不死者の王
「そもそも、アルス・フォン・バルカ様は聖剣についてどこまでご存知なのでしょうか?」
「聖剣について? 不死者という穢れを撒き散らす不浄なる者を倒す際に特別に高い効果を与える剣、あるいは向こうの穢れの影響を受けない武器という認識でいいのですか、ルーク殿」
「はい。基本的にはそれで間違ってはいません。普通はどれほど強力な武器であっても不死者の穢れで武器そのものがだめになってしまいます。そのために、不死者と戦う際には教会で清めの儀式を受ける必要があります。騎士がその装備ともども事前に清めの儀式をしておけば穢れに侵されずに戦うことができるというわけです」
「そうですね」
「そして、そんな普通の武器とは違い、聖剣はそれそのものが穢れを祓うことができる。つまり、清めの儀式をせずとも不死者の穢れを寄せ付けず、あまつさえ相手に大きな威力の攻撃を通すことができる。それこそが、聖剣です。……ちなみに、一般的に言われている聖剣の製造法をご存知でしょうか?」
「えーっと、たしかこうだったはずだ。極めて特殊な金属で作られた剣や、精霊が鍛えた魔法剣なんかに対して清めの儀式をすると聖剣になる可能性がある、とかでしたよね? でも、聖剣はドーレン家の初代王時代には製造されていたけれど、近年ではできていなかったのでは?」
「その通りです。まあ実際にはもう少しその後も作られた時期はありましたが。ですが、それ以降は長い間聖剣を作り上げることができませんでした。ですが、初代王の時代には聖剣はそれなりに製造されていたのです。なぜだかわかりますか?」
「いや、知りません。が、昔は今よりも不死者が出たという話は聞いています。必要に迫られてということではないでしょうか」
「はい。現在はほとんど不死者の目撃報告がない状態です。アルス・フォン・バルカ様が北の森で遭遇するまでは。ですが、かつてはそれなりの頻度で不死者との戦闘があったと言われています。不死者の穢れはその汚染された魔力で周囲に感染すると言います。今までの長い歴史で多くの不死者を討ち取ってきたからこそ、現在のように不死者が姿を現さなくなっていた。ですが、実は初代王の時代、いやそれよりも以前から今も生きている不死者がいるのです。不死者の王と言うべきものがいるのですよ」
「……不死者の王。そんなやつが昔から存在している? ほんとうですか、ルーク殿?」
「間違いありません。なぜなら、その不死者の王は今も教会が封印しているのですから」
ルークの話を聞いていて、一瞬ブラムスが不死者の王なのかと思ってしまった。
が、全く関係なかったようだ。
不死者とはその魔力が穢れを引き起こすものの存在だ。
以前俺が戦った不死骨竜は立っているだけで周囲の草木を腐らせていた。
そして、その不死者の攻撃を受けて俺も傷を負ったが、その穢れは自然治癒しなかった。
教会の、それも大司教の地位にあるほどの魔力の持ち主が使える清めの儀式でのみ、その穢れが祓えたのだ。
もし、あのとき清めの儀式ができていなかったら俺は死んでいたが、もしかすると不死者になっていたかもしれない。
不死者とは人類すべて、あるいは世界そのものの敵であり、そして感染拡大する恐るべき相手だ。
それは長い歴史の中で人が勝利を繰り返し、今はその姿を見かけなくなるまでになった。
が、ルークの言うところによれば、教会は不死者の王と呼ぶべき存在を封印しているというではないか。
穢れを振り撒く不死者という存在。
その中でも太古の昔からこの世界に穢れをもたらした存在。
それがその不死者の王ということらしい。
そして、そいつは圧倒的魔力をもつ存在だった。
教会による清めの儀式を行えば不死者と対等に戦える。
だが、不死者の王は違った。
清めの儀式を行った騎士とその騎士の装備でも穢れに侵されるのだ。
そして、それはかつてあった聖剣でも同様だったという。
俺の持つ聖剣グランバルカは穢れを祓う力そのものはあまりなく、穢れの影響を受けないという程度の特性しか持たないレベルの代物だ。
