軍制改革案
「フォンターナ軍の再編ですか。確かに新たにルービッチ領とエルメス領、それにブーティカ領をフォンターナは手に入れました。それぞれに統治者となる者を置きますが、フォンターナ憲章に従えば一定の年齢の男児を兵として徴兵することになりますね。その増えた分で軍を再編するということですね、アルス様?」
「いや、違う。根本的に軍の仕組みを変えようかと思う」
「え? 根本的にというとどういう構想があるのでしょうか。現在のフォンターナ王国は辺境伯領を含めたすべての土地から徴兵して、フォンターナのためだけの軍を構成するという他の場所では見られない独特なやり方をすでに行っています。それをさらに変えるのですか?」
「そうだ。新たに領地を手に入れて兵が増えたと言っても全体で5万を超えるくらいだろう。それでは他の大貴族が攻めてきた時、不安がある。だから、軍の仕組みを大きく変えるつもりだ」
「……具体的には?」
「フォンターナ軍に所属する兵全員に対して名付けを行う」
「…………はい? 今、なんとおっしゃいましたか、アルス様?」
「フォンターナ軍全員を魔法を使えるようにすると言っている」
「ちょ、ちょっと待ってください。何を言っているのですか、アルス様は。まさか、軍に徴兵されたもの全てにバルカ姓を与えるおつもりですか? 姓を持つというのは貴族や騎士としての誇りでもあります。いくらなんでもそれはやりすぎです」
「落ち着けよ、リオン」
「いや、これはさすがに落ち着いていられませんよ、アルス様。いったい何を考えているのですか」
「まあ、順を追って話そうか。まず、第一に兵に名付けをするのは俺じゃない。バルカだけの魔法を広げる意図はないさ」
「バルカの姓だけではない? ということはフォンターナの姓を与えるという意味ですか?」
「違う。軍に対して名付けを行うのは、バルカとバルト、ルービッチ、エルメス、リード家の5つだ」
「フォンターナ軍に5つの姓を広げる?」
「そうだ。今までは5000人で一つの軍という大雑把な分け方をしていたけど、それを改める。軍を構成する者を細かな班や隊に分けて役割を与える。さっき言った順だと、工兵、騎兵、剣兵、偵察兵、通信兵って具合にな」
「軍の構成を役割で分ける……。名付けによって異なる魔法を与えて? いや、しかしそれは……。どうなんだろう、たしかに組織の柔軟性は上がりそうだけど……」
リオンが混乱している。
まあ、さすがにそれはそうか。
いきなり、軍全体に魔法を広げると言われても驚くだろう。
が、俺は違う。
もともとの出発点として、俺が兵をまとめて行動した時のことを思い出してみてもそうだ。
今ではバルカの動乱などと言われることもある事件で、俺がフォンターナ家宰のレイモンドと戦ったときのことだ。
あのとき、俺は数で劣る農民の集団を率いて数でも戦力でも勝る貴族軍と戦った。
そして、勝った。
そのとき、勝利の決定打を与えたのはヴァルキリーという存在だった。
だが、ヴァルキリーが戦場にて側面から突撃をするまでも農民集団は結構いい勝負をしていたのだ。
それはひとえに、あの時全員が魔法を使えたからだと俺は思っている。
バルカの魔法は【散弾】という遠距離攻撃もあれば、【身体強化】という体を強化する魔法もある。
それらを全員が使えたことで、騎士を含めた貴族軍を相手に真っ向から対峙できたのだ。
もしも、他の人間が魔法を使えていなかったらどうなっていただろうか。
騎士というのは一般人が束になっても敵わない相手と言われているほど強い。
たとえ、あの時俺やバイト兄、バルガスといった騎士に対抗できる実力のある者がいたとしても、すぐにすり潰されるように鎮圧されていたに違いない。
つまり、それだけ魔法が使えるというのは大きな力になるのだ。
だからこそ、フォンターナ軍にもそれを適用する。
俺の考えはこうだ。
徴兵して集めた人間を仮に5人でひとつの班とするとしよう。
そして、その班を5つまとめて分隊とする。
で、その分隊を5つまとめて小隊に、小隊を5つまとめて中隊に、中隊を5つまとめて大隊に、という感じにするのはどうだろうか。
おおよそだが、ざっくり大隊1つで3000ほどの兵となる。
現状を参考にするのであれば、大隊2つを指揮すれば一軍を預かる将軍と呼べることになるのだろうか。
まあ、この辺の分け方は後で考えることとしよう。
重要なのは名付けを行うことだ。
今のところ俺が思いついた考えはリーダーが名付けをするというものだ。
5人の班をまとめる班長が班員に対して名付けをする。
そして、5人の班長に対して分隊長が名付けをする。
分隊長5人に対しては小隊長が、小隊長に対しては中隊長が、というふうに上の者が下のリーダー格に対して名付けを行うのだ。
つまり、将軍を筆頭にした魔力パスを軍全体に張り巡らせることをしようというわけだ。
