演習観戦
「動いた。アル、ルービッチ軍が先に動いたよ。真ん中の人たちがすごい速いよ」
「そうですね、ガロード様。どうやらルービッチ軍は軍の中央を厚くして、中央突破を狙うようです。おそらくは、先頭を走る者にルービッチの騎士が多く配置されているのかと」
「フォンターナ軍はゆっくりだね? 大丈夫なのかな?」
「ふむふむ。どうやらフォンターナ軍のほうは左右に配置した騎兵を大きく動かすようですね。中央はあえてゆっくりと動くことで、ルービッチ軍の進攻をがっしりと受け止める意図がありそうです」
塔の上からガロードたちと一緒にフォンターナ軍とルービッチ軍の軍事演習を観戦する。
ガロードがなにか言うたびに周りの者たちがああだこうだと意見を言い合う。
というか、この感じはなんかスポーツ観戦をしているみたいだ。
戦略性のある集団スポーツももともとはこういう勢力争いの代理闘争に用いられていたものもあるようだし、意外と似ているのかもしれない。
そんな呑気なことを考えながらも俺は眼下で起こっている両軍の衝突を見ていた。
ルービッチ軍はおおよそ6000ほどの軍だ。
それを1000ずつに6つに分けて、軍を運用しているようだ。
正面中央に3000を配置し、左右に1000ずつ、そして、中央後ろに本陣の1000がいるという感じだ。
中央を厚くし、そこが突撃を仕掛けながら左右軍がその補助をし、本陣が全体の指揮を執る。
その軍の動かし方を見ていると感心せざるを得ない。
なにせ、このルービッチ軍は急造軍なのだ。
軍事演習があると聞いてルービッチ領から志願してきた農民もいると聞くし、よほどルービッチ家は領民からの信用が高かったのだろうと思う。
それに一人ひとりが農民であってもそこそこ強い。
剣術が盛んな土地だというのが反映された軍だと言えるだろう。
が、それでも「急造軍にしてはよくやっているな」という域をでることはないだろう。
基本的には貴族に仕える騎士が従士を伴って集めた農民を動かす。
といっても、そこはあくまでも主力となるのが騎士たちで、農民たちはそれについていくだけの存在に過ぎないのだ。
言ってみれば、ルービッチ軍、いや、旧来の貴族や騎士の軍の運用方法は小学生のサッカーレベルという感じなのだ。
それも、サッカーを習ったばかりの小学校の授業であるような動きだ。
つまり、ルービッチ軍を構成する大部分の農民兵は騎士の動きに従って動くだけだ。
サッカーで言えば任されたポジションを忘れてボールに集まって団子状態になるようなものだろうか。
かろうじて前進や後退の合図を聞くことはできるが、あくまでも先頭を突っ走るルービッチの騎士の動きに釣られて戦場を駆け回っているにすぎない。
つまり、旧来の騎士が率いる軍は農民を多数引き連れた集団同士がガツンとぶつかって、どっちが勝つかを競い合うような戦いが多いのだ。
なので、強い騎士がいればそれだけで勝率はぐんと上がる。
当主級なんてものがいればその勝利は約束されたようなものであり、農民兵たちの士気の高さはうなぎのぼりといったところだろうか。
が、逆に言えば強くない騎士に率いられている軍は士気がどうしても低くなってしまう。
ルービッチから集まった農民たちはその意味で非常にいい士気の高さだった。
「ああっ、速い。騎兵ってあんなに速いんだ」
「まあ、ヴァルキリーの足の速さに人間が敵うものではありませんからね」
だが、勢いよく突撃を仕掛けていったルービッチ軍の中央軍よりも、その左右で補佐している軍が先に相手と相対した。
フォンターナ軍が放った騎兵がルービッチ軍の左右から襲いかかったのだ。
カイルが放った騎兵は左右でそれぞれ600騎ほどの中隊だった。
それがルービッチ軍の各1000ずつの左右軍に向かって突き進んでいく。
それを見て、ルービッチ軍が槍をもって対処した。
「ルービッチ家は剣術が得意だって聞いたけど、槍も使うんだね」
「そうですね。騎兵相手には集団が槍を持って作る槍衾が必須でしょう。その槍衾で騎兵の突進攻撃を受け止めないと、それだけで勝敗が決しますから」
通常ならばルービッチ軍のその対応は間違いではない。
ないのだが、相手が「フォンターナ軍の騎兵」だというのをわかっていないのだろうか?
