調略と攻略
戦とはルール無用の殺し合い、ではない。
いくら動乱の世の中であると言えども、それなりに守らなければならないものというのはある。
たとえそれになんの意味があるかと疑問に思うようなことでもそうだ。
もちろんそれらは明文化されたルールがあり、それに違反すればレッドカードをもらって即退場といったことはなく、あくまでも暗黙の了解として認識されている。
が、それを違反して戦に勝ってもあまり周囲からは認められないということになるのだろう。
たとえば、戦を仕掛ける前に大義名分が存在するかどうかは結構重要なことになる。
相手の軍を打ち破ってその支配領域を手に入れても、きちんとした大義名分が無ければその土地の人々は勝者を新たな支配者であるとは認めないだろう。
そして、その大義名分は戦う前に示しておかねばならない。
向こうがこういう理由で悪いから戦うことになったんだ、と主張してから戦うわけだ。
つまり、相手に大義名分を突きつけることになる。
ようするに、宣戦布告をしっかりしましょう、という暗黙の了解があるわけだ。
俺は新年の挨拶に集まった貴族や騎士を一網打尽にするために完全に奇襲を仕掛ける気でいた。
が、それは周囲から待ったがかかった。
年が明けたのを祝うことは必ず行う行事で決して中止していいものではない。
それに相手が新年の祝いをしているときに攻め込むのはいかがなものか、ということらしい。
どうせ攻め込むのであれば別に相手のことを気にせずともいいのではないか、という気もしたが自陣営で反対の声が大きいのであればちょっと考えものだろう。
というわけで、新年の挨拶はきちんと行うことにした。
が、他貴族の領地攻めも同時に行う。
考えてみればどうせ普通は雪が降る前に貴族の城に集まり、雪解けまでは貴族や騎士でパーティーをして情報交換をしているものなのだから、少々攻め込む時期が遅れても別に問題ない。
というわけで、年末のうちに宣戦布告をしておき、フォンターナの街で新年の挨拶をしてから一息入れて攻略にかかることにしたというわけだ。
まあ、フォンターナの場合は当主級であれば転送石での移動が可能なので、カーマス地区に軍の準備をしておけば後はフォンターナの街で行事を行った後、当主級だけが移動して軍を率いることもできる。
軍に動員された連中は多少大変かもしれないが、まあそのくらいだ。
そういうわけで新年の祝いをしてから10日ほどが経過した頃にフォンターナ軍はカーマスの防御壁を出て南部侵攻を開始した。
※ ※ ※
「物足りねえ。アルス、相手の手応えがなさすぎるぞ」
「しょうがないよ、バイト兄。本来貴族とともに戦うはずの騎士がいなかったんだからな。ペインたちの頑張りがすごすぎたってことだろ」
「ったく。ルービッチ家の【剣術】は面白い魔法だったけど、さすがにこの寒さの中で剣の腕だけじゃどうにもならないか。数も少なかったしな」
南部侵攻を開始してまずは最初の貴族領を攻略した。
やり方は前の迷宮街強襲戦と似たような感じだ。
移動のためのヴァルキリーを用意してそこに騎乗した兵たちに対して俺が【氷精召喚】で呼び出した氷精によって寒さ対策をする。
そして、その騎兵団の5000騎ほどでカーマス領の西隣にある貴族領、ルービッチ家の城を攻撃したのだ。
といっても、今回は割と近場なので角なしに一般兵を乗せているという違いはあるかもしれないが。
だが、それでも十分だった。
ルービッチ家はかつて剣聖と呼ばれた男がいたらしい。
そして、その剣聖は己の剣技を魔法として昇華し、それを後世に残した。
バイト兄の魔法の【騎乗術】と似たようなものだろうか。
ルービッチ家に名付けられた騎士たちはかつての剣聖のような流麗な動きで相手を切り捨てる恐るべき猛者となる。
しかも、魔力を剣に乗せて攻撃範囲を伸ばすことで遠距離魔法を相手にしても戦うことができる。
決して油断ならない相手だった、はずだ。
が、実際にはバイト兄が言うように少々手応えがなさすぎたと言えるかもしれない。
それは、ルービッチ貴族領の領都にいるはずの騎士が予想よりもかなり少なかったからだ。
どうやら、ルービッチ家に対して忠誠を捧げたはずの騎士たちは理由をつけて、このルービッチ城へ新年の挨拶に来なかったようだ。
が、それが嘘の理由だというのは明白だろう。
理由はいたって単純で、新年の挨拶に集まれば雪で足止めを食らって城のある街に閉じ込められたところをフォンターナ軍に襲われるとわかっていたからだ。
つまり、ルービッチ家の騎士たちの多くが主家を見捨てて自らの領地に籠もり、出てこなかったというわけだ。
事前にペインたちが調略活動をしていたのが大きな効果をあげたのだろう。
これはペインだけではなく、俺が以前から行っていた人材集めの効果がようやく出てきたことを意味している。
ウルク出身のペインに対して高い報酬を提示して騎士へと取り立てたことで、俺のもとには成り上がりを狙った連中が集まってきていた。
そして、その中には弁舌が立ち、調略活動に使える連中もいた。
そいつらが、ルービッチ家に対して宣戦布告をしたあとにその配下の騎士たちを説得して回ったのだ。
このままルービッチ家に操を立てて滅ぶよりも、フォンターナには楯突かず、ルービッチ家が敗れた後すぐにフォンターナへと頭を下げて家を残すべきだと。
当然、そんなことを言われても、はいそうですかとはならない。
が、フォンターナ軍が雪中行軍可能なことは皆よく知っている。
なぜならそれによってパーシバル家が大きな打撃を受けて衰退したことは誰もが知り得るところだからだ。
ゆえに、それが騎士たちを惑わす妄言ではないことは明らか。
彼らは悩んだだろう。
長年仕えてきた主を見捨てることができるか。
一致団結して戦うべきではないのか。
が、戦うにしても大きな問題があった。
隣にあったはずのカーマス家はあっという間に滅ぼされて、しかもその旧カーマス領との境には長い壁まで建設されてしまったのだ。
【剣術】という魔法があればあるいはフォンターナ軍に一矢報いることができるかもしれない。
が、それはあくまでも抵抗できるという意味でしかなかった。
あれほどの防衛線が築かれてしまった後では、今後まともにフォンターナに対して逆侵攻をかけることすら困難になる。
ならば、どうするか。
悩んだ結果、多くの騎士が出した結論は非情なものだった。
こうして新年早々、ルービッチ家はその城と領地を奪われ、ルービッチ領はフォンターナ王国のものとなったのだった。
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