で、そうして出来上がった将軍に対して俺やバイト兄、あるいはルービッチ家の当主やエルメス家の当主が名付けを行う。
すると、それらの軍はあっという間に専門職顔負けの【剣術】や【騎乗術】が使えるようになるというわけだ。
どうだろうか。
本来ならばその技術を手に入れるためにする訓練時間をすっ飛ばして魔法という技能を習得することができるではないか。
あっという間に農民たちの集まりから、専門技能習得済みの組織へと早変わりというわけだ。
「……本気で言っているのですか、アルス様? ただ徴兵しただけの兵を騎士へと取り立てるということですよね?」
「違うよ。これは騎士のための名付けではない。あくまでもフォンターナ軍として活動するための一時的な名付けだ。だから、軍を除隊するときには名を返上してもらう。軍規を破ったりした者もそうだな。そして、継承の儀を受ける権利は与えない。ゆえに、兵の子に魔法は引き継がせない」
「継承権も与えないのですか? それだと今後騎士家として名を残すことが難しくなるのではないでしょうか?」
「いや、あくまでもそれはフォンターナ軍だけの話だ。軍を退役した後に、例えばリオンに求められてグラハム姓を授かるのはありだろう。あるいは辺境伯のところへ行って武功をたてれば領地を与えられるかもしれないな」
「ですが、それなら名付けの際に忠誠を誓うことにならないでしょう。名付けとは名を与えてくれる貴族や騎士に対して忠誠を誓うからこそ得られるものなのですよ?」
「フォンターナ軍内部ではそれは適用されない。どちらかと言うとフォンターナ軍そのものに対して忠誠を誓わせるという感じかな。なんと言っても名付けをする班長や分隊長はそもそも騎士でもなんでもないんだからな。それに軍を動かすときに臨機応変に上で名を変える可能性もある。ある時突然自分の使える魔法が【剣術】から【念話】に変わるかもしれないんだ」
「……なるほど。軍を構成する部隊の配置によって名を変動させることも考えているのですか。とすると、将軍に対して名を授けるのは効率が悪そうですね。工兵や通信兵もそれほど必要ではありませんし、実際には小隊ごとに使える魔法が異なるほうが組み合わせしやすいかもしれません」
「まあ、そのへんは要検討だな」
「……しかし、問題は他にもあります。名付けを行うというのであればそのための儀式の数だけ教会へと喜捨する必要があるのでは?」
「それは最初は俺が払うよ。幸い今なら金ならあるからな。まあ、いずれはフォンターナ王家の財源から払ってもらうことになるだろうけど」
「……ならば、そもそもの話としてルービッチ家やエルメス家はその話を知っているのですか? 自らの魔法をそのように使われるのを賛同するかどうか」
「それも金を払う」
「……お金?」
「そうだ。今回フォンターナ王国の傘下に入ったルービッチ家とエルメス家だが、領地がない。すなわち、収入源がないわけだ。で、領地の代わりに金を払う。軍でルービッチ家、あるいはエルメス家の魔法を使える者の数に応じて必要経費としてフォンターナ軍が金を払う」
「つまり、フォンターナ軍がある限りは支払いがある、ということですか。結構、金食い虫になるかもしれませんね」
「そうかもしれない。けど、それくらいでも十分お釣りがくるほど、魔法を使えるようになるっていうのは大きいさ。それに、軍が無秩序に肥大化するのを防いでくれる効果も期待している」
「たしかに、一夜にして剣聖の技術を手に入れられるとしたらお金を払う価値は十分とは言えますが。ですが、そうですね。それなら、有事以外は最小限の名付けに抑えて出費を抑えることも可能になるかもしれませんね」
「どうかな、リオン。このやり方なら軍としての戦力を底上げもできる。が、それ以上に当主級の指揮官を増やせるかもしれない。って、ことはだ。魔法を継承する必要のある貴重な人材を実戦投入する必要がなくなるってことでもある。少なくともガロード様が戦場まで出かけていってその身を危険に晒すことがなくて済むわけだ」
「そういうことですか。確かに、後継者を残すべきガロード様が危険を冒す機会は減るでしょうね。ですが、検討すべきことも多い考えだと思います。今まで騎士として取り立ててもらえるように頑張っていた者たちへの配慮なども必要でしょう」
どうやらリオンは消極的ながら俺の考えに賛同の意向のようだ。
まあ、たしかに現在いる人間に対しての配慮は必要かもしれない。
既存のシステムと大きく変わるだけでも混乱の元なのに、評価システムそのものがガラッと変われば、今までの自分の努力はなんだったのかとなるかもしれないからだ。
まあ、そのへんは最初は適当にリーダークラスに配属しておけばいいのではないだろうか。
とにかく、新しい形の軍としてフォンターナ軍はその姿を変えていく方向に歩み始めていったのだった。
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