フォンターナ軍の騎兵はバルカ産の角切りヴァルキリーに騎乗している騎兵たちだが、ただ騎乗型の使役獣に乗っているのではないのだ。
なにせ、全員がバルト家の魔法である【騎乗術】を持つ存在なのだ。
そして、【騎乗術】を持つということは、つまりはフォンターナの【氷槍】やバルカの【散弾】といった遠距離攻撃を可能とする魔法を持つということなのだ。
「あー、騎兵が魔法を使いながらそばを通り過ぎていったよ」
ガロードがそう言うと同時に、周囲からも唸り声が聞こえた。
一緒に観戦している他の騎士たちからも、その攻撃がいかに厄介か理解できたからだろうか。
ヴァルキリーというスピードのある使役獣に騎乗し、そこから魔法攻撃を放っていく騎兵部隊。
槍衾で防御を固めていたが、農民兵に与えられた盾や防具はぶっちゃけ大した質のものはないのが普通なのだ。
【氷槍】を何本もくらえば、それだけで防御側は劣勢に立たされる。
ルービッチ軍はせめて、もっと矢を放ったほうがまだ良かったのではないだろうか。
通り過ぎた騎兵が大きく旋回して再びルービッチ左右軍に襲いかかる。
というか、あれだな。
剣術に重きをおくルービッチ軍はなぜかしっかりした騎兵部隊を用意していなかった。
いや、騎乗できる騎竜がいないわけではなかったのだ。
が、貴族であるルービッチ家の人間や騎士が騎乗しているだけで、騎兵だけの部隊というのがなかったのだ。
かろうじて数十騎の騎兵が左右軍の外へと向かう程度でしかない。
あれだと、高機動のフォンターナ騎兵中隊を抑えることもできないだろう。
左右からガンガンと魔法をぶっ放されて削られる左右軍。
が、たまに魔法を使わずに騎兵中隊が突っ込んでくることもある。
魔法を放って離脱すると思って油断していたら痛い目に遭う。
これだけでルービッチ軍の左右軍はほぼ機能を停止していた。
「みて、アル。ルービッチ軍が全軍で中央から攻撃するみたいだ。後ろの本軍も前に進みだしたよ」
「左右が負けていますからね。普通ならこの時点で退いていくでしょう。が、これはガロード様の前でルービッチ家の力を示す軍事演習でもあります。その選択肢は選べない。ならば、わずかでも勝つ可能性がある方法を取るしかないのでしょうね」
ルービッチ軍は左右軍の劣勢を見て即座に選択した。
こうなったら、全軍で一丸となって中央突破を仕掛けたほうがいいと考えたのだ。
その考えは間違いではないと思う。
残った軍で中央を突破して、本陣にいるブラムスなどの多数の【剣術】持ちが相手の大将首であるカイルに勝てば、それは立派な勝利なのだ。
いくら左右軍で損害が出たとしても、相手のトップをとる。
おそらく、俺が同じ立場だったらやはりその選択をしたと思う。
「……フォンターナ軍が押されているみたいだよ。もしかしたら、ルービッチ軍の中央突破が成功するのかも」
そして、他の選択肢を奪われたルービッチ軍は強かった。
もはや後には引けない状況になったがゆえに、果敢に攻め立ててフォンターナ軍の中央を押し返し始めたのだ。
塔の上という高い位置から見ているとよく分かる。
フォンターナ軍という集団の中にグイグイと押し込んでいくルービッチ軍。
なんというか、スポーツ観戦をしているのであれば劣勢であるにもかかわらず逆転の勝負手を放って頑張っているルービッチ軍のことを、喉が枯れるくらいの大声で応援したいくらいだ。
「……ああ、けど、あれは駄目ですね。カイルはわざと中央を薄くしているのですよ、ガロード様」
「ええ? 押されているのがわざとなの? そんなことしたら、負けちゃうよ?」
「いえ、フォンターナ軍の勝ちが近づいていますよ。どうやらカイルはルービッチ軍に対してただの勝利ではなく、完全勝利する道を選んだようです」
「完全勝利?」
「見ていてください。ルービッチ軍はこの後、全滅することになりますから」
頭の上で疑問符を浮かべるような顔をして俺の言うことを聞いているガロード。
どうも俺が言った意味が理解できなかったようだ。
たしかに、現状だけで両軍の動きを見ると押し込んでいるルービッチ軍のほうが勢いに乗ったようにも見える。
が、それはカイルが誘い込んだだけだ。
その後すぐに、俺の言う通り、ルービッチ軍は全滅コースに入った。
押し込まれたフォンターナ軍の中で突如、壁が出現したのだ。
高さ10m、厚さ5mもある分厚いレンガの壁。
それがフォンターナ軍の中でUの字のように出来上がった。
フォンターナ軍にいる工兵の仕事だろう。
彼らは地面に手をついて【壁建築】の呪文を唱えたのだ。
そして、そのタイミングは完璧だった。
通信兵が【念話】を使って、そのタイミングを全軍で合わせていたからだ。
壁で区切られた中にいるフォンターナ軍の兵は壁の外に出られるように、それに対してルービッチ軍の兵は壁の中に取り残されるように、一糸乱れぬ動きで壁を作り、相手をU字の中に取り残した。
最終的に壁の中で最後までルービッチ軍の進攻を防いでいたのは偵察兵のようだ。
偵察兵はエルメス家の魔法が使える。
つまり、エルメス家の【分身】という魔法で作った捨て駒が、壁が出来上がり、フォンターナ軍の兵全員が壁の外へと出るまで時間をかせぐことに成功していた。
そして、壁の中に取り残されたルービッチ軍に対して背後から強襲をかける。
先程まで執拗に左右から攻撃を仕掛けていた騎兵たちが、大きく回り込んでルービッチ軍の後ろをとったのだ。
背後から攻撃されるというのは、なかなかどうして混乱するものだ。
6000人ほどの集団がぶつかり合って戦っているときに後ろから攻撃されていると聞かされたら誰だってビビる。
そうしたらどうなるかと言うと、逃げ出そうとしてしまうものなのだ。
だが、逃げることなどはできない。
なぜなら周りは壁で囲まれているから。
そうして、壁を作り終えたフォンターナ軍は途中で騎兵中隊以外の戦力も回り込ませていたようで、周囲を取り囲まれて混乱するルービッチ軍をひとり残らず袋小路の中へと押し込みながら追撃していく。
こうなってはルービッチ家ご自慢の【剣術】でもどうにもならないだろう。
周囲を囲まれて、逃げ場もない状況で、なんとか逃げ出そうとしても、いち早くそれを察知したカイルが【念話】で指示を出して、その動きを止めてしまう。
こうして、初めて行われたフォンターナ軍対ルービッチ軍の軍事演習はカイル率いるフォンターナ軍の完全勝利で幕を下ろしたのだった。
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