新製品
「アルス殿、これはどういうことでござるか?」
「ん? 何がだ、グラン?」
「見たところ、アルス殿が用意したのはヴァルキリーの鞣した革と角、そして転送石でござるな。それでこんな物ができるとアルス殿は知っていたのでござるか?」
「いや、知るわけ無いでしょ。ただ、思いつきでやってみただけだよ」
「本当でござるか。いや、しかしこれは……、世界がひっくり返るでござるな」
「まあ、今までの常識をすべて覆すことにはなるだろうね」
ブーティカ領にやってきて、そこにいたルークに対して合成をしてもらった。
結果だけを言うと、それは大成功に終わった。
だが、それはブーティカ家の悲願成就とはならないだろう。
なにせ、俺が【合成】で作らせたものは聖剣を超える武器を作るような金属ではなかったからだ。
というか、武器とか金属というくくりじゃなくても【合成】ってきちんと発動するんだなと思ってしまった。
俺が用意したのはグランが言っていたように戦場で死んでしまったヴァルキリーからとった毛皮を鞣して作った革、それとヴァルキリーの角、さらに俺が魔法で作り上げた転送石だ。
それらをルークが【合成】し、その革を使用してグランが鞄を作った。
それが今、目の前にある。
完成したそのカバンは魔法鞄と呼ばれる一品になったのだった。
魔法の鞄。
実はこの世界にはそんな不思議なものがある。
見た目の内容量を超える量の荷物を入れることができる鞄。
いわゆるマジックバッグといって差し支えないものが存在するのだ。
この魔法鞄は迷宮で産出される。
迷宮街などにある迷宮では魔石や魔物の素材を狙って探索者が武器などを持って迷宮に入り込む。
そこで、生活の糧として金になる魔石などを持って帰るわけだが、なかには迷宮の中で魔物に敗れて息絶えてしまう者もいる。
そして、そんな人たちが所持していた武器や鞄などは迷宮に取り残されてしまうのだ。
迷宮ではその時、不思議な現象が起こることがあるという。
持ち主を失った武器や鞄は迷宮内で取り残されて長い時間が経過すると、迷宮の魔力に当てられて変質することがあるのだという。
武器であれば、本来であればただの武器だったにもかかわらずいつしか魔法剣のようになってしまうケースもある。
そして、鞄は魔法鞄として容量の拡張が見られることがあるのだそうだ。
実際には、そのようなケースは非常に稀だ。
だいたいは朽ちていくか、あるいは変質する前に誰かが発見してしまうからだ。
だが、迷宮の深層以下は面積も広く探索する人の数も少ない。
その上、迷宮は奥深くに潜っていくほど迷宮内の魔力が濃くなっていく。
そのような条件からか、深層では極稀に変質した武器、あるいは防具、あるいは鞄が発見されることがあるのだ。
俺はその魔法鞄を実際に見て、手にしたことがある。
迷宮街を攻略した際に封魔の腕輪などと一緒に手に入れていたのだ。
もっとも、それは封魔の腕輪を俺がもらって使用するかわりにガロードへと献上したのだが。
その迷宮産の魔法鞄と同じような現象を発揮する鞄をグランが作ってしまった。
シンプルな作りの鞄で、ショルダーバッグくらいの大きさだ。
だが、その中にはたくさんの物を詰め込むことができた。
どのくらいまで入るのかは正確にはわからないが、今のところ確認できた限りでは体育館くらいの倉庫のなかを埋めるくらいのレンガは入るのではないだろうか。
もちろん、中にそれだけ詰めたからといって重たいから動かせないというわけでもなく、もとの鞄の重さしか手には感じない。
質量保存の法則とかは魔法の前では無力なのかもしれないな、と今更ながらに思ってしまった。
「これは……、やはり転送石を素材にしたことが理由でござろうか、アルス殿?」
「そうだろうな。よくわからんが、無理やり仮説をたてるとすると転送途中で止まった状態を維持しているのかな? だから、鞄の中に大量のものが入るけど重さを感じていないとかじゃないかな」
「転送の途中で止まった状態? よくわからなんでござるな」
