ビリーへのねぎらい
「すごいね、アルス兄さん。回復魔法にそんな使い方があったなんて思いもしなかったよ」
「ああ、実際のところ、俺も使役獣の卵に回復魔法を使おうなんて考えもしなかったからな。ずっと使役獣の卵について考えていたビリーだからこそ、話を聞いたときにピンときたんだろうな」
「でも不思議だよね。その方法で使役獣の卵から黄金鶏が孵化するなら、教会の誰かが今までにやっていてもおかしくないような気もするんだけどな」
「いや、それは無理だろうな。使役獣の卵に回復魔法をかけた際の機序を予測していないと考えもつかない方法だしな」
ビリーの研究によって使役獣の卵を産み落とす【産卵】持ちの黄金鶏が手に入った。
それを聞いて、ささやかながらカイルを呼んでビリーへと食事を振る舞うことにした。
その食事を食べながら、カイルと話し合う。
なぜ使役獣の卵に俺が回復魔法をかけたらヴァルキリーではなく黄金鶏になったのか。
それを解き明かしたいのであれば俺以外の人間も回復魔法を使役獣の卵にかけて黄金鶏が再現できるか実験したり、あるいは本家に電撃インタビューでもしてこなければわからないかもしれない。
が、もしかしたらこうかもしれないという仮説なら考えられる。
使役獣の卵は魔力を吸収することでさまざまな姿形や性質をもって生まれてくる。
これは、例えるならばキャンバスと絵の具の関係に似ているのかもしれない。
真っ白なキャンバスである使役獣の卵に、人それぞれの魔力という絵の具を使って色を塗る。
その結果、その色によって孵化する使役獣の性質が変化するのだ。
そのため、複数の人の魔力を吸収させるとそれはまた別の使役獣となるが、それも複数の絵の具が混じって違う色になったということではないだろうか。
それが使役獣の卵に対して回復魔法を使うと話が変わってくる。
回復魔法は体の傷を修復するどころか、欠損まで治すほどの力を持つ魔法だ。
俺の魔力という絵の具を使っているが、回復魔法をかけることで使役獣の卵に魔力を吸収させるとどうなるか。
もしかしたら、色の回復、つまりキャンバスの色の初期化が起こるのかもしれない。
俺の魔力という絵の具で塗りたくられるはずだったキャンバスは、しかし回復魔法を使って全体を塗り尽くすと、もともとのキャンバスの真っ白な色だけで満たされる。
その結果、本来の使役獣の卵の生みの親であるオリジナル、つまり黄金鶏が孵化したのではないだろうか。
そして、カイルの疑問で出てきた今まで他の者がなぜできなかったのかは別の解答もあるにはある。
それは使役獣の卵には何度も何度も繰り返し回復魔法を使用しなければ、卵は孵化しなかった点だ。
もしかしたら、教会関係者が一度や二度は卵に対して回復魔法を使ったことはあるかもしれない。
が、それでは孵化しない。
数十回でも足りないかもしれないのだ。
つまり、今まで使役獣の卵に対して回復魔法を使った者がいたかもしれないが、それらはすべて途中で諦めて回復魔法を卵に使うことをやめていた可能性が高い。
俺やビリーが成功したのは、タロウのクローンという別方面での成功があったからにほかならないのだ。
「そういえば、ビリーはこのまま城で研究を続けるの?」
「う、うん。アルス様がいてもいいって言ってくれたから」
「やった。アルス兄さんも気が利くね。もしかしたら、研究が成功したらビリーの仕事がなくなるんじゃないかと思っていたんだけど」
「おいおい、カイル君。俺はそんな使い捨てみたいに人を扱わんよ。まあ、けど、ビリーを無職にするわけにはいかんだろ。もうすぐ結婚するってのに」
「そうだったね。なにせ今をときめくラジオ放送一番人気のキリさんとの結婚があるんだもんね。おめでとう、ビリー」
「あ、ありがとう、カイル君。あ、アルス様もありがとうございます。ボク、もっともっとがんばります」
