらいです」
ラインザッツ家とリゾルテ王国、そしてメメント家との戦いが始まった。
王都奪還作戦という名の二方面作戦が続いていて、王都圏やメメント領では規模の大きな戦いが続いているらしい。
が、その中で独立した小競り合いも多々あり、その中の一つであるマーシェル傭兵団による貴族軍への勝利と教会の襲撃。
それがどうにも気になった俺は地道に調べることを続けていた。
が、そのマーシェル傭兵団の団長であるナージャという男について、意外なところから情報を手に入れることができた。
かつて、パーシバル領の迷宮街で深層探索者として活躍していたリュシカとジェーン。
この二人がナージャを知っていたのだ。
南部に派遣した者によってマーシェル傭兵団が占領した城のある街で、実際に団長であるナージャを見て、その姿を【念写】された紙はほとんど写真と変わらない。
本人そのままの顔が写し出されたその男のことをふたりともナージャであると認めた。
だが、なぜか二人の中ではかつてのナージャが傭兵団のトップにいる姿が想像すらできないでいたらしい。
「荷物持ち? ナージャは迷宮街で荷物持ちとして活動していたのか? 探索者じゃなくて?」
「えーっと、どう言ったらいいのかしら。ナージャが持っていた魔法ってなんて言ったっけ、ジェーン?」
「確か【収集】よ、リュシカ。探索組合で【能力解放】をしてナージャが手に入れた魔法はいろんな荷物を入れられる魔法だったはず。だから、力が弱かったナージャも深層組に引き連れられて深くまで潜っていたのよ」
「あ、そうそう。【収集】だったわね。つまり、ナージャは探索者としてはあまり力が無いけれど、魔法鞄の代わりにって言われて深層組の探索者に連れられて迷宮に入っていたんです、アルス様。けど、よくヘマをして殴られていたり、ヘコヘコ頭を下げたりしていたから他の探索者からは陰口も言われていたみたいです」
「……つまり、迷宮街時代のナージャの立場はあんまりいいものじゃなかった、と。だから、荒くれ者の傭兵団を束ねている姿は想像できないってことか」
「はい。この姿絵も特徴があるからわかりますけど、昔よりも自信にあふれているようで道で会ったらわからなかったかもしれません」
「ふーむ。……ナージャが【能力解放】で会得した魔法は本当に【収集】だったのか?」
「え? ええ、そうだと思います。深層組が実際に荷物持ちとして迷宮に連れていっていましたから」
「でも、迷宮ってのはあれだろ? 深層に行くほどに魔力が濃くなるから、そこにいるだけで魔力量は上昇する。いわゆる、連れ回しとかいう行為で強くなることもあるって聞いたんだけど?」
「連れ回しですか。確かにそれはあります。迷宮内できちんと魔物と戦ったほうが【能力解放】を受けたときに身体能力が上がりやすかったり、魔法が発現しやすいみたいですけど、深層ならいるだけでも強くはなるはずです」
「じゃあ、荷物持ちであっても深層組についていったナージャはその分だけ強くなったんじゃないのか?」
「それはあるかもしれませんけど、その場合、戦闘技術はつかないから力が強いだけの素人みたいになりがちですよ。どう思う、ジェーン?」
「そうね……。あ、けど、聞いたことがあるかも。ナージャがたまたま知り合った新人たちを無理やりしごいていたって話もあったんじゃなかったかしら? 戦えない荷物持ちのくせに生意気だ、なんて酒場で言っている人がいたもの」
「ああ、あったわね、そんなことも。でも、あれって割と期待株の新人だったかしら? じゃあ、やっぱりただの荷物持ちよりも強くなっていたのかもしれないわね」
……なんかあれだな。
二人の話を聞いていると、迷宮街での探索者生活もなかなか大変そうだ。
力が強いやつが偉い、とかいう価値観が根付いているのかもしれない。
そんな迷宮街でのナージャは二人の話しぶりを聞く限りではあまりいいものではなかった。
たまたま運良く【能力解放】で役立つスキルを得たがゆえに、ミスをしたら暴力を振るうような実力だけはある探索者たちに連れられて迷宮に潜っていたらしい。
一応分け前があったが、雑用も押し付けられていたり、取り分が少なかったりといろいろあったようだ。
だが、そのナージャがある日迷宮街を去った。
二人が言うには、ナージャがいなくなった正確な時期はわからないが、どうやら荷物持ちとして参加していたその実力者パーティーが全滅したことがきっかけではないかということらしい。
らしい、というのははっきりとはわかっていないからだ。
ただ、ある日を境にナージャが一人で迷宮から出てきて、そして迷宮街から去っていった。
そして、その後、ナージャのいた深層組の探索者は誰ひとりとして迷宮街でその姿を見ることはなかったそうだ。
リュシカとジェーンからナージャについての話を一通り聞いた後、俺は考え込んでしまった。
もしかして、こいつはとんでもない爆弾になるのではないだろうか。
というのも、俺の予想ではナージャの得たスキルは単なる【収集】ではないような気がするのだ。
ヘカイル家などの貴族軍と戦い勝利したマーシェル傭兵団。
その傭兵団はすべての傭兵が魔法を使えるうえに結構な強さだという報告がある。
そして、その傭兵たちは複数の魔法を使ったようだ。
驚くべきことに、滅ぼしたはずのヘカイル家の魔法までもを傭兵たちは使えるという報告が偵察兵とそれに同行した通信兵によってもたらされている。
もしかして、【収集】というスキルはただの迷宮鞄代わりの能力ではないのかもしれない。
収集できる範囲が物だけではなく、別のものもあるのではないだろうか?
