改革実行
「それは反対です。私は断固反対しますよ、大将軍殿。貴族から姓を与えられるという行為はそのように気安く行われるべきではありません。騎士への名付けというのは幾度の戦場でその命をかけて戦い抜き、しかし、気高き精神を持ち合わせる者に対して敬意を表して行われるべきものだからです。決して、軍へと徴兵されただけの農民たちに与えられるものではないのです」
「ということは、ルービッチ家としてはこの軍制改革案には反対ということですね、ブラムス殿?」
「もちろんです。何度でも言わせていただきます。そんなことをせずとも、我がルービッチ家を戦場へと出していただければ、この命をかけて働いてみせましょう。どうか、御一考を、大将軍殿」
「そうですか。ではエルメス家はどうでしょうか。ゲイザー殿から当主を引き継いで間もないですが、あなたの意見を聞かせていただきたい、ゲイリー・フォン・エルメス殿」
「私もブラムス殿に同意見です、アルス大将軍。エルメス家の魔法は特殊です。不用意に不特定多数のものに対して魔法を授けるようなことがあれば、どのように悪用されるかわかりません。それにやはり、貴族の魔法をそのように使うべきではないかと思います」
「こちらも反対だ、バルカの。旧ルービッチ領をビルマ家が統治するために転封するというのはいいとしても、フォンターナ軍でそんなに魔法を広げられるようなことがあるのはよくない」
「なぜですか、エランス殿? フォンターナ軍が強くなること自体はビルマ家の助けにもなるはずです」
「そうかもしれない。だが、問題はほかにもある。お二人の前でいうのは少し憚られるが、それは新参者のルービッチ家とエルメス家の存在がフォンターナ王国内で大きくなりすぎるということを意味している。もしそうなれば、フォンターナ王国を守るための軍に対する二家の影響力が大きくなりすぎて、もともといた我らのようなフォンターナの騎士が蚊帳の外に置かれる可能性もあるからな」
……なるほど。
エランスの意見はちょっと考えていなかった。
エランスやガーナなどのフォンターナ譜代の騎士から貴族家へとなった者にとっては、急に外から入ってきた外様が大きな顔をすることになるのは嫌なのかもしれない。
もっとも、軍の兵に対しての名付けは貴族と騎士の関係ではなく、あくまでも命令権は軍にあるという話になっている。
ルービッチの魔法を使えるようになったからといって、その兵がブラムスの言うことを聞く必要はない。
が、それでも影響力がないわけではない。
そのへんのことを心配しているのかもしれない。
うーむ。
どうしたものやら。
俺がリオンに話した軍制改革案はものの見事に駄目出しを食らってしまった。
どうやら、あまり周囲の賛同を得られないようだ。
「……では、今までの話をまとめましょう。ルービッチ家、及びエルメス家の両家はフォンターナ軍の兵に対しての魔法を授けることに反対。そして、エランス殿を始めとしたフォンターナの者も両家の影響力の増大を危惧している。そういうことでいいですか?」
「それははっきりと言い過ぎでしょう、アルス様。ですが、どうやらこの場にいるほとんどの者はそう考えているのでしょうね」
「そうみたいだな、リオン。で、バイト兄やカイルはどうだ? フォンターナ軍に魔法を提供することには反対か?」
「俺か? 俺は別にいいぜ。フォンターナ軍で将軍を任せてくれるならバルト姓を使うことは構わないぞ、アルス」
「えっと、ボクは今までもリード家の名をいろんな人に授けていたから今更不満はないよ、アルス兄さん」
「なら決まりだな。フォンターナ軍には新たに工兵10000、騎兵5000、通信兵1000の数になるように隊を作り、そこにバルカ・バルト・リードの名を授ける。ただし、その隊の兵に対しての命令権は軍にあり、バルカ家・バルト家・リード家にはないものとする。以上だ」
「ちょ、ちょっとお待ちください、大将軍殿。それでは話が違います。先程も言ったように貴族が騎士に名を授けるのは両者に深い信頼関係があるからこそで」
「ブラムス殿。ここはフォンターナ王国です。そしてあなたはフォンターナ王国の貴族となられた。であれば、フォンターナのやり方に従っていただきたい」
「……フォンターナのやり方、ですか? フォンターナでは安易に名を授けることがあるというのですか?」