だが、穢れを祓うことができる聖剣であっても不死者の王は倒せなかった。
逆に不死者の王によって幾本もの聖剣が腐り落ちていった。
そこで教会がとった方針は、不死者の王の討滅ではなく封印という選択肢だった。
【聖域】という魔法を使用して、不死者の王を封じ込めて、その魔力を外に出さないようにしてしまったのだ。
【聖域】は大司教の更に上の枢機卿が使えるという。
教会において位階をあげ続けた者が使える魔法で、その枢機卿が数人がかりで【聖域】を発動し続けているおかげで不死者の王は封印できている。
そして、その【聖域】の効果を各地に教会を作ることで補強しているのだそうだ。
教会のおかげでこれまで俺たちは平和に暮らせていたということになる。
「つまり、ブーティカ家は不死者の王を倒すことができる武器を作りたいということですか? 聖剣を超える武器を作り、不死者の王を打倒する。それがブーティカ家の悲願であると」
「まさにその通りです。そもそもの話として王家の統治機能が衰えて各貴族が争い始めたこと自体が間違っています。貴族の役目とは本来不死者に対するためのはず。そして、最終目的は不死者の王を滅することです。だというのに、自らの利権を求めて争い合うなど愚かすぎる。そのために、ブーティカ家は他の貴族家とは歩みを別にすることにしたのです。不死者の王を倒せるだけの武器を作り上げる。そのためにこそ自らの魔法を使う、と」
「……その理由でいくと、我々フォンターナ王国に降伏して臣従するというのはよいのですか? 結局、ほかの勢力に取り込まれた形になるわけですが」
「確かに。ですが、それも時流ではあるかと思います。おそらくは教会も同じなのでしょうね。教会は不死者の王を倒すために貴族家や騎士家に対して名付けをして、貴族の使用する魔法を後世に残してきました。が、この度、フォンターナ家を新たな王家として認めた。教会も期待しているのかもしれません。フォンターナこそが、新たな聖人と聖騎士を生み出した地域が不死者の王に対しての力になるかもしれない、と」
「なるほど。不死者の王を封印している教会がフォンターナを新たな王として認めたからこそ、その下について聖剣を超える武器を作りたいということですか。ブーティカ家は私が思っている以上に強い信念をお持ちのようですね」
「当然です。それこそがブーティカ家の使命であり、悲願なのですから。だからこそ、我らブーティカ家がフォンターナに降伏し臣従するためには、聖剣を作り我々にはない技術を持つであろうグラン殿の力が必要なのです。それが望めないのであればこの話は受け入れられない。ブーティカ家はこの点について決して譲れません。いかがですか、フォンターナ王国宰相のアルス・フォン・バルカ様」
「……いいでしょう。ブーティカ家はフォンターナに降伏しその傘下に入ること。そうであれば、ブーティカ家に対してグラン・バルカを技術交流の相手として共同研究を行うことを認めましょう。ただし、グランはこちらにとっても貴重な人材。ゆえに必要があればグランにはこちらの仕事を優先してもらうこともあるかもしれません。それでよろしいですか?」
「ありがとうございます、アルス・フォン・バルカ様。これでブーティカ家は悲願達成へと一歩近づくことができるでしょう。聖剣を超える神器を作り上げる、そのための大きな一歩になるはずです」
「神器ですか。いいですね。微力ながら私もできるだけの支援をブーティカ家に行おうと思います。これからともに歩んでいきましょう」
そういってブーティカ家嫡男のルークと俺は握手を交わしあった。
神器というのはまた大層な言い方だが、聖剣すら通用しない相手を倒す武器としては言い得て妙なのかもしれない。
こうして、フォンターナは戦わずしてブーティカ家を配下に組み込むことに成功したのだった。
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