誇り
「おお、ずいぶんいい酒だな。どれ、いっぱい貰おうかな」
そう言って俺が手渡した酒壺を傾けてコップへとつぎ、あっという間に飲み干していく。
そんなふうに酒を飲んでいるのは、マドックという人物で、村にいる木こりの一人である。
父から聞かされた木こりの怒りについてだが、言ってしまえば又聞きの状態であり、当人から直接聞いたわけではない。
そこで、意思疎通をしっかりとしておくためにも、俺の方から手土産を持って木こりのもとへとやってきたのだ。
ちなみに今マドックさんが飲んでいる酒は街でお土産用に買ってきたものだ。
飲むのを楽しみにしていた父が泣きそうな顔をしながら提供してくれた貴重なものだった。
「それでどうしたんだ? 原木の数が足りなくなったのか?」
「いや、それとは違うことだよ。実は木こり連中が俺に対して怒ってるって聞いたからさ」
「ああ、なるほどな。それでわしのところに聞きに来たのか」
マドックさんはなるほどと言いながら顎に手を当て、ひげを擦る。
白髪の交じる人のいい爺さんがそういう仕草をするとずいぶん様になるなと思ってしまう。
マドックさんと俺の関係は魔力茸の栽培から始まった。
魔力茸を育てるための原木の入手をマドックさんに依頼したのが始まりだった。
それ以来、ずっと付き合いがあるため、トラブルを防ぐためにも俺に理解のあるマドックさんの意見を聞きに来たというわけだ。
「怒っているというのはいいすぎかもしれんのう。ただ、あまりいい感情を持っていないものもいるという点では間違いないかもしれんな」
「そうか……、やっぱり俺が木を取りすぎているのが問題なのかな。でも、これからも開拓は続けるつもりなんだけど……」
「ふむ、たしかにアルスが森の木をたくさんとっているのは事実だな。だが、表立って文句を言うやつはそういないだろう」
「え、なんで? 不満を持っている人がいるんでしょ?」
「たしかにそれはいる。だが、森の木を切ること自体はこの村の使命でもある。さらに、お主は貴族様に森の木を切るように頼まれたのじゃろう? なら文句は言えんて」
ん?
貴族に頼まれた覚えはないのだけど。
もしかして、俺が貴族から許可証をもらってきたことを、村の人はそういうふうに受け取ったんだろうか。
事実とは違うけど、それならそれで言い訳にでも使えるのかもしれないな。
「でも、木こりたちが怒っているのは本当なんだよね? なら、なにか取り決めでもしたほうがいいのかな。俺がむやみに木を売ってほかの木こりの稼ぎが減らないように気をつけるとか、森のどこの木を切るか決めておくとか」
「うーむ、それも一つの手ではあるじゃろうな。だがな、お主は本質がまったくわかっておらんの」
「本質?」
「そうだ。この場合、我ら木こりが何に対してお主に怒りを覚えているのかを理解しておらんとなんの意味もないぞ。アルス、お主にはそれがわかるか?」
「……生活の不安じゃないの? 俺のせいで利益がなくなるのを不安がっているとか」
「違うな。少なくともわしはそうは思わん」
「じゃあ、なんなのさ」
「それはな、お主の行動が我らの誇り、矜持、プライド、言い方はいろいろあるじゃろうが、そういったものをないがしろにしているのが気に食わんのだよ」
「はあ? そんなつもりまったくないんだけど。木こりの人をバカにしたことなんか一度もないぞ」
「だから、理解できておらんと言っておるのだ。よいか、我らは木こりの家に生まれて、木こりとして育ち、木こりとして死んでいく。そんな木こりにとって、森の木というのは生活の糧でもあり、宝でもある。木を切るという行為に誇りを持って仕事をしている。それはわかるか?」
「うん」
「ならば、その森の木をなぎ倒して放置しているお主のことをどう思うと思う? 倒れた木が腐って使い物にすらならなくなるのを見て、どうして平静でいられると思う。お主の行動は木こりにとって誇りを、そして人生をバカにしているようにしか見えんのだよ」
「……そうだね」
「だが、さっきも言ったように森を開拓して土地を広げることはもともと我らの願いでもある。貴族様の依頼というのも知っておる。だから、文句を言うやつはいないか、いても小言くらいだろう。だがな、確実に心の奥底で不満は溜まるはずじゃ。お主にはそれを知っておいてほしいのじゃよ」
そうか。
もしかしたら、木こりの不満や怒りについて父はマドックさんから聞いたのかもしれない。
問題が大きくなる前に、知らせておくために。
確かに、開拓することばかりにかまけていて、他の人のことを見ていなかったかもしれない。
一度、落ち着いて考えてみる必要があるかもしれない。
マドックさんの話を聞いて、俺は深く考え込むのだった。
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