「フォンターナがまだ貴族領、それこそウルク家やアーバレスト家と争っていた時から、私の弟でリード家の当主カイルはそうしていました。祖王カルロス様のもとでフォンターナに領地を持つ騎士に対してリード姓を販売していたのですよ。そして、それは今も同じです。フォンターナ王国の中で多くのリード姓の者が実務仕事などに携わっています。それを今回は軍にも適用すると言うだけのこと。言うなれば、フォンターナ軍に対して我々の名を販売することになっただけとも言えます。フォンターナが大きくなる前から行っていたことを王国になった後はできない、というのはおかしいとは思いませんか?」
「だが、しかし。そうは言っても貴族と騎士の歴史というものがあります。歴史ある貴族の魔法をそのように金儲けのために使うというのはいかがなものかと思う者もいるでしょう」
「それならば、なにも問題ありませんね。バルカ・バルト・リードの魔法は我ら兄弟が開発した新しい魔法です。歴史あるものではない。であれば、歴史ある貴族の魔法でないのであれば、販売しても差し支えないでしょう」
「う……。それは……」
「少しよろしいですか、アルス大将軍。私から聞きたいことがあります」
「なんでしょうか、ゲイリー殿」
「先程の工兵や騎兵、通信兵の数です。最初の説明ではフォンターナ軍全体に魔法を授けるような話になっていましたが、今挙げた数ではそれには到底及びませんが」
「そうですね。実はゲイリー殿が先程危惧しておられたように魔法を悪用する者がいないとも限らないでしょう。そのために、最初は数を限って信の置ける者を集めた隊を作って魔法を授けようかと思っています」
「なるほど。では我がエルメス家も名を提供いたしましょう。しかし、我がエルメス家の魔法は少々特殊。ゆえに、それを使いこなすためにも偵察兵の部隊の指揮官は私にしていただきたい。さすれば、どのような場所でも確実に偵察できる隊を作り上げてみましょう」
「よいのですか? それにゲイリー殿が指揮官だとしても偵察兵には軍としての命令に忠実に従ってもらうことになりますが」
「かまいません。エルメス家はフォンターナ王国の一員になったのです。であれば、その国を守るフォンターナ軍のために働くことに異存はありません」
「ありがとうございます。では、そうですね。偵察兵もとりあえず1000人ほどにしましょうか」
「了解しました、アルス大将軍」
「では、フォンターナ軍に魔法を授けるのはエルメス家を含めるということで。エランス殿もそれでよろしいですか?」
「う、うむ。数に制限があるというのであればまあよろしいかと。だが、魔法を授かった兵は軍に対してきちんと忠誠を誓うようにお願いします」
「ええ、わかっています」
「アルス様、私からもいいですか? バルカとバルトの名を兵に授けた場合、合わせて15000ほどの者が【道路敷設】などが使えるようになるのですよね? そちらは軍として活用してもいいということでしょうか?」
「ああ、そうだな。リオンの言う通りだ。今までバルカはフォンターナの中で農地改良や道路の敷設、その他いろいろなことをやってきている。これは今後、フォンターナ軍に任せようと思っている」
「つまり、今まで有料でバルカに依頼していた開発事業などは今後はフォンターナ軍に依頼すればいいということですか? ほかにも塩はどうされるおつもりですか?」
「仕事の依頼、そして教会への聖塩の販売も今後はフォンターナ軍だけにする。バルカの魔法を使える者も勝手にそれを利用して金儲けをすれば罪に問うことにしようか。その代わり、バルカはフォンターナ軍に名を授けた人数分の料金は受け取ることになる」
「よいのですか? バルカの経営を支えてきた事業だったのではないのでしょうか?」
「いいさ。その代わりに金を得られるんだし、今のバルカは他にも収入があるからな」
「わかりました。農地改良などもそうですが、聖塩の販売を軍が担うことになれば軍の維持管理費を一部賄うこともできそうですね。良い知らせです」
「よし、決まりだな。ではここに今後のフォンターナ軍の改革が正式に認められた。この度の評議会を閉廷する」
ルービッチ家は変な意地を張ったな。
あとでフォローが必要になるかもしれない。
が、とりあえず、魔法を使える人数を増やすことには成功した。
軍全体が魔法使いにジョブチェンジというわけにはいかなかったがこれでかなり軍も変わってくるだろう。
それに隊のシステム自体は魔法云々関係なく使えるわけだしな。
こうして、フォンターナ軍は新たな形へと変わっていった。
それによって新たに父さんやヘクター兄さんも【氷精召喚】が使える当主級になったのだった。
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