傭兵団
「貴族のヘカイル家が滅んだ、か。……で、そのことがなにか問題なのか、リオン?」
「……わかりません。ヘカイル家そのものはそれほど大きい貴族家ではありません。それに南部に位置する貴族家でフォンターナ王国とは距離が離れています。そのため、すぐに影響はないかとは思うのですが……」
「なんか歯切れが悪いな。なにか気になることがあるのか?」
「はい。といっても、まだ正確な情報が入っていないために断定的なことはなにも言えないのですが、個人的にはなにか嫌な予感がします」
「嫌な予感か。あんまり予感とかを信じすぎるってのもどうかと思うけど、そんなに気になることなのか?」
「ええ。滅んだヘカイル家は特別に大きな勢力を持つわけでもありませんでしたが、いきなり崩れるような状態の家でもありませんでした。それが今年に入ってばったりと倒れてしまったのです」
「うーん、南部の貴族家ならリゾルテ王国とか、ラインザッツ家に滅ぼされただけなんじゃないのかな?」
「いえ、違います。リゾルテ王国もラインザッツ家もこのヘカイル家の滅亡には関わっていません。というよりも、ヘカイル家を滅ぼしたのは貴族家ではないのですよ」
「貴族家じゃない? なんだそれ? じゃあ、どこがそのヘカイル家を倒したんだ?」
「傭兵団ですよ、アルス様。マーシェル傭兵団という組織がヘカイル家を滅ぼしたという報告が入ってきています」
「傭兵団? そんなのが騎士はともかく貴族の当主級を倒せるのかな?」
「わかりません。普通は無理ですが、絶対にないとは言い切れないでしょう。なにせ、アルス様も当主級となる前から当主の首級をあげていたのですから。ですが、マーシェル傭兵団はヘカイル家を滅ぼす前に、へカイル領の隣にあるギザニア領でも数多くの騎士を討ち取ったようなのです。これはちょっと異常ですよ」
「へー。随分と強いんだな。それだとギザニア家からも命を狙われそうな気もするんだけど、リオンが心配するってことはまだ無事なんだよな? でも、傭兵団ってことはどこかに雇われているのか。裏でそいつらを操っているのがどこかが気にはなるかもな」
「それが……、どうもマーシェル傭兵団は現在どこかに所属してはいないようです。完全に独立して行動している可能性が高いのですよ、アルス様」
「はあ? いや、それは無理だろう。雇い主がいないならどうやって傭兵としてやっていくんだよ。金も食い物も手に入らんぞ」
「だからおかしいのですよ。この件は今後も調べておこうと思います。アルス様も頭の片隅に置いておいていただければと思います」
フォンターナ軍とルービッチ軍の軍事演習が終わり、その後はまた日常の生活が戻ってきた。
俺は相変わらず河川工事を中心に仕事をしている。
フォンターナの街は城や教会の建築などもあり非常に活気あふれているが、大きな問題は無く過ごせていた。
そんなときに、リオンがとある情報をもたらしてくれた。
それはフォンターナ王国とは遠く離れた貴族領の話だ。
南部貴族の一つとして存在しているヘカイル家が急に滅んだのだという。
しかも、驚いたことにそれを成したのはどこかの貴族ではなく傭兵団だと言うではないか。
傭兵団。
このあたりではあまりメジャーではないが傭兵の集団も存在している。
基本的には荒くれ者の集まりだが、中には専門的な戦闘知識を持つ傭兵団もあり、それを利用する貴族もいるというのは聞いたことがある。
もっとも、金で雇われて主人を変える傭兵団の信用度はあまり高くないらしく、使い捨ての駒くらいにしか思っていない貴族も多いのだそうだ。
まあ、それはそうかも知れない。
なにせ貴族や騎士は魔法という特別な力が使えるのだ。
そんじょそこらの相手では騎士相手に徒党を組んだところで太刀打ちできるものではない。
が、そのなかに例外が存在した。
それは元探索者の傭兵だ。
例えば以前パーシバル家の所有していた、現メメント領の迷宮街の出身者だとかが該当する。
迷宮街を治めていたパーシバル家はその迷宮の管理にティアーズ家という騎士家を活用していた。
ティアーズ家の魔法には【能力解放】というものがある。
迷宮に潜り、さまざまな経験を積んだ者に対して【能力解放】を行うことで、いわゆるレベルアップのような感じで能力を向上させるのだ。
そして、迷宮の奥深くへと潜るほどの者の中には特殊な力を発現する者もいる。
俺が迷宮街で知り合った女探索者のリュシカは【遠見】というスキルを持っていた。
かなりの遠方でもはっきりと視ることができる力だが、これは魔法というよりは魔術に近いものらしい。
【能力解放】によって得たスキルはたとえ継承の儀を行って子をなしたとしても、その子にはスキルを継承することはできない。
だが、それでもこのように迷宮街で迷宮に潜り、強くなった探索者は決して一般人には手に負えない強者となることができるのだ。
このような深層探索者が迷宮街を出て傭兵となるケースがたまにあるらしい。
といっても、使い捨ての駒にされるくらいならば迷宮に潜っていたほうがある程度安定した稼ぎも自由もある。
が、それでも魔物との戦いよりも傭兵の生活を選ぶものもいる。
もしかしたら、そんなやつがマーシェル傭兵団を率いているのかもしれない。
いや、それでもやはりリオンの言う通り、傭兵団が貴族家を滅ぼすというのはちょっと聞かない話だ。
元探索者として個人としては強くとも、その傭兵団全員が強いというわけでもないだろう。
それに集団としてみた場合、傭兵団には雇い主が絶対に必要なのだ。
戦うという行為そのものに対して対価を払う存在がいなければ、継続的な傭兵業などできないだろう。
ましてや、貴族家を滅ぼしたところでその領地を乗っ取ることもできないだろう。
いきなり現れた暴漢がその地のまとめ役を殺して、今日から俺がここの支配者だ、と主張してもまともに取り合う住人はいないだろうし、傭兵団にその地を治める統治能力があるとは思えない。
となると、その後の動きはどうなるだろうか。
貴族を滅ぼして、その領地で略奪をした傭兵団という荒くれ者の組織が次にする行動。
それは別の場所に移動して再び誰かを襲う、ということにはならないだろうか。
その際、狙うならば金を持っている連中。
つまり、貴族や騎士だろう。
いや、あるいはそれよりももっと美味しい獲物を狙うかもしれない。
最近になって新しい銀貨を作り、それを移住民に対してばらまくように仕事を与えているというフォンターナ王国のことは、その傭兵団にとってどのような存在に見えるのだろうか。
もしかしたら、餓えた獣が匂いに釣られるようにして北に向かってくるかもしれない。
確かに要注意だ。
俺はリオンに対して、引き続きその傭兵団についての情報を集めさせたのだった。
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