社会見学
「アル、どこに行くの?」
「これから仕事ですよ、ガロード様。ちょっと出かけてきます」
「俺も行きたい。アル、連れてって」
「え? 別にいいですけど、フォンターナの街じゃないですよ、ガロード様。いくつかの町や村を回ることになりますが、それでもいいなら一緒に行きますか?」
「うん、行く。やったー、アルと一緒だ」
フォンターナにやってくる移住者の対策などをしながらも、他にもやることがあった。
今日はその仕事をこなそうと、着替えてからバルカ城の中を移動していた時、俺に声をかける者がいた。
このフォンターナ王国の王であるガロードだ。
ガロードは亡きカルロスの子どもで、そのカルロスは俺の妻のリリーナとは異母兄弟に当たる。
つまり、俺にとってガロードは甥になる。
来年になれば5歳になることもあり、バルカ城の中でこうして話をすることもあった。
そのガロードが急に俺と一緒に出かけたいと言い出した。
子どもの気まぐれだろうか?
一瞬どうしようかなと考えたが、まあいいだろう。
せっかくだからガロードを連れて行ってみるか。
そう考えた俺はガロードを連れて仕事へ行くことにしたのだった。
※ ※ ※
「ここ、どこ?」
「フォンターナの街から北東にあるビルマです。今日はここを中心にいくつかの町や村を回ります。しっかりついてきてくださいね。途中で弱音を吐いたら置いていくので気をつけてください」
「弱音なんか言わないよ?」
「そうですか。なら行きましょうか」
バルカ城から転送石を使ってビルマの街に来た。
ここはかつてエランスの領地だったが、今は違う。
エランスは辺境伯となり、カーマス地区を任せることになったからだ。
そのため、旧ビルマ騎士領はフォンターナ直轄領になっている。
「ここでなにするの? 悪い奴らと戦ったりするの?」
「違います。今日はお葬式に参列するんですよ」
「葬式?」
「そうです。フォンターナのために戦って亡くなった兵の葬式があるんですよ」
そのビルマの街に跳んだら、事前に連絡をとっていた者に案内させて街の中を移動する。
今日、この街に来たのはガロードに言ったとおり葬式に出るためだった。
俺はバルカ城で黒系統の服に身を包んで準備をしてきた。
ガロードも同様におとなしめの色合いの服を着させている。
そんな俺たちは案内役に連れられて街にある墓地までやってきた。
ビルマの街は土葬するための墓地が設けられているようだ。
そして、その墓地で葬式が行われることになっていた。
「こ、これはバルカ様。わざわざこのようなところに足を運んでいただいてありがとうございます。まさか本当にお越しになられるとは思いませんでした」
「いや、フォンターナ王国のために戦い亡くなった者を弔いたいと思っただけのこと。あまり気を使わずに普段どおりに式を執り行っていただきたい」
「そ、そうは言われても。まさかお貴族様が来られるとは思っておりませんで。……あの、バルカ様。そちらのお子様はバルカ様のお子で?」
「いや、違う。この方はフォンターナ王のガロード様だ。私が葬式に出席すると聞いて、お忍びでついてこられたのだ」
「……えっ。お、王様?」
「悪いな。王が一緒に来ることになったのは今日決まったもので、連絡が間に合わなかった。ガロード様、この男はレゴラです。ビルマ出身の同郷の兵が亡くなったため、今日の葬式での喪主を務めています」
「そうか。レゴラ、よろしくね」
「……な、なんと恐れ多い。いえ、すみません。フォンターナ王が葬儀に出ていただければ戦った兵は皆喜ぶでしょう。ありがとうございます」
「レゴラ、ガロード様はビルマの葬式のやり方には不慣れだ。何かあったときは私に言ってほしい。亡くなった者たちに失礼があってはいかんからな」
「とんでもございません。さあ、お二方ともどうぞこちらに」
レゴラに案内されて葬式に参列する。
彼はマドックさんのような年齢の男で、かつてはいくつもの戦場で武器を振るった猛者だ。
といっても騎士ではなかった。
が、その実力を認められてエランスがビルマの街を治めているときにその下で働いていたようだ。
そのエランスが栄転して他の領地を得たが、その後もビルマの街に残ることにしたという。
今日参加した葬式はフォンターナ討伐戦で連合軍と戦ったときに亡くなった兵のためのものだ。
連合軍を追い返して勝利し、独立を確固たるものにしたフォンターナだが、被害がゼロだったわけではない。