たとえば、相手の持つ魔法も収集対象だったりする可能性はあるのか?
いや、それだけでは正確ではない。
ヘカイル家は滅んだ。
それにもかかわらずに傭兵たちはヘカイル家の持っていた魔法を使っていた。
【収集】したのではないだろうか。
ヘカイル家の魔法ごと、ヘカイル家が持っていた魔法の継承権もナージャが収集し、持っているというのは考えすぎなのだろうか。
いや、ヘカイル家だけではない。
へカイル領の隣のギザニア領では騎士が多数倒された。
そして、その後から傭兵団の中ではギザニア家の魔法を使う傭兵も現れたという話があるのだ。
問題はそれだけではない。
もっと重要なことがある。
それはマーシェル傭兵団が支配した土地に多数の塩があるということを通信兵が知らせてきたのだ。
それはバルカが作って教会が販売している聖塩ではない。
ドーレン王家の白い海塩と全く同じものが、まるで使いきれないほど大量に積み上げられて取引されていたのだという。
ナージャ率いるマーシェル傭兵団は去年、メメント陣営についていた貴族軍に雇われていたという。
そして、その際に王都圏で略奪もした。
もしかして、そこにいたのか?
逃げたと思われていたドーレン王が。
嫌な予感がする。
もしかしたら俺の考えすぎなのかもしれない。
ただの夢のような妄想であってほしい。
だが、仮の話として考えてしまった。
もし、ナージャの使う【収集】が貴族の魔法も継承権も魔力パスも、そして、当主としての座すらも収集できるものであったとしたらどうなるのだろうか?
そうだとした場合にドーレン王がナージャに倒されて【収集】されていたら?
ドーレン王は殺されてナージャが塩を作る魔法を得る。
が、それに気づく者はいない。
なぜなら【収集】したナージャがドーレン王家の王に成り代わり、本来の継承権第一位の王子にはドーレン王が死んでも魔力パスが移らない。
つまり、誰にもドーレン王が殺されたことが確認できないのだ。
王や当主の死は魔力パスが変動して魔力の急上昇が見られたかどうかで確認される。
それがこの世界の認識なのだ。
それを前提から覆すことができれば、ドーレン王の死は永遠に確認されず、ずっと行方不明になるのではないだろうか。
それこそ、リオンやペインがいくら追跡調査をしても手がかり一つ手に入れられないとしても不思議ではなくなる。
まずいな。
全く証拠もなく、こんなことを考えるのは不毛だ。
だが、この考えはいつまでも俺の中から消えなかった。
なぜなら、ナージャはすでに教会にいた神父までもを襲撃しているのだ。
もし、その際に神父からも【収集】していたらどうなるんだろうか。
南部は暖かい気候の土地でフォンターナよりも人口も多いらしい。
その区画を任されている神父であれば、数万人を軽く超える地域住民からの魔力パスの恩恵を【収集】したのではないだろうか。
俺よりも圧倒的に強いかもしれない。
というか、ドーレン王家の力を奪っているとしたら大変なことになる。
力をつけ続ければいずれ手に入れるかもしれない。
かつて、暴君ネロ王によって失われてしまったドーレン王家の大魔法が、ナージャの手に転がり込むかもしれない。
リュシカとジェーンと話し終えた俺は、その後もずっとこの考えから抜け出せずにいたのだった。
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また、活動報告にてキャラクターデザインの公開を行っております。
今回は主人公アルスとその最高のパートナーであるヴァルキリーのキャラクターデザインを紹介しておりますので、ぜひ一度御覧ください。





