嫌な予感
「まじか……。また貴族家を倒したのか。やべーな、マーシェル傭兵団ってのは」
報告書を読んでいて、思わず声に出してしまった。
が、なかなか衝撃を受ける内容だ。
リオンから聞いていた要注意の傭兵団とやらがまた貴族軍と衝突して勝ったらしい。
重要な地点にある城をその貴族から奪い取ったというから攻城戦もあったのだろうか。
局地的な戦いだけではなく、今後は防御を兼ね備えた拠点を手に入れたということでもあり、さらなる動きがあるかもしれない。
普通はこんな風に貴族でも騎士でもない傭兵風情が土地を奪うようなことがあれば、即座に取り返しに動きがあるはずだ。
が、どうやら周囲もそれどころではないようだ。
王都圏を制圧していたメメント家に対して覇権貴族のラインザッツ家が各貴族に王都解放の作戦に加わるように要請し攻撃を開始した。
そして、それに合わせてリゾルテ王国が王都ではなくメメント領の領地そのものを狙って動いているのだ。
大貴族とそれに付き従う貴族が大きく動いているからこそ、その陰に隠れて別の土地を荒らし回っていても目が届かないということもあるのだろう。
なんというか、フォンターナ家と似ている部分があるかもしれないと思ってしまった。
フォンターナもかつてウルク家やアーバレスト家などと争っているときには、旧覇権貴族のリゾルテ王国が三貴族同盟によって攻撃を受けていたために見逃されていた。
そして、他の貴族が口と手を出してくる前に勝利を収めて領地を奪い取ってしまったという経緯がある。
ある意味で今の状況もそれと近いのかもしれない。
マーシェル傭兵団がどんな組織かは知らないが、奪い取った城を拠点にしてある程度領地を管理できるだけの能力があれば、あるいは今後も伸びてくるかもしれない。
そう考えると、マーシェル傭兵団がフォンターナを狙うようなことがある前にこちらから声をかけるのもありかもしれないなとも思ってしまう。
領地運営できる組織なのであれば、フォンターナの辺境伯の一つとして活用してもいいし、そうでなければ傭兵として雇うという選択肢もありだろう。
少なくとも敵対して攻撃されるよりは、ほかを攻撃するように誘導しておいたほうがいいのかもしれない。
ゲイリーに人を派遣してもらおうかな?
エルメス家の忍者のような魔法があれば、マーシェル傭兵団が奪い拠点とした城へも侵入できるかもしれない。
どんなやつが傭兵団を率いているのか、内部に入って調べてみるのもいいだろう。
リオンとは別ルートでの調査を頼むことに決めた俺は、ゲイリーを呼び出して偵察兵から人を出して南部に送ることにしたのだった。
※ ※ ※
「アルス、その傭兵団について詳しく話してください」
「はい、パウロ大司教。マーシェル傭兵団と名乗る傭兵部隊ですが、どうやら最近になって団長が代わったようです。それまではそこまで目立った戦果を上げるような傭兵団ではなかったそうですが、新たに団長になったナージャが指揮するようになってから、急激に成長しています。それこそ、当主級を含んだ軍に打ち勝てるほどに」
「そのようですね。ヘカイル家は滅亡し、その周辺の貴族領も侵攻を受けたと聞いています」
「はい、その通りです。そして、そのマーシェル傭兵団の特徴が、傭兵全員が攻撃魔法を使える、という点にあるようです」
「攻撃魔法を……。しかし、その傭兵団には貴族が背後に付いた形跡は無いのですね?」
「ええ。マーシェル傭兵団はこちらの調べた限りにおいて、独自で動いているようです。貴族との接点はなさそうですが、偵察兵からの報告によると間違いなく傭兵たちは魔法を使っていたとのことです」
「……そうですか。そして、そのマーシェル傭兵団が教会を襲撃した、と。間違いないのですね?」
「おそらくは。しかし、十中八九間違いないことのようです」
「なんということを……。教会に対して手を出すとは。ですが、それが間違いないのであれば教会として見過ごすことはできませんね。おそらく中央が動くはずです」
マーシェル傭兵団のことを調べたところ、とんでもないことになっているのがわかった。
というのは、どうやら傭兵団の連中は教会を襲ったみたいなのだ。
奪い取った城のある街にも教会があった。
そこを襲撃したのだという。
教会は人々に対して洗礼式を行い、名付けで生活魔法を使えるようにしてくれる。
そのため、基本的には教会を襲うようなことはご法度だ。
もしそんなことをすれば住民からも不満が溜まるうえに、貴族や騎士にとっては魔法を授ける、あるいは継承することができなくなってしまうかもしれないからだ。
だが、傭兵団はそれをした。
正直なところ、意味がわからない。
教会に対してなにか思うところでもあったのだろうか?
それともその教会にいる誰かに対して恨みでも持っていたのか?
理由はよくわからないが、どう考えても後のことを考えていない愚かな行為というしかないだろう。
フォンターナで雇うという案もなしだな。
だが、この傭兵団の不気味さは他にもあった。
それは傭兵団の強さの秘密でもある、傭兵全員が魔法を使えるということにある。
これはおかしい。
少なくとも以前までのマーシェル傭兵団はそうではなかったそうなのだ。
新しい団長とかいうナージャがなにかしたのだろうか?
嫌な感じだ。
次に何をしてくるか予想がつかない。
そのうえで、今までの貴族にはない方法で不気味な強さを持つのが怖い。
俺はその団長に言いしれぬ不気味さを感じながらも、その後の報告を待つしかできないでいたのだった。
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