安全を求めて
「これは由々しき問題だな」
「そうですね。ビルマ辺境伯殿からなんとかしてほしいと要請が出ています。さすがにあれを放置するのはまずいですよ、アルス様」
「だな。ペインたちを送って手伝わせているけど、焼け石に水状態みたいだし。どうすべきかな」
フォンターナ王国として無事に承認を受けてめでたしとなるはずだった。
が、問題は次から次へと起こる。
というか、そのまえからこの問題は顕在化してきていたのだが、それがいよいよ対処しきれなくなってきたというところだろうか。
それは人の動きが原因だった。
現在、俺たちの国の外は大荒れ状態だ。
王都圏が圧倒的な暴力の前に蹂躙されて狩場となった。
そして、そこに居座るメメント家。
だが、そのメメント家は従来の覇権貴族という立場ではなく、周囲の貴族たちからもその力を恐れられていても盟主としては認められていない。
ここまで数々の失態もそうだが、実際に王家が同盟を組んで覇権貴族となっているのはメメント家ではなくラインザッツ家だからだ。
だが、そんなラインザッツ家は目下リゾルテ王国と交戦中である。
もともと旧覇権貴族だったリゾルテ家はラインザッツ家だけではなく、メメント家とパーシバル家が三貴族同盟を結んで戦っていた相手だ。
そして、そのなかでも特にリゾルテ家に対して戦いを有利に進めていたのはラインザッツ家でもなければメメント家でもない。
【猛毒魔弾】などの危険極まりない魔法を持つパーシバル家こそがリゾルテ家を覇権貴族から転落させるに至った大きな戦力だったのだ。
が、そのパーシバル家は一年前に大きく勢力を後退させている。
その原因となったのがラインザッツ家も参加したパーシバル家討伐戦だ。
そのため、リゾルテ王国に攻撃を受けたラインザッツ家はパーシバル家に救援を頼むこともできない。
もちろん、ラインザッツ家が負けるとも言えないが、少なくとも今しばらくは戦いが継続することになるだろう。
そういうわけで、実際に現在の覇権貴族たるラインザッツ家は他の貴族家に対して手を回すことができない状態にある。
普通ならば覇権貴族が号令をかけて各貴族家を招集し、さまざまな問題に対しての仲裁などもしたことだろう。
が、そんな盟主としての役割もできないラインザッツ家にわざわざ手を貸す貴族家は少ない。
それよりも自分たちにも目の前に差し迫った問題があったからだ。
フォンターナ討伐を目的とした王家主導の連合軍は二分し、メメント陣営連合軍が王都圏に流入した。
が、その後、メメント連合軍は王都の宝を巡って意見が対立し、分裂している。
メメント家はドーレン王を逃した後も、そのまま王都を占領し、あまつさえ他の王族の身柄を押さえて、フォンターナに独立の承認を認める動きまで見せた。
が、これに納得している貴族家は少ない。
最初に連合軍から離脱した北部の貴族家を中心に反メメント連合が結集しつつあった。
しかし、その反メメント連合も一枚岩というわけではなかった。
数ある貴族領で反メメント連合に参加した貴族もいれば、そうではない貴族もいる。
つまり、反メメント連合としてある程度まとまったものの、メメント家と戦おうと軍を出せば連合に参加していない他の貴族家に留守にしている領地を攻撃されるかもしれない。
反メメント連合は数を増やしつつも、このような心理が働いて実際に動きをとることはできない状態だったのだ。
もはや、この地に安寧の場所などない。
たとえ学のない農民であっても、今という時が大変な時代に突入していることは理解していた。
そんな不安なときに、ラジオから笑い声が聞こえてきたのだ。
王都圏を中心としつつ、その他いくつもの貴族領の教会などに寄贈された謎の音源発生装置。
ラジオなるその摩訶不思議な装置から流れてくるのは、楽しげな音楽や、教会の説法、明日の星占いなどだ。
そのラジオによる放送を聞いた人の心境はいかなるものだったのだろうか。
国境線に長い壁を建築し、その外からの侵入を守る鉄壁の防衛網を持つフォンターナ王国。
そこには、新たにバルカ銀貨なる硬貨までもを作り始め、しかも、人々のお金を安全に保管する預金事業を始めたと言うではないか。
金を預けるというのは不安ではあるが、その預ける相手はただの強欲な高利貸しではない。
新しく王国を作り上げた組織の中でも宰相兼大将軍という文武ともにトップの要職に立つフォンターナの貴族家であるバルカ家の当主だという。
ラジオで話している人々の内容は奥さんに賭け事を怒られて預金させられちゃったよ、などという今の御時世では信じられないのん気な話だ。
ほかにも教会から売り出されている従来の塩とは違う聖塩をいかに美味しく料理に活用するかなどという放送もあった。
が、どう考えても一人前として使用する食べ物の量が自分たちの土地とは違っている。
フォンターナ王国はそんなに安全なのか?
野盗に家に押し入られてすべてを失う心配をせずに生活できるのか?
というよりも、そんなに食べ物がたくさんあるのか?
ラジオ放送を聞いた人たちはそう思った。
そう思う人々は決して少なくなかった。
そして、それならいっそこの危険な生活を捨てて北に行ってみようか、と考える者も少なくなかったようだ。
農民ならば土地を捨てるのは嫌がるものだが、荒れた田畑を捨ててでも行こうと考えたのはドレスリーナの街の実績もどこかで聞いたのかもしれない。
突如起こった大地震によって住む家を失った者たちがフォンターナに流れたときに、なんとフォンターナは新しい街を作り、しかも、仕事と住居まで用意してくれたのだ。
ならば、自分も。
そう考える者たちが北を目指して移動してきたのだ。
フォンターナ王国の国境線であるカーマスの防御壁に連日押し寄せる移住希望者たち。
不幸中の幸いというべきか、国境に壁を作ったことで人々は門のある砦を通ってフォンターナ王国内へ入ろうと移動してきた。
が、限られた門に毎日大量の人がやってくればそれに対応するのが大変であるというのは誰だってわかるだろう。
国境付近を治める辺境伯であるエランスは真面目にその対処を行っていたが、ついに限界がきたようだ。
俺はこのフォンターナ王国への移住問題への対処に迫られることになってしまったのだった。
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