エルメス家の守り
「ブラムス殿、あなたはエルメス家と戦った経験があるのですか?」
「もちろんです、大将軍殿。ルービッチ家はエルメス家と領地を接しており、これまで何度も戦をしてきた間柄です。我がルービッチの剣術の前にエルメス程度いくらでも切り捨ててやるのですが、何分奴らはその領地内で戦うと厄介でして」
「たしか、エルメス家は幻術を使うということでしたね?」
「そのとおりです。奴らは山の中にその本拠地を定めており、そして、木の葉を材料に幻を見せつけます。実のところ、木々の奥深くにて幻による結界を張ったエルメス家の城の正確な場所は長年戦ってきた我がルービッチ家でも把握しきれていないのです」
「なるほど。それならば剣聖の末裔と領地を接していて長年エルメス家が生き延びてきたことに納得です。厄介な相手ですね」
「全くその通りです」
旧カーマス領の東隣にあるルービッチ家を攻略し、その地を押さえた。
と言っても、ルービッチ家の領都を攻めてその貴族家を倒しただけで、もともとその領地にいる騎士たちのほとんどは生きている。
彼らはフォンターナがルービッチ家に勝利したという知らせを聞いた段階ですぐに挨拶へとやってきた。
来ていない連中のところには別働隊を送っているので問題なし。
あとはルービッチ家の一族をフォンターナの街に送り、ルービッチ城には人を残して次の戦場へと赴いた。
それがルービッチ領のさらに東隣にあるエルメス家だ。
ルービッチ家にあった地図を見る。
きちんと計測した精密な地図ではないが、おおよその位置関係が分かる程度の情報が描き込まれているその地図によるとエルメス領は東の大雪山と接している。
そして、エルメス領の北は大雪山から少し西へと飛び出すように突き出た山々とも接していた。
大雪山というのは天をつくほどの高い山が北から南に続いていて、さらにその東の土地とは行き来を困難にしている。
そして、その大雪山からぐねっと突き出たようになっているいくつかの山。
その南にエルメス領があり、山を越えた更に北側にはウルク地区のバルトニアがあるらしい。
つまり、旧ウルク領の南東部分にある狐谷などの反対側に位置するのがこのエルメス領なのだ。
かつて聞いた話ではウルク領からはその山を越えて南に行く道がなく、そのため、交易路として重要地点とみなされていたアインラッドの丘を長年フォンターナ家と奪い合ってきた。
つまり、人が進むには険しい山々があるところにエルメス領があるということらしい。
山の中にある城というのは存外攻めにくいものだ。
が、このエルメス家はただ単に攻めにくい地形に本拠地を置いているというだけではなく、幻術を使って守りを固めているのだという。
木の葉を使った幻術の魔法を使うエルメス家。
山の中にあるというだけでそれは恐るべき効果を発揮する。
エルメス家を攻めようとルービッチ家は何度も山に入ったそうだが、そのたびに軍は幻に包まれてしまったという。
迷いの森。
それがエルメス家にとっての最高の防御結界であり、長年の歴史の中で城の場所すら知られざるものになってしまったという。
……ドーレン王は三貴族同盟から身を隠すならフォンターナに頼るよりも、このエルメス家を頼ったほうが良かったのではないだろうかと思うのは俺だけだろうか?
「まあいいか。ようするに、山の木々が枯れる冬の時期は迷いの森の効果も薄れるということで間違いないですか、ブラムス殿?」
「そうだと思いますが、しかし、本当に山に入るのですか? 冬の山はただでさえ危険です。それに木が枯れているとしても木の葉が完全に無いわけではありません。迷いの森の効果はある程度あるものだと思います。冬山で遭難するようなことがあれば、軍は全滅することになりますよ、大将軍殿」
「大丈夫です。すでに手は打ってありますから」
確かにブラムスの言うとおり、普通に考えて冬に軍を山へ入れるなど馬鹿げた行為だろう。
が、ここまで移動の足に使っているヴァルキリーはそもそも冬でも問題なく動ける。
そして、そのヴァルキリーに騎乗している兵たちは俺の【氷精召喚】で召喚した氷精によって寒さ対策が行われている。
一応、ドレスリーナで作った暖かい軍用の服も導入しているので大丈夫だろう。
そして、問題のエルメス家を守る迷いの森だが、攻略方法はすでに用意している。
事前に案内人を用意したのだ。
いや、人ではないか。
それは鳥だった。
「追尾鳥。この手紙の匂いをたどってエルメス家まで案内してくれ。できるな?」
「ピー」
それはただの鳥ではない。
使役獣の卵という不思議なものから孵化して人の言うことをよく聞く生き物であり、しかも、バルカでビリー少年が研究して生み出した傑作品。
ただでさえ貴重な飛行型使役獣の中でも、この追尾鳥は対象の匂いを嗅ぎ、その匂いをたどっていくことすらできるのだ。
最初ビリーがこの追尾鳥を生み出したときには基本的には伝書鳩代わりとしてしか使っていなかった。
が、その後、カイルの【念話】により情報伝達の手段としては補助的な役割を担うだけになってしまった。
だが、追尾鳥は【念話】ほどの情報通信能力はなかったがそれでも十分な働きをしてくれたのだ。
というよりも、追尾鳥の真価はその追跡能力にあった。
匂いを嗅げばどれほど遠くとも対象のもとにまで飛んでいく恐るべき能力。
それは、フォンターナ内での犯罪捜査の効率を一変させてしまった。
現場に残された証拠品の匂いをたどれば犯人探しはあっという間で、しかも、牢屋から逃げ出した逃亡犯がどれほど逃げても必ず追いついて居所を見つけ出す。
追尾鳥はその名の通り追跡のプロとしての立場を確立していたのだ。
そして、俺の手元には一通の手紙がある。
これはバルカで作る植物紙ではなく羊皮紙に文字が書かれた手紙だった。
手紙を書いたのはエルメス家の当主だ。
エルメス領が迷いの森に囲まれた土地だとは言え、その外にも領地があり、そこには幾人かの騎士がいた。
そこへ事前に使者を送り、エルメス家に対して手紙を送っていたのだ。
フォンターナ王国としてエルメス家に臣従をするようにという内容で、もちろん、そんな手紙を受け取ったからといってエルメス家はうなずくはずもない。
が、曲りなりにも王家として認められたフォンターナに対して無視するわけにもいかずに手紙を送り返してきたのだ。
エルメス家の当主みずからが直筆で。
おそらくは迷いの森の先にあるエルメス家の本拠地で書かれたであろう手紙が、俺のもとへと丁寧に返信されていたのだ。
こうして、その手紙に残された匂いをたどって飛んでいく追尾鳥の後をフォンターナ軍が追いかける。
そして、その先には長年どこにあるかすら不明とされていたエルメス家の城が見えてきたのだった。
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