「えーと、通常ならば転送石は2つ必要だ。そして、片方の転送石に手を触れて魔力を通すともう片方の転送石に一瞬で跳ぶ。けど、それは本当に一瞬なのか? もしかしたら時間がわずかと言えどもかかっているのかもしれない。ということはだ、その転送している最中っていうのは、なんというかこう、亜空間みたいなところを移動しているんじゃないだろうか? 魔法鞄の中はそんな異なる空間として存在している、という考えはどうだろう?」
「……なるほど。わからんでござる。が、たしかに転送石を使うと別の場所に跳ぶことができる以上、別の空間を経て移動していると考えられるのかもしれないでござるな。……ふむ、つまり魔法鞄というのは1つ目の跳ぶための転送石であると同時に、出現する2つ目の転送石の役割を果たしているかもしれぬと。そういうことでござるか、アルス殿」
「実際にそれを確認するすべがあるかどうかはわからんけどな。まあ、そんな感じで考えていてもいいんじゃないか、グラン。重要なのはこの魔法鞄を確実に入手する方法ができたってことにある」
「そうでござるな。現状では偶然に手にする機会があるだけの迷宮鞄は数に限りがあるはずでござる。そして、それらの多くはおそらくはパーシバル家などの貴族が秘蔵している。それを量産できれば世界がかわるでござるよ、アルス殿」
「……けどなぁ。あんまり無秩序にこの魔法鞄は作れないかな。犯罪に使われたら大変なことになりそうだし。とりあえず、最初は限られたものだけが使えるくらいの数を作っておくくらいにしておくほうがいいんじゃないか?」
「ふむ。ちともったいないでござるが、そうするでござるか。ならば拙者もひとつ欲しいのでござるよ。これがあればいつでも大切な道具を持ち歩くことができるでござる」
「そうだな。なら俺も別の種類の鞄でも作ってもらうか。持ち歩きしやすいやつと、大型の荷物が入れやすいやつとかを」
「まかせてほしいのでござるよ、アルス殿。では、さっそくお願いするでござるよ、ルーク殿」
「……ルーク殿、どうしましたか? もう一度【合成】をしてほしいのですが」
「……いや、おかしいでしょう。なぜ、あなた方はそんなに平然として話をしていられるのですか。魔法鞄を人の手によって作り出せる? ありえない。そんなこと聞いたことがありませんよ」
「あ、やっぱり他ではそういうことはできないんですね。なら結構。より貴重な物になる。さ、それはいいから、次をお願いしますよ」
「ルーク殿、アルス殿のすることにいちいち驚いていてはいけないのでござるよ。アルス殿は何をするか我々の予想もつかない人でござる。であるならば、それを素直に受け入れて新たなものを作ることに専念したほうがいいのでござる」
「おい、ちょっと待てよ、グラン。その言い方だと俺がいつも変なことをしているみたいじゃないか。異議を申し立てる」
「異議もなにも実際にそうではござらんか。ささ、ルーク殿。とりあえず思考は停止していてもいいので手を動かすでござるよ。【合成】と唱えるだけでいいのでござる」
「……はあ、どうやら私はとんでもない人と知り合ってしまったようですね。【合成】。はい、これでいいですか?」
「なんか納得いかねーけど、まあいいか。グラン、ここにある革を使用して魔法鞄を何種類か作ってくれ。それを持ち帰ってどれが一番使いやすいか検討してみよう」
なんかグランが俺を変人扱いしているような気がしてちょっと反発してしまった。
変人度で言えば俺よりもグランのほうが上のはずだ。
お互いに「自分のほうがまともだ」と主張し合いながらも、ルークに【合成】をさせる。
とりあえず俺が用意して持ってきたヴァルキリーの毛皮を使い、魔法鞄の材料にした。
こうして俺は新たに便利な道具を手にすることに成功したのだった。
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書影も解禁となり、活動報告にて記載しております。
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