短期決戦の重要性
「では、エルメス家の処遇はルービッチ家と同様に。エルメス家当主のゲイザー殿は隠居し、子のゲイリー殿に家督を継がせること。そして、エルメス家の騎士たちはエルメスの名を捨ててフォンターナに忠誠を誓ってもらいます。そのうえで、エルメス家の領地を没収し、フォンターナ王国で爵位を授けて国政に参加してもらいます。よろしいですね?」
「……わかった。その条件を受け入れよう」
城門を突破した後、エルメス家は降伏した。
正直あっさりと終わってよかったと思う。
実は今回の作戦の中で一番大変だろうと予想していたのが、このエルメス家との戦いだったからだ。
山々に囲まれた領地を持ち、倒しても木の葉に戻る分身体を作り出す魔法を持つエルメス家。
俺はこのエルメス家と戦うと決めたときに心配していたのは、ゲリラ戦にならないかどうか、という点にあった。
エルメス家の上位魔法である【幻影結界】という、森の中で迷ってしまう上位魔法を使われたうえで、分身体を用いて何度も繰り返し奇襲されるという戦法を取られたら、かなり相手にするのが大変だったはずだ。
しかも、ヴァルキリーに騎乗する騎兵団も山の森の中ではその力を十分に発揮できないのだから、攻め込んだはずのフォンターナが勝利を得られず撤退に追い込まれるかもしれない可能性は高かった。
おそらく、ここで俺がエルメス家に負けたとなれば俺は多くの騎士たちからの信用を失うことになるだろう。
今まで負けなしできていたことでついてきていた者たちが、「あれ? こいつ、実は大したことないんじゃないの?」となるとまずいのだ。
だからこそ、わざわざこんな寒い冬に戦を仕掛けた。
面倒なゲリラ戦をさせないために、雪が積り、しかも新年の挨拶でエルメス家の騎士たちが一堂に会するこの機会を狙ったのだ。
そして、それは上手くいった。
エルメス家の者たちもまさかここまで簡単に【幻影結界】が突破されて、本拠地の城に攻め込まれるとは思っていなかったのだろう。
間違いなく雪山で遭難して被害を出しているものだと思っていたはずだ。
今回の戦いでのMVPは間違いなく追尾鳥を開発したビリーにあると言えるだろう。
「ところで、ゲイザー殿にお聞きしたいことがあったのですが、聞いてもよろしいですか?」
「なんだろうか?」
「エルメス家の魔法は【分身】と【幻影結界】だけだと聞いているのですが、実は他にもあるのでは?」
「……他というのは?」
「そうですね。例えば、身を隠す魔法、とかを持っているとか。無いですよね?」
「………………これは参りましたな。どこかで聞いたのですかな?」
「いえ。ただ、こういう山で活動していて【分身】なんかを使えるなら、もしかしたらあるのかなと思いまして」
「なるほど。これは一本取られました。知っていて聞いておるのかと思っていたが、どうやら違ったようですな。左様。我がエルメス家は先の二つの魔法以外も使えるものがあります」
「それは本当ですか、ゲイザー殿。我がルービッチ家ですらそのような話は知りませんでしたが」
「当然だろう、ルービッチの若き当主よ。どうせ知られたのであれば話してもいいでしょうな。我らエルメス家の騎士は【隠密】という魔法が使えるのですよ、バルカ殿」
「【隠密】ですか。いいですね。実にいい。素晴らしい魔法ですよ、ゲイザー殿。それはつまり気配を遮断するという魔法ですか?」
「そうです。が、それだけではなく、周囲の色に同化することもできるのですよ。着ている服や少々の装備と一緒にね」
「おお、それはすごい。なるほど。それで、事前に手紙を持って使者を伺わせたときなどは、その【隠密】を使ってこの城まで情報を届けていたのですね」
「そのとおりです。エルメス家がこの城の存在そのものを隠してこられたのも、【幻影結界】とともに【隠密】があったからこそですな」
「……ちなみにその魔法は山の中のほうが効果があるというものですか? 街に出た場合の効果はいかほどでしょう?」
「どちらのほうが効果があるかと言えば、それは当然山の中のほうでしょうな。しかし、街の中で使えないというわけではなく、使用は可能です。が、やはり気づかれやすくはなるでしょう」
「……ちなみに今は使用していないですよね? 許可なくこの城を出る者がいれば、攻撃対象となるのでご注意を」
「……ああ、もちろんですな。そのような者がいれば、切り捨てていただいて構いません」
大丈夫かな?
なんか一瞬間があったが、【隠密】で逃げようとしているやつがいたらどうしようか。
とりあえず、エルメス家は忍者っぽいなと思っていたので、攻略後に使役獣に指示を出してはいた。
追尾鳥に城から出ていこうとする匂いがあれば、ヴァルキリーに知らせて攻撃しろと言ってあるのだ。
今、目の前にいるエルメス家の当主を隠居させられることになるゲイザーが言うところによると【隠密】はカメレオン的な能力に近いのだろう。
多分、匂いまでは対処できないのではないかと思うが、どうだろうか。
だが、このエルメス家の魔法は非常に面白いものが揃っていることがわかった。
ぶっちゃけて言うと、剣聖の子孫だとかいうルービッチ家よりも魅力的な魔法だと言えるだろう。
辺鄙な山の中で身を隠すようにして生きてきた一族とか、完全に忍びの者みたいだ。
内心はどう思っているかはともかく、このエルメス家と短期決戦で勝負を決めて支配下におけることになったのは上々だろう。
いずれ、エルメス家の魔法は有効利用しようと心に決めて、俺は次なる相手に目を向けることにしたのだった。
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