領地再編
「この度の戦、お疲れさまでした、アルス様。すべて危なげない勝利だったようですね」
「ありがとう、リオン。まあ、条件が良かったからな。ルービッチ家は事前の調略でほとんど機能していなかったし、エルメス家は自慢の防衛力を発揮することもなく攻め込めた。そして、最後のブーティカ家に至っては降伏勧告だけで済んだからな」
「それも冬に行軍可能なことが大きな勝因でしょうね。それで、どうなさるおつもりですか? もしかして、今後も毎年冬に軍を動かして貴族領を攻め取るつもりなのか確認しておきたいのですが」
「それはない。冬の行軍はできなくはないけれど、やっぱり軍を動かすのは大変だからな。何よりも俺が氷精を呼び出さないと機能しない軍なんてもはや組織としては失格だろう」
ガロード暦2年。
新年の祝いの挨拶が終わった直後に動き始めたフォンターナ軍は破竹の勢いで3つの貴族領をその支配下に置くことに成功した。
その成功をもって、今後も同様に冬に軍を動かせば勝利を量産できるのではないか。
普通ならば誰もがそう考えることだろう。
が、実際にはそう甘いものではない。
ヴァルキリーという寒さも暑さも平気な使役獣がいるとはいえ、その数は限られている。
そして、人を動かすに当たっては俺が【氷精召喚】で呼び出した氷精によって寒さを緩和しているのだ。
が、それはあくまでも緩和しているだけで、決して寒くないというわけではない。
気候のいい時期であれば最悪その辺で体を休めることができても、冬の間はそうもいかない。
事前にどこで休み、食事がとれるかをしっかりと検討しておかないといけないのだ。
それに軍の人間は俺が寒さ対策をできるとしても、あまり俺から離れられてはそれも困難になる。
さらにいえば、食料を運ぶ輜重隊にも負担がかかる。
今回は、遠方ではない貴族領が相手だったうえに、ルービッチ家を攻略直後に食料管理がしやすい場所を手に入れていたからこそ、その後の動きも問題なかった。
ようするに、いちいち冬に戦うのは大変だということだ。
できなくはないが、それだけに頼るというわけにはいかないだろう。
だが、冬の進軍が大変だということがわかっていなかったわけではない。
だというのに、なぜ今回こうして他の貴族領を攻めたのか。
ぶっちゃけた話、カーマスの防御壁を作った時点で貝のように殻に閉じこもる方法もあるのではないかという意見もあった。
にもかかわらずに、俺は開戦に踏み切った。
それにはもちろん理由がある。
それはズバリ、冬でも貴族領をいくつか切り取ることが可能である、ということを実際に他の貴族たちに見せつけるためだ。
現状でフォンターナは王国として独立はしたが、しかし、他の大貴族と比べるとまだ力が劣っているという評価も多かった。
だが、冬に限って言えばそんなことは決して無い。
むしろ、無視できないほどの強国であるかのように見せつけることができる。
そして、こちらが強いというアピールが成功したのであれば次の一手を打てるようになる。
交渉、あるいは調略だ。
連合軍さえ退ける強固な防衛力を持ち、しかも、冬に恐るべき侵攻力があると分かれば、他の貴族たちもフォンターナ王国のことを無視はできなくなる。
あるいは、庇護を求めてこちらにすり寄る貴族家も出てくるだろう。
そうなれば、いちいち戦わずに勢力を拡大することができるかもしれない。
「私もその方針でいいと思います。やはり、まだ独立直後で不安定な部分がないとは言えませんから。そういえば、新たに手に入れた領地はどうなさるのですか?」
「そうだな。そこもしっかりと決めておく必要があるか。とりあえずは、ブーティカ家は所領安堵になる。ほとんど抵抗なく、こちらの求めに従って降伏してきたからな」
「そうですね。それでいいと思います。ほかの貴族家に対して降伏しても領地を減らされないという良い見本になるはずです。しかし、ルービッチ家とエルメス家は領地を没収されるのですよね、アルス様?」
「そうだ。で、ビルマ家のエランスとあとはキシリア家のワグナーを転封する。エランス辺境伯は旧ルービッチ領へ、ワグナーは新たに辺境伯としてエルメス領に入ってもらおう」
「ワグナー殿もですか? ということはウルク地区から元ウルクの騎士を移動させるということになるのですね?」
「そうだな。彼らには新天地で頑張ってもらおう。で、彼らが出ていった領地はフォンターナの王家直轄領とすることになる」
「……王家の領地だけがまとまって増えていく形にするわけですか。不満が出ないといいですが」
「まあ、その代わり辺境伯には独自の騎士団構成の権利と領地の切り取りを許すから、各自で頑張ってもらうということで」
「そういえば、カーマス地区の壁は延長しないのでしょうか? あれがあるだけで防衛力はかなり違ってくると思いますが」
「辺境伯の領地にバルカが勝手に壁を作るわけにもいかないからな。向こうから要請があったら、そのときは金額交渉から始めるさ」
「……それはまあ、なんというか。ひどい人ですね、アルス様は」
そうかな?
現在ある国境線の壁の外に領地を与えられる形になるのを不安に思う者がいるかもしれない。
だが、もともと壁なんかないのが当たり前だったし、領地が減っているわけではないのだ。
しかも、切り取り自由となればエランスやワグナーも頑張るだろう。
エランスは前から領地がほしいと言っていたし、ワグナーも同様だろう。
ウルク滅亡の引き金を引いたキシリア家としての責任をとって、ウルクの騎士の立場の向上を目指している。
そのためには新たな領地を得ること自体に不満はないはずだ。
そして、彼らが出ていった領地はフォンターナ王家の直轄領として再編する。
基本的には代官をおいての統治となるだろう。
だが、これだけではまだ不十分かもしれない。
もっとフォンターナという国がその領地を守り、維持していくためには今以上の力がいる。
そのために、俺は領地の再編だけではなく、フォンターナ軍の再編にも着手することにしたのだった。
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