ブーティカ家
「それで、次に戦う相手のところにはいつ行くんだ、アルス?」
「焦るなよ、バイト兄。寒さ対策をしているとはいえ、軍を構成している兵たちは疲れてんだから、ここらでちょっと休ませることを考えないと」
「なんだそりゃ? お前は他の貴族領で貴族と騎士が新年の挨拶でみんな集まっているところを一網打尽にするって言ってこの戦を始めたんだろ? なら、さっさと行かないと。いつも拙速がどうのこうのとか言っているだろうが」
「まあ、いくら雪が積もっているっていっても移動が不可能ってわけじゃないからな。ちんたらしていると相手の騎士たちが準備を調えている可能性はある。それは否定できないな」
「なら休憩するよりもさっさと行こうぜ」
「だから、焦るなって、バイト兄。次の狙いの相手には実はもうペインを向かわせているんだよ」
「あん? ペインが軍を率いて行ったのか?」
「そうじゃないさ。使者としてだよ。ペインはブーティカ家に再度の降伏勧告をしに行ったんだ」
「降伏勧告ねえ。今更って感じもするが、隣り合った貴族領が二つも落ちたと聞けば意見が変わることもあるか? けど、突っぱねてくるかもしれないんだろ?」
「もちろん。そうなったら、戦わないとな。ブーティカ家は押さえておきたい相手だからな」
山中に隠れ住むようにして領地を治めてきたエルメス家を攻略した。
そして、その戦いが終わり、領内の仕置きをしているとバイト兄が話しかけてきた。
その内容は予想されたもので、さっさとブーティカ家と戦いに行こうというものだった。
バイト兄の話を聞きながら、二枚の地図を見比べる。
ルービッチ家で得た地図と、エルメス家で得た地図を突き合わせて情報をまとめているのだ。
両方の地図ともに大雑把ではあるが、地形の特徴はしっかりと掴んでいる。
その地図によるとブーティカ家はエルメス家の南東にある貴族領として描かれている。
地図によると旧フォンターナ領の南にカーマス領があり、そのカーマス領の東にルービッチ領がある。
ルービッチ領から今度は北東方向に山の中へと入っていくと、いま俺たちがいるエルメス領がある。
このエルメス領のある山を更に越えて北に進めば旧ウルク領があり、バイト兄の領地であるバルトニアに行き着くことになるはずだ。
そして、次に攻める場所として狙いをつけていたのはルービッチ領とエルメス領から見て、南東方向にあるブーティカ領という貴族領だ。
このブーティカ領は旧ウルク領と同じく東側に大雪山を抱えている。
当たり前だが大雪山は険しい山で人の行き来などはない。
そして、ブーティカ領の北西方面には山で隠れ住むエルメス領があるだけだ。
ようするに今回の冬の雪中行軍で俺が攻め落とそうと決めたのは、旧ウルク領からみて大雪山から横に突き出るようにして伸びた小山脈の南側の3つの貴族領ということになる。
この三領地は正直なところ地政学的な意味でいうと攻略する旨味はあまりないと言えるだろう。
なにせ、経済圏の中心であった王都圏に向かう方角でもなく、物の流通もそれほど盛んではない場所なのだ。
今後の経済的な影響力を見込んで手に入れるのであればもっと他に狙うべき場所があったかもしれない。
が、それでもなぜこの3つの貴族領を攻略しようと考えたのか。
その最大の狙いが次の相手であるブーティカ家だったからだ。
ブーティカ家はその治める領地は大雪山と接しており、それほど広大な土地があるというわけでもない、ごく一般的な貴族領だ。
そのため、領地そのものに特別な価値は無いと言える。
だが、ブーティカ家には価値があった。
すなわち、ブーティカ家の持つ魔法こそが今回の遠征の狙いだったのだ。
ブーティカ家も領地そのものは特別大きくなく、すなわち戦力的にはあまり大きいとはいえない。
が、それでも領地を維持できていたのは魔法によるもので、その魔法はどちらかといえば、生産系だった。
