要求と交渉
「グランを出せ? ブーティカ家はそう言っているのか、ペイン」
「はい、そのとおりです。ブーティカ家の要求はグラン殿の引き渡しです」
「ないな。グランはバルカにとって得難い人材だ。どういうつもりか知らんが、フォンターナ王国への降伏の条件としてグランの引き渡しなんてできるわけがない。……何を考えているんだ、ブーティカ家は」
「おそらくですが、グラン殿の持つ鍛冶の技術を取り込みたいのではないでしょうか。ブーティカ家は一風変わった貴族として有名です。これまで、どこの貴族とも結ばず、その領地内で鍛冶技術を追求してきた変わり者の貴族としてその名が知られています」
「もしかして、聖剣とかを作ったバルカでほとんど唯一鍛冶の技術があるグランはブーティカ家では有名人だったりするのかな」
「それはそうですよ、アルス様。聖剣のみならず硬牙剣や如意竜棍などさまざまな魔法武器を作っているのです。グラン殿の名は各地に知れ渡っているのですよ」
「ああ、そうなんだ。なら、その技術を取り込むためにってことなのか。うーん、けどやっぱ駄目だな。グランをよこせって言うなら潰す。ブーティカ家にもう一度戻ってそう伝えてくれ、ペイン。頼めるか?」
「御意。すぐに出立致します」
ブーティカ家へと使者として行って、その交渉結果を伝えに来たペインだったが、すぐにまたとんぼ返りすることになった。
鍛冶のための魔法を持つブーティカ家はどうやらグランをご所望だったようだ。
ブーティカ家は少々特殊な貴族家で、代々自分たちの領地にこもってひたすら鍛冶をしてきたらしい。
どこの領地にも手を出そうとしない代わりに、自分たちの領地に攻めてこようとするものには苛烈に対抗する。
武器や防具の質の良さと、山がちな土地で攻めづらいという地形的な効果も合わさって、いつしかブーティカ家に攻め込もうとする貴族はいなくなってきたのだという。
それよりも、ブーティカ家が生産する武器や防具を購入して、どの貴族家も不可侵のものとする流れができたようだ。
言ってみれば、永世中立国みたいな状態になっていたらしい。
きっとその歴史では並大抵ではない出来事があったのだろうと思う。
そんなブーティカ家が降伏勧告を受けて返事を出してきた。
条件次第ではフォンターナ王国に対して降伏し、その下につくと。
それを聞いたフォンターナの人間は「おおっ」と喜び、グランの要求を俺がはねのけたことで少し不満そうでもある。
が、他のやつにとってはものづくりをする変わった人間一人で中立を貫いてきた貴族が傘下に入るだけのいい条件と見えたとしても俺にとっては違う。
グランの価値は果てしなく大きい。
ぶっちゃけて言えば、俺がカルロスからバルカという土地をもらってなんだかんだでここまでやってこられたのはグランという男の存在があってこそなのだから。
「バイト兄、軍を動かす準備をしろ。ブーティカ領へ向かうぞ」
「よっしゃ。すぐに出られるぜ、アルス。ブーティカ家なんて木っ端微塵にしてやるさ」
ペインを送り返したばかりだが、悠長に返事を待つ気もしなくなった。
俺はすぐにフォンターナ軍をまとめて、エルメス領から山を下り、大雪山のほうにあるブーティカ領を目指して進軍を開始したのだった。
※ ※ ※
「この度は些細な言葉の行き違いがあり大変遺憾です。我がブーティカ家はグラン・バルカ殿の身柄を要求していたわけではありません。そこのところをご理解いただければと思います」
「ほう。では、私が出した使者が勝手に勘違いをした、と? ブーティカ家はそう言いたいのですか?」
「いえ、そのようなことはありません。ただ、お互いの理解が深まる前にこのようになってしまっただけだと思います。我々は決してそのようなことを考えていたわけではないのです。むしろ、私は同じ造り手としてグラン・バルカ殿を尊敬すらしているのです」
「なるほど。確かにあなたと私がこうして直接顔を突き合わせて話すのは初めてですからね。であれば、ここで腹を割って話をすればお互いの認識をすり合わせることもできるでしょう。そういうことですね、ルーク・ブーティカ殿」
「そのとおりです、アルス・フォン・バルカ様。ブーティカ家の嫡男として二言はありません」
「……では、ブーティカ家はフォンターナ王国の傘下に入る、ということでよろしいのですね?」
「はい。ですが、使者のペイン殿に対しても申し上げたとおり条件があります。その条件が受け入れられない限りはブーティカ家はフォンターナの下にはつかずにこれまで通り貴族家としての道を歩むことになるでしょう」
「……なるほど。で、その条件というのはなんでしょうか? グランの身柄を要求することではないのですよね?」
「もちろんです。我がブーティカ家の願いは鍛冶技術の追求です。そのために、グラン・バルカ殿の技術がほしい。それは決してグラン殿の身柄の要求ではありません。我らの領地の更に向こう、大雪山の東の国からやってきたというグラン殿の技術をご教授願いたいのです。ブーティカ家の悲願を叶えるために」
「ブーティカ家の悲願? なんですか、それは?」
「アルス殿はご存知ではありませんでしたか。我がブーティカ家の悲願、それは聖剣を超える武器を作り出すことです。そして、そのためには聖剣グランバルカを作りしグラン殿の意見がほしい。ただそれだけなのです」
聖剣を超える?
なんだそれは。
面白そうな話じゃないか。
フォンターナ軍を率いてブーティカ領が見える位置まで進軍した俺は、そこで待っていたブーティカ家の当主の嫡男であるルーク・ブーティカと対面することになった。
ルークの持ってきていた陣幕で直接話をして誤解を解きたいと言われたのだ。
実はもうここまできたらブーティカ家とは戦うことになるかもしれないな、と思っていたのだがそこまで言うなら話を聞いてみるかと考えた。
戦わなくてすむならばそれはそれでこちらとしてもありがたい話だからだ。
そして、そこで思わぬことをルークが言い出した。
てっきり、グランの身柄を要求したことに対する弁明をするのかとばかり思っていたが、俺の予想しない話が飛び出してきたのだ。
ブーティカ家はどこの貴族からの干渉もはねのけて独立独歩を続けて鍛冶をしてきた。
そんな貴族家の一族としての悲願が「聖剣を超える武器を作り出すこと」なのだという。
それを聞いた瞬間、ついグランを出してもいいからその武器がほしいなとちょっと思ってしまったくらいだ。
俺はあっという間にルークの話術に引き込まれて、その話に聞き入ってしまったのだった。
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