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地獄絵図

「……なんか、思った以上に混沌としてきたな」


「何を言っているのですか。こうなったのはすべてアルス様のしたことによってですよ」


「まあ、それを言われたら返す言葉もないんだけどさ。まさか、ここまでひどくなるとは思わなかったよ」


 フォンターナ討伐のための連合軍との戦いが終わってしばらくしてのことだ。

 俺はフォンターナの街に戻って仕事をしていた。

 カーマス領は東の辺境伯となったビルマ家のエランスに任せている。

 エランスは以前から出世を望むタイプではあったが、意外と戦い方は堅実な守り重視の人だった。

 まあ、もともとカルロスが敵対していたウルク家から奪い取ったビルマの街を任せた騎士だっただけはあるということか。

 今回の防衛戦でも割と安定して砦の防衛指揮を執っていたので安心だろう。


 そんな風に国境線の防衛を任せた俺はフォンターナ王国をさらに盤石なものにするために動いていた。

 といっても、そう変わったことはしていない。

 バルカの騎士を使って土地を改良し、道路と線路を整備して、いわゆる国力の充実に努めていたのだ。

 そして、その間、フォンターナ王国の外の動きをリオンやペインなどに情報を集めてもらっていた。


 フォンターナ討伐を目指して進軍してきた連合軍25万は国境線にあるカーマスの防御壁でフォンターナ軍と激突し、食料を失い撤退した。

 そして、その撤退時にフォンターナの騎兵団からの追撃を受けて同士討ちに発展。

 そこからの連合軍はなんともひどい有様になった。


 同士討ちにより少なくない被害が出たが、その被害があった貴族家のひとつが退却路上に領地を持つ貴族であり、そこが激怒して連合軍を離脱した。

 さらに連合軍が領地内を通ることを不服として、領地内の通行と食料の提供も断ったのだ。

 もともと連合軍内では食糧不足の状態でさらに軍は混乱する。

 が、その混乱に拍車をかけたのが総指揮を執るべきはずのメメント軍だった。


 メメント軍はこの連合軍内で一番食料を持っていた。

 それは単純にもともと勢力の強い貴族で食料も豊富にあったということもあるが、フォンターナからの飛行船による空からの攻撃に対策していたこともある。

 多くの食料を焼かれた連合軍の中で唯一ほとんど被害が出ていなかったのだ。


 そのメメント軍の食料を連合軍内で分配することになったのだが、これがあまり公平ではなかったらしい。

 さきの同士討ちでの責任問題を下手に追及したようで、不公平感の出るような食料の提供をしてしまったようだ。

 そして、それに怒った貴族軍がいた。


 彼らはメメント軍と口論になり、連合軍では各貴族軍に大きな溝ができ始めていた。

 そして、決して貴族の軍というのは規律が取れているものではなかったのだ。

 もともと、魔法を使える貴族とその従士が農民などを集めて戦に出るのが従来のやり方で、ほとんどすべての軍がそのように人を集めていた。

 そのため、農民たちは勝ち戦であれば勢いにのり、そうでなければ軍から逃亡してもおかしくない存在だったのだ。


 そんな農民たちの中にリーダーシップのある者がいたらしい。

 腹が減って我慢できなくなった連中をまとめて、軍から逃亡したらしい。

 が、逃げた先でどうやって食べ物を得るのかというと方法はひとつだろう。

 彼らは盗賊となってしまったのだ。


 盗賊たちはいくつかの村などを襲いながら逃亡を続けた。

 困ったのはその逃亡先にいた貴族だった。

 彼らは盗賊たちを討伐した。

 が、なにをどう間違ったのか逃亡兵を追いかけてきた貴族軍の兵まで倒してしまったのだという。


 逃亡兵を追いかけてきた兵はメメント家と友好関係にある貴族家の軍の兵であり、彼らは当然メメント家にそのことを相談して相手に抗議した。

 が、自分の領地に現れた盗賊を始末することは当然その地を治める貴族にとっては当たり前の行動だ。

 何を文句があるんだ、と反論したのだが、実はこの貴族家は連合軍に参加していなかったのだ。


 北部にある貴族家はフォンターナが独立したと聞いてすぐに対処せざるを得なかった。

 その中で判断が難しかったのが王命が出されたとはいえ、一度王都まで軍を率いて集まってまで連合軍に参加すべきかどうかだった。

 今回揉めた貴族家は連合軍に協力はするが、軍を動かさないと決めた家だったのだ。


 メメント家はその点をついて、王命に背いて連合軍に参加しないとはとんでもない行為だと糾弾したのだ。

 もちろん言いがかりに近い言い分だろう。

 実際は領地の安全な通行や出せるだけの食料は提供して連合軍に協力していたのだから。

 が、大軍を率いてフォンターナに向かったにもかかわらずなんの戦果もあげることができなかったという点と、自軍の兵を殺されたという友好的貴族家の軍への面子のために強硬手段をとってしまった。