こうして何人もの若者たちがその戦いで命を落として散っていった。
実は俺は以前からこうして亡くなった兵たちの葬式に参列することがあった。
転送石という移動手段を得てからは、それまでのヴァルキリーに乗っての移動よりも時間が短縮できるようになったことで、さらに参加する範囲を増やしている。
ビルマの街は今までエランスの領地だったので来る機会がなかったが、各地で結構な数の葬式に出ていた。
これには一応訳がある。
それは俺が完全な成り上がり者だということにつながる。
俺はフォンターナ家の先代当主のカルロスが亡くなったときに、即座に動いて当主代行の地位についた。
一応そのための血縁も力もあったので、ほとんどの騎士は俺のその行為を見て納得はした。
が、不満がなかったわけではない。
急に出てきた農民出身騎士が自分たちの上に立つというだけで、無条件に反抗したくなるものだ。
そのために、あの手この手で騎士たちと付き合ってきたが、その中のひとつに積極的に葬式に出席するというものがあった。
誰だって人が亡くなれば悲しいだろう。
そこに出席して、一緒にその人の死について涙を流せばそれだけで心を通わせ合うことにもなる。
そして、それは騎士だけが対象ではなく、農民であっても同じように葬式に参加した。
普通の農民にとって、俺は貴族家の当主代行を務める雲の上のような存在だろう。
そんな人がなんの知名度もない一兵士として戦った者のために涙を流せばどうだろうか。
多くの場合、一緒に泣いてくれてありがとうと感謝された。
と同時に、ただの兵士のためにそこまでしてくれるのならという思いから、それを見た他の者は自分たちからも軍に参加したいと言ってくれたりもしたのだ。
まあ、ようするに俺にとってこの葬式の参加は自分のイメージをあげて、民衆からの支持を得るための一種の政治行為であるとも言える。
農地改良の仕事をしたり、建物を建てたり、あるいはラジオでの放送でイメージアップをやったりしてきたが、実はこうしてコツコツ小さなことからも印象を良くしようと努力していたのだ。
そして、それを今回ガロードにも見せた。
別にこのやり方をガロードにしてほしいとは思わない。
ガロードは俺とは違って正当な貴族の嫡男として生まれて、その後、ドーレン王家からも教会からも正式に王であると認められたのだ。
俺とは立場が圧倒的に違う。
ここまで細かいことをする必要はないだろう。
が、ガロードは大きな問題を抱えていた。
それは、強すぎるということだ。
カルロスが亡くなり、2歳という幼い年齢でフォンターナの当主となった。
それは幼少時からカルロスと同じだけの配下からの魔力を受け取ることを意味する。
つまり、ガロードは2歳の時点で上位魔法である【氷精召喚】なども使える状態になっていたのだ。
もっとも、その年齢ではまだ発音が上手くできなかったようで呪文を発動することはなかったのだが。
しかし、豊富な魔力による身体能力は2歳児にしてすでに相当なものがあった。
そして、もうすぐ5歳になるかという年齢のガロードはそのへんの大人では太刀打ちできない程度の強さを持つに至っている。
子どもといえば、なにか思い通りにいかないことがあれば癇癪を起こすことも多いだろう。
もちろんガロードにも年相応にそういうことがある。
そうなると普通は大人が止めるものだが、ガロードの場合、騎士レベルの人間を連れてこなければ抑えることもできない。
そんな状態でガロードがどう育つのか、全く予想がつかなかった。
なので、ガロードが自分から仕事をしに出かけると言った俺についていきたいと言い出したことを利用した。
俺はビルマの街だけではなく、さらに小さな町や村などをいくつも回りながら、それぞれの葬式に出席し、そこにガロードも連れていった。
なんの不自由もない城の中の生活が当たり前だとは思わず、貧しい土地で大したものもないなか生きている人がいるということを見せるために。
たまにはこうしてガロードに外を見せてやろうか。
そして、そのうえで王家の墓が完成したら、その式典ではガロードに仕事を与えよう。
いくつもの葬式を見た後なら、王家の墓にどういう意味があるか、なんとなくわかってもらえるかもしれない。
そう思いながらも、俺はガロードと一緒にヴァルキリーの背に乗って、葬式が予定されている町へと向かっていったのだった。
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