暗黙の了解
「大将軍殿、何卒、何卒ご容赦を。我が命はいりません。が、この命と引換えに、どうか我が家を、ルービッチ家の存続をお許しください」
旧カーマス領の東隣にあるルービッチ領。
そのルービッチ領を統治しているルービッチ家当主が俺の前で頭を下げている。
いや、違うか。
こいつはさっきまでは当主ではなかった。
本来の当主はルービッチ攻略戦において討ち死にし、その魔法を継承したのが今目の前にいる男だった。
ルービッチ家の先の当主はブライ・ド・ルービッチという名の爺さんだった。
彼はかつての剣聖にすら匹敵すると言われるほどの剣の腕前で、たとえルービッチの名を受け継がなかったとしても無類の剣豪として歴史に名を刻んだだろうと言われるほどだったようだ。
だが、悲しいかな。
剣の腕を披露する前に巨大化したタナトスの如意竜棍で吹き飛ばされてしまったのだ。
しかも、どうやら打ちどころが悪かったらしい。
頭を強く打ち、そのまま帰らぬ人になってしまった。
そうでなければ、あるいはもう少し手強く抵抗していたのかもしれない。
そして、そのブライが亡くなったことで自動的にルービッチ家の魔力パスは継承権第一位の人間に継承された。
それが今、俺の前で頭を垂れている。
どうやら彼は自分の命を対価としてルービッチ家の存続を希望しているらしい。
どうしようかな。
ちょっと考え込んでしまった。
今まで、ウルク家やアーバレスト家、それにカーマス家を打倒しフォンターナは勢力拡大をしてきた。
その際、それらの貴族は一族ごと族滅していた。
が、実はどうやらこれはあまりないことらしい。
カルロスがウルク家相手に徹底的にやっていたから、俺はてっきりこれが普通なのかと思っていたのだがどうやらそうではなかったようだ。
今までの常識的な範囲では相手貴族を倒した際に族滅まではしない。
これもまた暗黙の了解として認識されていたようだ。
本来、初代王が国を建国した当時、各貴族に領地を与えて統治をさせるようになったのはその地に不死者や魔物が現れた際の対応をするためだった。
つまり、魔法を使って不死者などと戦う者が必要だったわけだ。
不死者や魔物を相手に戦うには魔法の力が必要だったというわけであり、そして、魔物にはそれぞれ戦いやすい相性というものがある。
例えばフォンターナの使う氷の魔法が効果のない相手がいた時、その相手にウルクの炎の魔法が有効打になり得たこともあるということだ。
ようするに、魔法を使える存在は人類が生存圏を維持拡大するために必要なものであり、そしてバリエーションがあるほうがよいと考えられていたのだ。
なので、敵対した貴族家を倒して領地を奪い取っても、完全にその魔法が途絶えるほどの苛烈な行為は行わないことが多かったらしい。
その話を聞いて、それで覇権貴族などという存在ができたのだなと思った。
実はずっと前から疑問だったのだ。
ここまで長い間戦乱の世が続いていたのであれば、誰かが統一事業に乗り出してもよかったのではないか、と。
しかし、今まで各貴族家で争い合って覇権を名乗る貴族が出ても国の再統一はなされなかった。
塩という生活必需品を作れるのがドーレン王家だけだったとしても不自然だなと思っていたのだ。
その答えが、先程の魔法が途絶えるほどの行為はしないという暗黙の了解にあったのだ。
相手貴族に勝ったとしても最低でも誰か一人は魔法を継承できる者を残しておくのがセオリーとして認識されていたのだ。
そして、その時々の覇権貴族がそれを監視する。
もしも、そのルールを破って貴族家の族滅まで追い込むような野蛮な行為に出た貴族がいた場合には、覇権貴族がそのルール違反を咎めて、各貴族家に号令をかけて掣肘を加える。
そうしてきたからこそ、覇権貴族は各貴族家の盟主にはなっても、再統一を成し遂げる覇者にはなれず、無数の貴族が領地を治めつつ、戦乱が終わらない状況が続いていたのだ。
その意味で言えばフォンターナ家は暗黙の了解に助けられた側である。
かつて、カルロスの前の当主が死に、カルロスは3歳でフォンターナ家を継ぐことになった。
が、それは偶然ではなく、フォンターナの魔法が途絶えないようにカルロスだけが残されたのだ。
そして、そのときの相手がウルク家だった。
カルロスにとっては自分が生き残ったのはウルク家が暗黙の了解を守ったからではあるが、自分以外のフォンターナの血族がいないのもウルクが原因だった。
それが許せなかったのかもしれない。
だからこそ、ウルクに勝利した際に誰一人残さず族滅するという掟破りの行為に出たのだ。
本当ならば、それは周囲から厳しく突き上げられるはずだった。
覇権貴族が中心となってウルク家を族滅に追い込んだ責任をカルロスに取らせるために軍を率いてきたかもしれない。
が、そうはならなかった。
その時の覇権貴族であるリゾルテ家が三貴族同盟に敗れて敗走していたからだ。
そして、その後も三貴族同盟内で意見がまとまらず覇権貴族が決まらなかったからこそ、カルロスは責任を取ること無く領地を奪い取ることに成功したのだ。
ある意味でそれは運が良かったのかもしれないし、あるいは、リゾルテ家の状況を知っていたからこそカルロスはそういう行為に及んだのかもしれない。
ほかにも王の保護を受け入れたのも、王都圏との経済的なつながりだけではなくウルク家族滅のことを咎められないために必要だったのかもしれない。
つまり、なにが言いたいのかというと貴族家の族滅はやりすぎ行為であるということだ。
世間一般ではどんなに追い詰めても、魔法を継ぐ者を残しておくべきであるという考えになるのだろう。
……どうしようか。
全員の身柄を押さえているのでどうとでもできるが、今後のことを考えると族滅はしないほうがいいのかもしれない。
「わかりました。貴殿は家督を末子のブラムス殿に譲り、隠居をすること。そして、ルービッチ領はフォンターナ王国に再編する。ルービッチの騎士たちは名を返上し、フォンターナに忠誠を誓うこと。あとはフォンターナ憲章の遵守を。それが実行されるのであればルービッチ家の存続を許しましょう」
「……そ、それはルービッチ家から領地をまるまる取り上げるということで?」
「そうです。だが、これまで貴族家として歴史に名を刻んできたルービッチ家を悪いようにはいたしません。私はルービッチ家をフォンターナ王国の爵位を授けて国の運営に携わってもらいたいと評議会に進言するつもりです。如何か?」
「……はっ。大将軍殿の寛大な処置に感謝致します。これより、私は家督を末子ブラムスへと譲ります。そのうえで、ルービッチ家はフォンターナ王ガロード様へと忠誠を誓うことをここにお約束致します」
「それはよかった。フォンターナ王国の一員としてともに歩んでいきましょう」
……なんかあれだな。
俺は貴族家を見かけたら絶対族滅にするヤバイやつだとでも思われていたのだろうか?
だから、領地と騎士たちを取り上げられてでも家を存続させることで十分と判断されたのではないだろうか。
多少心外ではあるが、まあいいだろう。
こうして、フォンターナに対して貴族家であるルービッチ家が降伏し、ガロードに忠誠を誓うことになった。
そしてその後、フォンターナ軍はルービッチ城を拠点にさらなる行動を開始したのだった。
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