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教育係

「ねえ、アル。なんでみんなあんなにボロボロの服を着てるの?」


「え? 今日葬式でみた人たちの服ですか、ガロード様? あれは村人にとっては葬式用のそこそこいい服でしたよ」


「そうなの? お城ではあんな服着ている人いないよ? 寒くないの?」


「それは寒いでしょうね。村人の中には冬の寒さで死ぬ者もいるかもしれません」


「アル、それほんと?」


「ええ、もちろん。……ほかにはなにか気づいたことがありましたか、ガロード様?」


「えーっとね。……そうだ、家もボロボロだったよ!」


「なるほど。いい着眼点です。葬式をした建物はたしかに古かったですね。ガロード様はあの建物で寝泊まりできますか?」


「えー、やだよ。ちっちゃいし、椅子もふかふかじゃなかったから、お尻が痛かったんだよ」


「そうですか。でも、あの建物は私の生まれ育った家よりはいいものでしたよ。うちは貧乏農家でしたからね」


「アルの生まれたところ? あれよりちっさかったの? うそだー」


「本当ですよ。食べるものも全然なかったですからね。あの村の葬式で少し食べ物を出していただきましたが、美味しかったですか?」


「ううん。全然美味しくなかった」


「あれは村人たちが葬式のために用意したごちそうです。普段はあんなに食事を用意することもないでしょうね。多分、いつもはもっと味の薄いものをちょっと食べるだけでしょう」


「それじゃお腹減っちゃうよ?」


「もちろんです。お腹がいっぱいになることなんてあまりありませんからね」


「……なんでみんなもっといい生活しないの? お城の暮らしと全然違うから、びっくりしちゃった」


「それはみんなそう思っているでしょうね。いい生活をしたいって。でも、まだまだ貧乏だからできないんですよ」


「そっか。貧乏が悪いんだね」


「そうです。そして、みんなが貧乏でなくなるためには国が安定しないと難しいでしょう。この国の王がしっかりしていないと、みんな貧乏なままということです」


「王が……しっかり……」


「はい。ガロード様が大きくなったころには、村人ももっといい生活ができるようになっていればいいですね」


「うん。なら、ボクもっと頑張るよ。みんなを守って戦うんだ。それでね、もっと国を大きくするんだ」


「……戦うんですか?」


「うん。アルよりもっと活躍するんだ。この前、バイトに戦い方を教えてもらったんだよ」


 くそう。

 城暮らしで外のことを全然知らないガロードを連れ出して、いろんな土地の生活を見せてみた。

 そこで、城での生活が当たり前のものではなく、みんな大変な生活をしながらも頑張っているんだということを知ってもらいたかったからだ。

 それは成功して、庶民の暮らしに興味を持ったらしいガロード。

 せっかくだから、少しでも庶民目線でのことを知り、そこから何かを考えてくれるかと思ったのに。

 すでにバイト兄に戦い方とやらを教えてもらっていたのか。


 この子は将来どうなるんだろうか?