 結果、メメント家の言いがかりに同調した貴族軍と連動して、盗賊を倒した北部の貴族家を攻撃した。

 そして、攻撃されて陥落された街などでは何が起こるか。

 そう、略奪や陵辱といった悲惨な事件が起こったのだ。


 さすがにそれを見て連合軍全体が同じ動きをすることはなかった。

 なんの落ち度もない貴族がメメント家とその取り巻きによって攻撃を受けたので当然だろう。

 先に離脱した貴族家を中心にして連合軍は二分した。


 が、メメント家は強かった。

 二つに分かれた連合軍は一度正面からぶつかって小競り合い以上の戦いになったのだが、その戦いではメメント陣営が勝利した。

 しかし、だからといってメメント家に頭を下げる道理はない。

 王都に連絡をとってメメント家の行動を非難し、救援要請を頼んだのだ。


 が、ドーレン王家には王都を守るための一応の軍はあっても、メメント家とその取り巻きの貴族軍に対抗できる戦力などはあるはずもない。

 王命を出してメメント家に戦いをやめるように伝えても、相手側のほうに落ち度があるという返事でまともに仲裁もできなかった。

 そのために、ドーレン王家は三大貴族の残りの一角であるラインザッツ家に更に救援要請を出したのだ。


 そのラインザッツ家は軍を出してほしいのであれば王家から正式にラインザッツ家も新たな王家となることを認めるようにと言い出したという。

 俺が勝手に教会に働きかけた結果だとはいえ、ラインザッツ家ももともと自らが王になることを考えていたのかもしれない。

 だが、フォンターナのように討伐軍を出されても嫌なので、ドーレン王家から先に許可を引き出しておこうと考えたのだろう。

 王家はこれに激怒したが、かといって暴走しているメメント家を放置しておくのもまずい。


 そこで考えた末にこう伝えたそうだ。

 ラインザッツ家とドーレン王家は同盟を結び、ラインザッツ家は覇権貴族となるように王命を出したというわけだ。

 もともと、覇権貴族を名乗るのに王命などは必要ではないが、同盟を結ぶ必要はあった。

 そうしなければ、塩の販売について大貴族家といえども王家に口をだすこともできなかったからだ。

 ラインザッツ家はこの提案を受け入れた。

 これは判断に困るが、あるいはもともと王になる意志はなく覇権貴族になることを狙っての行動だったのか、もしくは一度覇権貴族となってしまったら後はいくらでも王家に自身の王位就任を認めさせる時間があると考えたのか。

 それはわからない。


 ラインザッツ家の心の内はわからないが、現実にはラインザッツ家はドーレン王家と同盟を組んで覇権貴族となり、北部で暴走しているメメント軍に向けて軍を出した。

 メメント軍は連合軍内で分裂した敵対勢力との幾度かの小競り合いにすべて勝利し、向かってくるラインザッツ軍に対して進軍を開始。

 そして、メメント陣営連合軍とラインザッツ軍が正面から激突する大きな合戦になる、はずだった。


 そこで突如、ラインザッツ家は攻撃を受けた。

 メメント陣営と向かい合っているラインザッツ軍ではなく、ラインザッツ領が攻撃を受けたのだ。

 その攻撃は南部に位置する大貴族であるリゾルテ家からのものだった。

 かつて三貴族同盟によって覇権貴族から追い落とされたリゾルテ家。

 いや、今は違うか。

 リゾルテ家は新たに王となり、リゾルテ王国を名乗ってラインザッツ領に攻め込んできたのだ。


 覇権貴族から落ちたとはいえ、まだまだ大貴族といえるだけの勢力を残していたリゾルテ家だ。

 もともとは3つの大貴族が同盟を組んでようやくその地位から引きずり下ろしたほど強かった。

 そのため、攻撃を受けたラインザッツ家は大きく食いつかれてしまった。

 このままでは自分たちの領地が、領都が危ない。

 そう考えたラインザッツ軍は大きく動揺してしまった。


 その好機をメメント軍は見逃さなかったようだ。

 合戦間際だったメメント陣営は動揺して浮ついたラインザッツ軍を強襲する形で奇襲を仕掛けたという。

 その結果、ラインザッツ軍は敗走した。

 すぐさま軍をまとめてラインザッツ領へと引き上げていったのだ。


 そのラインザッツ軍をメメント陣営は追走するのかと思いきや、メメント家がとった行動は違った。

 逃げるラインザッツ軍を適当に追いかけながらも、途中で進路を変えて王都に向かったのだ。

 なんとメメント軍はそのまま王都に軍を入れて王家の保護に乗り出したという。


 勝手に教会から儀式を受けて王家を名乗ったリゾルテ家。

 王家に許可を貰おうという姿勢を示しつつ、覇権貴族として認めさせたラインザッツ家。

 そのどちらとも違うアプローチで他勢力よりも上に立つことを目指したのかもしれない。

 メメント家は王を自らの手中に入れて王都圏の経済力すらもその手に入れようとしたのだ。


 ……が、もともとメメント家は、いや連合軍はどんな状態だったのか思い出さなければいけないだろう。

 分裂した連合軍でメメント陣営に付いた貴族軍は暴走していた。

 攻略した街などを徹底的に略奪して回っていたのだ。

 たとえ、それが王都圏であったとしても同じだろう。

 いや、むしろ、守るべき戦力も少ない、しかし、経済的には豊かであり物も金も溢れている王都圏にブレーキを失った軍が流入すればどうなるだろうか。


 王家を確保したメメント軍だが、王都圏は地獄と化した。

 略奪によって荒廃する王都。

 そこから密かに脱出するドーレン王。

 行方不明になり主の不在となった玉座を守るために王都に居座り続けるメメント家。

 そして、そのメメント家の取り巻きとして街を荒らし回る連合軍の成れの果て。


 フォンターナが王国として建国したまさにその年で、今までの状態は実は結構安定していたんじゃないかと錯覚するほどにカオスな状況が出来上がってしまった。

 ……俺のせいではないよな?

 あまりにひどい惨状に驚きながらも、俺はさらに国境警備を厳重にするように指示を出したのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ものすごくテンポの良いバタフライエフェクト(フォンターナからしたら)でどんどん泥沼になっていきますね… 2周目なので、ここで王が逃げた結果が「あれ」だと思うと、やばいですね。
[良い点] テンポ良く進んでいるところが良いと思う。 特に王命の貴族連合25万の話をサクッと済ませて、良かった部分のみ後から補足(二番煎じだが状況を観て食料放火。新規領地に物理的な壁作成、さらに王軍が…
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