新・不戦協定
「うーん、悩むなー」
「どうされたのですか、アルス様?」
「リオンか。いや、ビリーが結婚したってことでそれはめでたいんだけどさ。いい加減カイルも結婚相手を決めないといけないんだよな。どうしたもんかとずっと悩んでいるんだけど、全く決まらん」
「カイルくんですか。確かに難しいですね」
「だろ? カイルは相手に困ることはないんだけど、その相手を俺が決めるとなると悩まずにはいられない。どうすりゃいいんだ」
ビリーがキリと結婚した。
その結婚式には俺ももちろん参加して盛大に祝ってやった。
あの二人が今後どういう生活を送っていくことになるのかはわからないが、とりあえず式での幸せそうな顔を見ている限り、なんとなく大丈夫だろうと思った。
が、まあそれはいいだろう。
問題はその結婚式に俺と一緒に参加した、ビリーの友人でもあるカイルのことだ。
【速読】や【念写】、そして【念話】という魔法を持つリード家の当主であるカイルは今年でもう14歳になる。
が、同年代のビリーが結婚したにもかかわらずいまだに結婚していない。
といっても、それが普通の農民であればそう問題にはならなかっただろう。
農家の四男坊であるカイルは農民のままであればもう少し結婚時期は遅くなるはずだ。
が、現状ではそうはいかない。
カイルの持つリード家の魔法を次代に継承していくためにもカイルは結婚して継承権を持つ子どもを作る必要があるからだ。
ぶっちゃけて言えば、カイルの結婚相手はキリでもいいかなと思っていたこともある。
キリはフォンターナ王国で最も求婚されている女性だった。
それに対して、フォンターナ王国で一番人気の男性は誰かというと、それはカイルだったのだ。
一位同士をくっつけてしまえば誰も文句言わないだろうという魂胆もあったのだ。
が、さすがに仲睦まじい姿を見せているビリーとキリの仲を引き裂いてまでカイルとの結婚話を推し進めることは俺にはできなかった。
なら、他に相手がいないかというとそうではない。
むしろ多いくらいなのだ。
カイルには毎日のように結婚話が持ち上がっている。
が、そのどれもが相手の女性だけを見ていればいいのではなく、そのバックについている存在の姿が見えていたのだ。
俺の弟であり、リード家の当主であるカイルと関係を持てば、その結婚相手の実家も必ず影響を受けることになる。
つまり、キリよりも直接的に影響力の大きい相手からの求婚が多いという傾向があった。
もしも、その中の誰かを選んで結婚させたら、その家は力をつけ、それを妬み僻む者が出るだろう。
なぜあいつを選んでうちの娘を選ばないのだ。
そんなことを俺に言ってくるかもしれない。
なんというか政略結婚も楽じゃないんだなと思ってしまったのだ。
だが、どうしても影響が出るというのであれば、なるべくこちらにも利益が出るように考えて行動しなければならない。
そう思えば思うほど、俺はカイルの結婚相手を選べずにいたのだ。
「まあいいか。それはとりあえず置いておこう。で、なにか用か、リオン?」
「はい。ご報告があります。各地での情報から新たな動きが見られました。ラインザッツ家が動きます」
「覇権貴族のラインザッツ家が動く、か。何をするつもりだ?」
「ラインザッツ家は反メメント連合と歩調を合わせてメメント家と戦うようです。王都奪還作戦を計画中とか」
「……んん? 王都奪還作戦? そんなことできるのか? だって、去年メメント陣営連合軍に向かっていったときに後ろからリゾルテ家に攻撃されたんだろ。また、去年の二の舞になるんじゃないのか?」
「いえ、ですから共同作戦をとるようにしたようですよ。そのリゾルテ王国と」
「ラインザッツ家がリゾルテ王国と組むのか。できるのかな? いくらなんでも、つい先日戦った相手と共同作戦を実行できるとは思えんが」
「私もそう思います。そして、それはラインザッツ家もリゾルテ王国も同様のようですね。ですので、多方面作戦をとるようです。西のラインザッツ軍は中央の王都の解放を、北の反メメント連合も同様に王都の解放を。そして、南のリゾルテ王国は東のメメント領を狙って進軍するようです」
「なるほど。そうするのか。覇権貴族であるラインザッツにすれば王都を解放してドーレン王家をもとに戻せば面目が立つ。反メメント連合もメメント家のやり方に異を唱えているから協調しやすい。で、歩調が合わせにくいリゾルテ王国は別の利益に誘導して一緒の作戦をってことね。リゾルテ王国としてもメメント家の領地が取れれば勢力拡大につながるしな」
「そういうことのようですね。で、その多方面作戦を実施するにあたってフォンターナ王国に要請が来ています」
「なんだ? ドーレン王のために王都を解放するのを手伝えとか言う気か?」
「いえ、違いますよ。もちろん、私もその誘いに乗る気はありません」
「だよな。じゃあ、何を言ってきたんだ?」
「覇権貴族であるラインザッツ家からの要請は、今作戦におけるラインザッツ陣営との不戦の誓いを執り行いたいというものです。王都奪還までの間、お互いに敵対しない。その約定を交わしたいということのようですね」
「相互不戦の協定か。まあ、たしかにそうしないと北の貴族家もいる反メメント連合はフォンターナを警戒して動けないか。うん、別にいいぞ」
「いいのですか? というよりも、もっとこちらも要求すべきでは? ラインザッツ側としてはフォンターナと不戦協定を結べなければ王都奪還作戦は実行すら危ぶまれます。ふっかければいい条件が引き出せるかもしれませんよ?」
「そうかもしれないな。けど、こっちも不戦を誓うというのはありがたいことではある。辺境伯として新しい領地を支配下に置こうとしているエランスたちも、すぐに動けるわけじゃないからな。統治するために時間が必要だ」
「たしかに。辺境伯領内の統治はまだ盤石ではありませんからね。では、返事を返しておきますがよろしいですね?」
「ああ、頼む。ラインザッツ家のお手並み拝見だな」
冬場にサクサクと3つの貴族領を攻め落としたあと、フォンターナ王国はさらなる動きを見せるかに思えた。
が、俺は内政に力を入れたかったし、エランスやワグナーは新しい領地をまずは把握する必要があるため、実際のところはすぐに外へと向かっていく余裕などなかった。
なので、その後のフォンターナ王国は鳴りを潜めていたと言えるし、できればもう少し時間が欲しかった。
そのため、このラインザッツ家の申し出は渡りに船でもある。
王都奪還が成功しても失敗しても、こちらにとってはさほど影響はない。
フォンターナが気になって反メメント連合の貴族たちが動けないというのであれば、不戦の誓いでもなんでもしていいので、ぜひともお互いで決着をつけてもらいたいところだ。
夏の暑い時期に、俺はリオンを通じてラインザッツ家やその陣営と不戦の誓いを結んだ。
そうしてラインザッツ家主導のもとに、王都奪還作戦が決行されたのだった。
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