 バイト兄のように戦大好きマンになってしまうんだろうか。

 今はまだ戦乱の世の中ではあるので、それは決して悪いものではない。

 庶民に優しくしたところで、戦いに負けてしまえばすべてを失うのだから。

 が、国のために戦うというのならともかく、戦いたいから戦うというのでは困る。

 闘争本能だけをもとに戦いを求め続けたら、あまりにも被害が多くなりすぎる。

 なによりも終わりがない戦いとなってしまうだろう。


 どうしたものか。

 ガロードには王としてもっとバランスよく物事を捉えて考えることができるようになってほしい。

 が、かと言って俺がガロードの教育係を務めるのは少々まずい。


 ガロードを保護し当主代行となり、今はこの国の宰相兼大将軍にまでなった。

 そこで王の教育係になればバルカは盤石の地位を手に入れられるかもしれない。

 が、やはりそこには反発が生まれるだろう。

 俺が当主代行になったのも、幼い当主に代わって一時的にその地位につくという前提があったからこそなのだ。


 それに俺には教養がない。

 ここで言う教養というのは前世の知識では補えない知識のことだ。

 それは、王や貴族といった高貴なる血筋が持つ常識や知識のことを指す。

 なんというか、俺はどこまでいっても貴族らしさというものがないのだ。

 王族らしい礼儀作法や立ち居振る舞いを自然に行えるように教えつつ、戦い方も教育し、そして、一般人のことも蔑ろにしないように育ってもらわなければならない。


 となると、あいつに頼むか。

 こうして、ガロードとともに各地の葬式に出席しつつ、ガロードが興味を持ったことに答えながら俺はこの子の教育係を任せる相手について決めたのだった。




 ※ ※ ※




「私がガロード様の傅役となるのですか?」


「ああ、頼めるか、リオン? というか、お前以外適任がいない」


「ですが……」


「お願いだ、引き受けてくれ。王都圏で活動して特に問題も起こさずにいろんな貴族相手にやりあってきたリオンなら、少なくとも礼儀作法については完璧だろう。お前しかいないんだよ、リオン」


 俺がガロードの教育係として選んだのはリオンだ。

 俺の妻のリリーナの弟でもあり、今はフォンターナ王国のグラハム貴族家として外交を担当している。

 王としての常識を教えられるとしたら、フォンターナの中では一番の適任だろう。


 それにリオンには直接は言わないが、こいつはある意味で冷徹であるところも評価ポイントになっている。

 リオンの本質は外交官などではなく戦略家であるところだと俺は思っている。

 リオンは戦いがある場合、その戦場での戦い方ではなく、まるで盤面すべてを見透かすようにしてその戦いの趨勢を見極めて戦略をひねり出すタイプなのだ。


 つまり、リオンは戦いで実際に戦闘を行う人間をコマのように思っているとも言える。

 たとえば、俺が今までで一番死ぬかと思ったウルク家のペッシと戦ったときのこともそうだ。

 あのときは西のアーバレスト家と戦い、その当主を討ち取るという戦果をあげたが、リオンは即座に東へ向かいカルロスの救援をすべきだと俺に告げた。

 そして、カルロスがいるアインラッド砦を目前にすると、前年にウルク家の実子を倒した俺がウルク相手には食いつきやすい餌に見えるだはずと言い、そのために囮役となることを提案してきた。

 結果、ウルクの上位魔法の【黒焔】で危うく俺たちは蒸し焼きにされてしまうところだった。


 あの戦いは今でも忘れられない。

 【壁建築】で作った陣地のなかで何人死んだことか。

 損耗率もすごい数値を叩き出していた。


 それはリオンにとっても同じだったはずだ。

 同じ陣地にいて、グラハム軍はバルカ軍よりも損耗率が高かった。

 が、それでもリオンはあの戦いでカルロスに対して不満を言うことはなかったのだ。


 それはひとえに軍を、そして自分をもコマとして見ていたからだろう。

 ペッシというウルク家の当主級を確実に討つために、あえて捨て駒となる軍が必要と考えていたのかもしれない。

 しかも、その捨て駒には自分の命も入っていた。

 勝つために、冷静に、あるいは味方の命すら犠牲にしてでも勝利を得る。

 リオンはそうした冷静さを持ち合わせている人間なのだ。


 いずれ王としての職務につくことになるガロードにはそうした考え方が必要なこともあるかもしれない。

 が、そうした面だけをもつ人間でも困る。

 リオンは基本的に必要であれば冷酷になることもあるが、普段は周りのことをよく考えて行動できる。

 そう考えた俺は必死にリオンを説得した。

 そして、なんとかリオンの首を縦にふらせることに成功し、そのことを評議会に提案し、周囲からの賛同を得た。

 こうして、ガロードは6歳になったらリオンから教育を受けることになった。

 まあ、それまではたまにこうして色んな場所に連れて行ってやろう。

 まともな王様になってくれればと祈りながら、その後もガロードを連れて葬式などに出席することにしたのだった。

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