複数の狙い
「まさかただの農民だった父さんがあのフォンターナ家の【氷精召喚】を使えるようになるとは思わなかったよ、アルス」
「ヘクター兄さんも使えるようになったから、実質的に我が家はみんな当主級だね、父さん」
「信じられないよ。けど、本当にいいのかな? フォンターナ軍にバルカの魔法を授けるのなら、アルスが名付けすべきなんじゃないのか? 本当に父さんやヘクターが名付けてもよかったのか?」
「いいよ。それこそがあの軍制改革の狙いの一つでもあったからね」
当主級と呼ばれる力を手に入れた父さんだが、やはり根本は善良な農民らしく、自分がそんな力を手に入れたことを信じられないでいるようだ。
だが、それもしばらくすれば自然と受け入れられるようになるだろう。
そして、父さんの心配することも杞憂にすぎない。
フォンターナ軍を改革するといい、その軍に所属する兵にたいして工兵10000人に名付けを行った。
最初の計画通り、小さな班の班長からだんだん上に積み上がっていくピラミッドのような、あるいは樹形図のようにして名付けを行わせる。
そして、大隊長に対してバルカの魔法を授けたことで工兵部隊全体がバルカの魔法を使うことができるようになった。
この時、俺は自分自身で名付けは行っていない。
複数いる大隊長に対してバルカの魔法を授けたのは父さんやヘクター兄さん、そしておっさんだったのだ。
実はこれが密かな狙いだった。
もしも、軍に所属する兵を騎士として取り立てるとなった場合は、バルカの騎士として俺が名付けを行わなければならないだろう。
が、今回はそうではない。
あくまでも、騎士として取り立てるための行為ではない、つまり俺に対して兵が忠誠を誓う必要がないという建前を作ったおかげで俺以外が名付けをすることの名分ができたのだ。
本来であればバルカの騎士であるとはいえ、父さんやヘクター兄さん、おっさんは領地を持つわけでもなく、したがって自身の家臣団などいるはずもない。
つまり、自分の配下を増やして下からの魔力を吸い上げることなどできないのだ。
が、フォンターナ軍の兵に対してバルカの魔法を授けるという名目のために父さんたちが名付けをすることが可能になった。
それゆえに、領地も持たない騎士の一人から、いきなり当主級としての魔力保持者へと成り上がることに成功したのだ。
「アルスは最初からそれを考えていたのかい?」
「いや、そうでもないよ、父さん。あくまでも最初の目的はフォンターナ軍の強化が狙いだ。けど、どうせやるなら一つの行為で複数の意味を持たせたほうがいいからね。あくまでも軍への名付けは貴族と騎士の主従関係ではないっていうことにしたんだよ」
「そうか。アルスは偉いな。そこまで考えて行動するなんて父さんには無理だよ」
「そんなことはないよ。父さんのことは頼りにしているんだから。まあ、これからも色々お願いすることはあると思うけど、よろしくね、父さん」
「ああ、わかったよ、アルス。こうなった以上、父さんも覚悟を決めているさ。母さんもお前の弟を授かって育てている最中だからな。その子が大きくなるまでは頑張らないとな」
「ははは。弟のことでなにかあれば、いつでも俺に相談してね、父さん」
まあ、実際のところ今回の軍制改革には他の狙いもある。
それは土地の開発についてだった。
以前からすでにある農地を【土壌改良】して収穫量をあげるための事業をしていたが、これらは完全にフォンターナ軍に任せることにした。
というのも、これには理由がある。
それは去年の出来事が原因だった。
去年は大きな出来事があった。
フォンターナが貴族領を脱して王国に生まれ変わったという歴史的な出来事だ。
そして、その際にドーレン王家がそれに反対して王命を発し、フォンターナ討伐のための貴族連合軍が差し向けられることになった。
フォンターナ軍をかき集めても圧倒的に数の多い連合軍に対抗するために俺は何をしたかと言うと、国境となるべき場所に壁を作ったのだ。
カーマスの防御壁というその壁は連合軍が迫りくる直前まで、数ヶ月かけて建設されたのだ。
連合軍が一度王都で集合してからフォンターナに向かうという時間の無駄遣いをしたおかげでギリギリ間に合った。
が、それは防御壁の完成が間に合っただけであり、実質的にバルカの魔法を使える者のほとんどはその壁作りで数ヶ月を忙殺されてしまったのだ。
フォンターナ王国内ではバルカは農地改良などの仕事を請け負っていた。
領地を持つ騎士たちから金を受け取って、どの時期にどの農地を【土壌改良】し、あるいは【道路敷設】を行うのか。
年間ベースでスケジュールをたてていたのだ。
だが、そのスケジュールは達成できなかった。
連合軍への対処でバルカの魔法を使える者が出払ってしまったからだ。
一応、有事であったためもあり情状酌量の余地はある。
なにより、無駄に言い争いに発展しないように、少なくない金を使って仕事の依頼が達成できなかった騎士に対して示談を成立させていた。
が、今後なにがどうなるかは予想もつかないのだ。
いつ何時、スケジュールの崩壊がやってくるかもわからない。
それに、フォンターナ王国の国土が広がったことも気がかりだった。
もしも、旧国境線であるカーマスの防御壁の外へ転封となったビルマ家やキシリア家が自分の領地にも長城を作ってほしいと言い出したらどうすべきか。
あれほどの長城を作るには現在いるバルカの騎士だけでは数が足りないことは明白だった。
が、そう簡単に断るのもはばかられる。
問題はあくまでも国防に関することでもあるのだから、あまりに無下に断ると宰相兼大将軍の俺が国を守ることを考えていないのではないか、などと言われかねないのだ。
だからこそ、どうしても魔法を使える頭数を増やし、そして、できればバルカ家としてはあまり遠方の土地の開発からは一歩距離を取りたかったのだ。
そのために工兵としてバルカの魔法を使える人間の数を増やすことにしたのだ。
これならば、評議会あたりで土地開発の年間スケジュールを検討させて軍を使えばいい。
そして、その軍が有事の際には土地開発への手が回らないことを事前に契約書にまとめておけば文句を言う者もいないだろう。
もし仮に文句を言えば、自分のことしか考えていないと非難することもできる。
さらに、それと同時に教会に卸す塩の販売問題も解決できる。
実はパウロ大司教に卸していた塩の量は圧倒的に不足していたのだ。
まあ、それはそうかもしれない。
塩はすべての人が欲している。
それはフォンターナ王国内だけではなく、その外の貴族領でも同様なのだ。
教会としてはすべての貴族領で需要があり、そのための塩が足りていないためにバルカに何度も塩を増産するように要求してきていた。
が、去年は塩を作るよりも壁を作るほうが忙しかったのだ。
とてもそこまで手が回らなかった。
だが、これでフォンターナ軍には塩を作り出せる人の数が増えた。
もう少し教会へ塩を販売することができるだろう。
などなど、いろんな問題が内包していたこともあり、それらを解決するための手段としての意味があの軍制改革にはあったのだ。
だからこそ軍に対して魔法を授けるという今までの常識からは外れた行動が周囲の連中にある程度認められたという側面もある。
バルカとしては仕事の一部を失ったという面もあるが、安定した収入を軍を通して得られることでもあるので、そんなに損はしていない。
こうして、フォンターナは冬が終わり、春になる前にさらなる土地開発力を持つに至ったのだった。
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