黄金鶏
「よくやった。すごいぞ、ビリー」
「い、いえ。自分は何もしていません。あ、アルス様のおかげです」
「そんなことないさ。今まで使役獣の研究をずっとしてきてくれたのはビリーだったし、今回のこともそうだ。お前のおかげだよ、ビリー」
「あ、ありがとうございます、アルス様。こ、これで使役獣の卵を増やすことができますね」
フォンターナの街での政務と各地の河川工事、そして、新たにフォンターナ軍に導入する衛生兵部隊の創設。
それらの仕事でかなり忙しく過ごしていたが、あっという間に季節は夏にまでなってしまっていた。
そんな俺のもとに朗報が届けられた。
バルカニアで使役獣の研究をしていたビリー少年からの報告。
それはついに【産卵】の魔法をもつ使役獣をバルカで生産することに成功したのだという。
使役獣というのは人の魔力によってさまざまな姿や生態をもって生まれてくる不思議な生物である。
使役獣の卵のときに吸収する魔力でどのような姿で生まれてくるのかが決まるが、この卵の確保はフォンターナ王国にとって非常に重大な課題だった。
使役獣の卵を生産して販売しているのはとある貴族家で、その貴族家には【産卵】という固有の魔法を持つ使役獣が卵を産み落としているという。
現状ではこの【産卵】持ちの使役獣だけが卵を手に入れるための手段となるわけで、当然のことながらその貴族家によって厳重に管理されていた。
が、その状況が大きく変わる事件があった。
それがメメント家による王都圏の占領だ。
実は使役獣の卵を生産販売しているのは王都圏にいる貴族だったのだ。
メメント家は王都の攻略とともに、この貴族家もしっかりと「保護」していた。
つまり、門外不出の使役獣の卵の生産がメメント家によって押さえられてしまったことを意味していたのだ。
フォンターナは王国として独立し、その立場を確立したがまだまだ課題も多い。
その中でも独立運動で大きな戦力となった使役獣のヴァルキリーの確保は重要課題だった。
ヴァルキリーがいたからこそ長距離を短期間で軍を移動させることができたわけで、さらに冬季の戦闘も可能となっていたわけだ。
もしも、メメント家がフォンターナ王国に対して使役獣の卵が手に入らないように何かをしてきたら、その影響は計り知れないほど大きい。
ゆえに使役獣の卵を独自に得る方法はなんとしても必要だったのだ。
カイルと同年代のビリー少年にはもう何年も使役獣の研究をしてもらっていた。
追尾鳥などに至っては遠く離れた王都に滞在しているリオンのもとへと手紙をやり取りできたことも考えると、もしかしたら単純に匂いに敏感な鳥ではなく魔法を使っている使役獣なのかもしれない。
そのほかにも飛空船の誘導に使う風見鳥や、羽毛をとる抜け毛鳥といった有用で魔力量の高い使役獣の孵化にも成功していた。
そのため、使役獣の研究としては一定の成果をあげていたことになるが、しかし、それでも当初からの目的だった【産卵】の魔法を持つ使役獣というのはなかなか作り出すことができずにいた。
バルカの魔法を使えるいろんな人間に使役獣の卵へ対して【魔力注入】をさせて孵化させる。
さらに複数の人間による【魔力注入】を膨大なパターンで組み合わせて生まれてくる使役獣の傾向を調べ、魔法を発現しそうな組み合わせを検討する。
そうして研究を続けてきたが、なかなかこれといった成功への道筋は見つけられなかった。
最終的な結論としては、魔力の組み合わせで都合よく【産卵】という魔法を持つ使役獣を生み出すことはできない可能性が極めて高い、ということになってしまった。
だが、このたびバルカニアには【産卵】持ちの使役獣がビリーによって再現された。
これはどういうことかと言うと、新しく【産卵】持ちの使役獣を生み出すのではなく、王都圏ですでにいる【産卵】持ちと全く同じ種を再現することに成功したということなのだ。
「まさか、鍵は回復魔法にあったとはな」
「あ、アルス様の犬人量産の話を聞いてもしやと思いました。や、やはり卵に回復魔法をかけるというのが良かったようですね」
魔力の組み合わせで【産卵】持ちを作り出すことができなくて悩んでいたビリーはカイルから不思議な話を聞いた。
それは、俺がオスしかいない状態でその魔物の数を増やしたという話だった。
詳しい話は極秘扱いでカイルからはそれ以上聞けないが、それでも気になったビリーは俺に直接それを聞いてきたのだ。
そして、俺がタロウをクローン複製した話を聞いた。
黒い犬人のメスの未受精卵に白い犬人であるタロウの細胞を加工注入してクローンを作り出す。
その際に俺は加工済みの未受精卵に対して回復魔法をかけてからメスの体内へと戻していた。
クローンがどういう原理で成功したのかはわからないが、回復魔法をかけたことが成功につながったのだと思う。
そして、それを聞いてビリーは思ったのだ。
使役獣の卵に回復魔法をかけたらどうなるのだろうか、と。
が、気にはなるがビリーには回復魔法が使えない。
そのため、若干ビビりながらも俺に依頼してきたのだ。
使役獣の卵に対して俺に回復魔法をかけてほしい、と。
この発想は俺にはなかった。
以前から聞いていた使役獣の卵は魔力を吸い取って成長して孵化するという話が頭にこびりついていたからだ。
だが、たしかにビリーの言う通り、欠損した人体すら回復し、クローンまでもを作り上げる回復魔法を使役獣の卵に使用すれば、もしかしたら新たな実験結果を得られるかもしれない。
そうして、俺は使役獣の卵に対して回復魔法を繰り返し使うことになったのだ。
もちろん数回だけでは到底足りず、魔力消費量の大きい回復魔法を何度も何度も、さらには長期間にわたって使い続けた。
そして、そのうちの卵のひとつが孵化した。
卵が孵化したということは俺の魔力を吸収したはずで、そうであればヴァルキリーが生まれてくるはず。
だというのに、その卵から孵化してきたのはヴァルキリーではなかった。
黄金鶏。
全身が金色の毛に覆われた鶏のような姿の使役獣。
ヴァルキリーとは似ても似つかぬその使役獣は、その後成長してから、ある日の朝、ポロンと卵を産み落としたのだという。
そして、その卵は使役獣の卵とそっくりであり、そして、その卵に魔力を注ぐとその魔力の質によってさまざまな性質を持つ使役獣が生まれてきた。
ビリーは何度もこの黄金鶏のチェックをしたらしい。
本当に【産卵】を持っている魔獣型なのかどうか。
卵はその後も産むのか。
ほかにもいろいろと気になる点を確認していった。
そして、結論を出した。
この黄金鶏という使役獣は王都圏にて生産されているオリジナルと全く同じ使役獣であり、回復魔法を利用して完全再現したものである、と。
黄金鶏は自分の産んだ卵に自分で魔力を注いで、同じ黄金鶏を孵化することも確認した。
つまり、この黄金鶏を起点にして数を増やしていくことも可能であるということになる。
こうして、バルカは使役獣の卵を常に手に入れられる手段を確立した。
当初の仮説とは違ったが、結果オーライだろう。
ビリーは数年にわたる使役獣の研究を大成功という形で達成したのだった。
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