これは戦乱期の貴族家の流れとしては少々異質である。
ほとんどの貴族は攻撃系の魔法を持ち、その魔法を騎士に授けて戦力として領地を維持してきたからだ。
ではなぜ、ブーティカ家は生産系の魔法を主体としながらもこの動乱の中を生き抜いてきたのか。
それは生産して出来上がったものが強力な装備として使用できたからだった。
ブーティカ家の持つ魔法は鍛冶を専門とするものなのだ。
あらゆる武器防具を扱う独特の魔法を持ち、しかも、その装備を対象にした【性能強化】という魔法が強かった。
彼らの作り上げた鎧を身に纏い、それに【性能強化】を施せばその鎧は生半可な攻撃では容易には突破できない。
ゆえにブーティカ家は生産系の魔法を持ちながらも、領地を維持してこられたのだ。
実は俺は以前そのブーティカ家が作り上げた金属製の鎧とやらを見たことがあった。
かつて、俺が戦場で苦戦した相手。
ウルクの当主級で次期当主だと名乗っていたペッシという男が着ていた金属鎧。
あれはブーティカ家が作り上げた鎧だったのだ。
あのときのことは今でもよく覚えている。
ペッシはリオンが雷鳴剣を使用して放った雷撃をその金属鎧を着ている状態でまともに受けた。
普通ならば金属がより電撃を通して大ダメージを与えていてもおかしくなかった。
だが、ペッシの体にも金属鎧にもほとんどダメージらしきものはなかった。
そして、ペッシはこう言ったのだ。
貴族の当主にふさわしい装備を持っていないとでも思ったのか、と。
魔法攻撃を受けてもそうと感じさせない金属鎧はうちにいるスーパーなんでも屋のグランですら無理だった。
グランは上質な全身鎧を作ることはできる。
が、それはあくまでも鋼の鎧というだけであり、魔法攻撃を防ぐような効果は一切なかった。
まあ、グランにできないのも仕方がないのかもしれない。
なぜなら、それは【属性付加】というブーティカ家のもつもう一つの魔法によってなしえていたからだ。
ほしい。
エルメス家とは別の意味で、この鍛冶の魔法を使えるブーティカ家はフォンターナにほしい。
というか、今まで物理的な壁の守り以外で魔法攻撃からのダメージを受けないようにするためには全部避ける必要があった。
が、これから軍の規模がさらに大きくなり、メメント家の上位魔法の【竜巻】なんかが戦場で猛威をふるうようになる可能性を考えれば、魔法耐性のある装備のひとつも無いという状況はまずい。
最悪領地はいらなくとも、ブーティカ家の魔法を使える鍛冶師だけでも確保したいくらいだ。
「アルス様、ただいま戻りました」
「お、早かったな、ペイン。もうブーティカ領まで行って話をつけてきたのか?」
「はい。ブーティカ家はフォンターナ王国と戦う意思は無いということです」
「よし、よくやった、ペイン。ということは、ブーティカ家は戦なしでフォンターナの傘下に入るということだな?」
「いえ、それがブーティカ家は条件を出してきておりまして……。アルス様がその条件をお認めにならないのであれば、フォンターナの下にはつかないと言っています。何度も説得したのですが、それ以上はどうにも。とにかくアルス様と話がしたいの一点張りです」
「戦う意思がないのに、条件ときたか。わかった。とにかく、その話について詳しく聞かせてくれ、ペイン」
エルメス家との戦いには参加させずに待機させていたペイン。
フォンターナがエルメス家を倒した直後に、その情報を持ちブーティカ家に走らせて降伏勧告を出した。
こちらとしては鍛冶の技術を持つブーティカ家の人間をわざわざ戦で失いたくはなかったから、交渉するのはやぶさかではない。
が、どんな条件を出してきたというのだろうか。
疑問に思いながらも、それについての詳しい話をペインから聞くことにしたのだった。
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