「ああ、こちらこそよろしく頼むよ、ビリー。黄金鶏は卵を産むとはいえ、いきなり大量に増やせるものじゃないからな。しっかり管理して増やしていってくれ。でも、ほかにも使役獣の研究は続けてくれよ?」
「は、はい。い、今まで通り魔獣型を目指す方向で研究すればいいですか?」
「そうだな。もちろん有用な使役獣であるほうが望ましい。けど、まあお前に任せるよ、ビリー」
「はい、わかりました、アルス様。任せてください」
「おう、よろしくな」
使役獣の卵を産む黄金鶏を得たとはいえ、それで研究を完全に打ち切る気はない。
ビリーの研究はこれからも重要な位置づけにあった。
それは今後の経済活動にも大きな影響を与えるものだった。
というのも、基本的に使役獣というのは一世代で終わってしまうものが多いのだ。
例えば、どれほど戦場で活躍する騎竜を卵から生み出せたとしても、その騎竜を孵化させた魔力の持ち主が死んでしまえば次世代は残らない。
使役獣というのは人間にとって非常に使い勝手のいい生き物ではあるが、長期的な観点からみるとなかなか使いづらいものであるのだ。
だが、それを解決するヒントはある。
それがヴァルキリーや黄金鶏のように、使役獣自身が卵に魔力を与えて同種を孵化させる例外が存在するというところにある。
これもある意味クローンと似たようなものなのかもしれない。
が、それでも同種を後世に残すことができるのだ。
そのために必要なのは、使役獣の卵から同種を孵化させられるだけの魔力を持つことではないだろうか。
つまり、有用な使役獣を単に生み出すだけではなく、後世に残していきたければ魔力量の多い使役獣を作っていく必要があるのだ。
ビリーの研究はその面から見ても今後も続けていく必要があり、それだけの価値がある。
まあ、あとはキリと結婚することも決まっているのも確かにある。
キリとビリーの結婚はよく知らんが恋愛結婚らしい。
が、ここでビリーが失業したとあればその話はまたたく間に流れてしまうだろう。
なぜなら、キリは今、フォンターナ王国の中で最も求婚されている女性であるからだ。
理由は俺にあった。
今まで何度かラジオ出演したことのある俺だが、キリと同じ番組に出たときはかなりフランクな話し方を許していた。
実はキリの生家は王都圏にある貴族に仕える星読みの一族で、しかも元貴族家でもあるというのが関係している。
王都圏でもラジオ放送を行っている俺だが、王都圏出身の元貴族家の一員であるキリに対して、辺境の農民出身の俺があまりに上から目線で話をしていたら、バルカでは放送内容がウケても王都圏では反感を買う可能性があったのだ。
元農民の成り上がりものが王都のいいところのお嬢相手に偉そうにしているというよりも、仲良さそうにして、かつ、番組冒頭では俺だけが敬語を使うという気配りを見せているからこそ王都圏でも聞く人がいるのだ。
なにげに王都圏に住む人は庶民レベルで意識が高いようだ。
だが、俺はただの農民出身の少年というわけでもない。
今をときめくバルカ家の当主であり、フォンターナ王国の宰相兼大将軍でもある。
そんな俺とフランクに話してなんのお咎めもない間柄の未婚の女性、それがキリなのだ。
それがいかに価値のある存在なのか。
ラジオを聞く庶民はもとより、成り上がりを狙う騎士の次男三男から、あるいは王国の上部へと食い込もうと画策する上流階級からとあちこちからキリは求婚されていたのだ。
なかには王国の外や、実家からも手紙がきていたりするらしい。
そんななかで衝撃の結婚話がビリーとの間で持ち上がったのだ。
もちろん、俺には反対する気はなく、むしろ応援している。
ゆえにビリーはキリと結婚してもおかしくないだけの相応の給料をあげなければいけないだろう。
こうして、また一人、農民出身でありながらも、そこらの騎士を遥かに超える高給取りの人間が誕生したのだった。
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