合成の狙い
「へー、最初は模造炎高炉を作ったのか」
「そうでござる。ここブーティカ領で作ったこの模造炎高炉はバルカ鋼に対して炎鉱石を【属性付加】したものでござる」
「【合成】ではないんだな? ってことは、本来の炎高炉ほどの出力が出ないってことになるのか?」
「そのとおりでござるよ、アルス殿。貴重な炎鉱石を少量使用するだけで模造炎高炉を作ることができたのでござる。さらにブーティカ家の持つ【性能強化】の魔法を使用すれば、通常の炎高炉と同程度の火力が出ることは確認済みなのでござる」
「なるほど。でも、なんで炎高炉の模造品なんか作ったんだ? ほかの素材と【合成】するって話はどうなったんだよ」
「ブーティカ家は便利な魔法を持っているでござるが、魔法を使わない技術そのものを否定しているわけではないでござる。それどころか、魔法を使用せずに高品質な物を作ることができるというのは大きな評価になるのでござるよ。その点から言えば炎高炉は評価が高いのでござる。なにせ、既存の鉄を今までにないくらい鍛え上げることができるのでござるからな」
「つまり、バルカ鋼の品質の高さを認めてくれたってことか。で、その鋼を作るための設備を求めた、と」
「そのとおりでござる。ブーティカ家が戦わずに降伏したのは炎高炉の存在も大きかったようでござるよ。そして、今はその鋼を使って【合成】できるものがないかを研究しているのでござる」
「……なあ、グラン。俺はあんまりよくわかっていないんだけどさ。鋼に炎鉱石を使って【属性付加】すれば炎を出す鋼ができるんだろ? 【合成】する意味ってあるのか?」
「ふむ、当然の疑問でござるな。それについては拙者もまず確認したのでござる。ルーク殿が細かく教えてくれたのでござるよ」
「ルーク殿か。ブーティカ家の当主の嫡男だったな。なんて言っていたんだ?」
「基本的に目的が違うというのがルーク殿の主張でござった。【属性付加】では鋼に炎を出す属性を付け加えることはできるのでござる。が、それだけでござる。しかし、【合成】が真の意味で成功すれば、成長する素材ができる可能性あるのでござるよ」
「成長する素材?」
「アルス殿ならよく分かるはずでござる。大猪の牙を使って作った硬牙剣。これは魔力を通せば【硬化】の魔法効果が発揮されるのでござる。ただ、魔力を大量に注いでも一定以上の硬さにはならなかったでござるな。ですが、大猪の幼獣の牙は違うのでござる。幼獣の牙は成長性のある素材で、貴族が代々魔力を注ぐことで硬牙剣よりも武器として成長する可能性があった。その結果が斬鉄剣であり、のちの聖剣でござるな」
「なるほど。つまり、貴族の家宝の剣になるような成長性のある武器の素材を【合成】によって生み出したいっていうことなのか。ただ単に属性を付け加えるだけじゃなくて」
「そのとおりでござる。ルービッチ家の持つ魔法剣の疾風剣はここブーティカ家の【合成】で作られたようでござるよ」
「へー、そうなのか。ちなみにその時の素材は何を使ったんだ?」
「それは極秘でござる。ブーティカ家はバルカと共同研究をするとはいえ、すべての情報を開示しているわけではないのでござる。ただ、金属と魔物の素材を【合成】したそうでござるよ」
「内緒なのか。まあ、いいけど」
ブーティカ家と共同研究しているグランに話を聞きながら移動する。
どうやら、ある程度の一般的なことは俺にも教えてもらえるらしいが、一部トップシークレットの情報は機密扱いのようだ。
おそらくは、共同研究ではある程度言うことができても、もともとブーティカ家が行っていた研究の内容については言えないように取り決めたのだろう。
気にはなるがあまり突っ込まないほうがいいのだろう。
面白そうな研究をしているのだし、なにかバルカにとってもいい研究結果が得られればそれに越したことはないのだから。
そんなふうに話しながら移動して、新しく建てられた模造炎高炉のあるところまでやってきた。
ここが、秘密の多いブーティカ家の中でもバルカと共同研究している区画らしい。
「ようこそ。お待ちしておりました、アルス様」
「お久しぶりです、ルーク殿。あなたが今回バルカとの共同研究のまとめ役になったのですね」
「はい。グラン殿とこうして一緒に仕事ができるというのは光栄です。今までにない気づきを得られますから」
「本当ですか? ブーティカ家の人のように【合成】なんて魔法は使えないですよ?」
「ええ、それはそうですが【合成】は我々がやるだけです。それよりも、魔法以外の技術というのもものづくりには無視できない要素なのですよ。いくらいい素材を得られたとしてもそれを適切に扱うことができるかどうかで、その素材はお宝にもゴミにもなってしまいますから」
「確かにそのとおりですね。けど、やはり重要なのは成長性のある素材ができるかどうかでしょう? 聞いたところでは金属と魔物の素材であっても【合成】できるとか。もしかして、もう大猪の幼獣の牙などを【合成】してみたのですか?」
「ええ。そのほかにも鬼の素材を試しています。まあ、まだこれと言った成果は出ていないのですが」
「そうですか。なら、私も参加していいですか? ちょっと【合成】してほしいものがあるんですが」
「ほう。アルス様の希望の品で【合成】ですか。いいですよ。ただし、【合成】に使用した素材は成功失敗問わずもとには戻らないという点だけはお気をつけてください」
「わかっています。俺が【合成】してほしいのはこれです。よろしくお願いします」
模造炎高炉の設備の中の一室。
そこにはルークがいた。
【性能強化】を使って炎高炉のように高温の熱を炉の中に出して鉄を鍛えている。
グランが作った鋼の製法とはまた少し違う方法を試しているらしい。
その姿は熟練の鍛冶師であり、決して魔法の効果だけに気を取られているわけではなく、職人の風格を漂わせている。
そのルークに俺は【合成】してほしい素材を提供した。
が、それをみたルークは少し戸惑ったような顔をしている。
なぜなら、俺が出した素材の中に金属はひとつもなかったからだ。
ブーティカ家の悲願である神鉄なる素材を生み出すという考え。
それは面白いものではあるが、ぶっちゃけて言えば俺には直接関係ないとも言える。
だからこそ、俺は金属素材にこだわらなかった。
俺が用意したのは【合成】のための材料はすべて非金属だった。
机の上に並べられたそれらを、困惑しながらもルークは手にとって【合成】とつぶやき魔法を発動させたのだった。
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