時代の流れ
「フォンターナ家征伐を目的とした貴族連合軍25万が出陣、か。思ったよりも数が少ないが、どうなるか……」
王都の屋敷でその情報が書かれた羊皮紙を見ながらそうつぶやく。
あれから王の取り巻きたちにより、先王の死の責任を追及されて謹慎処分にされてしまった。
このままでいるつもりはないが、しばらくはおとなしくしておく必要があるかもしれない。
深くため息を吐きながら、私のもとにもたらされた情報を改めて見る。
ドーレン王が発した王命により、フォンターナを征伐するための軍が北へと向かった。
その数は25万ほどとなったようだ。
正直なところ、これは少し少ないと言えるだろう。
理由は明白だ。
王家はすべての貴族家にフォンターナの討伐を命じたにもかかわらず、軍を出さなかった貴族がいた。
リゾルテ家とラインザッツ家だ。
例の噂が真実味を増してきたということだろうか。
かつての覇権貴族家と現最大貴族家が動かない。
そのため、メメント家を盟主として北へ向かった連合軍は必然的に西と南で構えるふたつの貴族家に対しての備えを残しておかねばならなくなった。
むしろ、よく25万も出せたと言ったところか。
ある程度の数が揃ったのはフォンターナ家を征伐した際に得られるものが大きいというのもあるだろう。
それはもちろん塩だ。
教会が新たに販売を開始した聖塩などという王家とは異なる塩はフォンターナ領で生産されているという。
その塩はバルカ発祥だという。
もともと農民の出自でありながら近年フォンターナ家が行った戦にて常に先陣で戦い続けた武闘派の騎士家がその塩を作っているのだという。
もしも、フォンターナ領を攻略できた暁にそのバルカ家を取り込めば、それがいかに大きな利益をもたらすかというのは明らかだろう。
ゆえに、背後に危険な存在が残っているにもかかわらず連合軍として招集に応えたのだろう。
フォンターナ家は当主のカルロス殿が王の護送中に亡くなりはしたが、戦については連戦連勝中だ。
が、どれほど数を揃えてもフォンターナ軍は5万もいかないはずだ。
パーシバル家を強襲した機動力のある魔獣部隊は危険ではあるが、数が違いすぎる。
……おそらくは王都で活動していた騎士リオン殿が頃合いを見て和睦を持ちかけてくるはずだ。
今は王とその取り巻きによって中央から追いやられてしまったが、私が動けるとしたらその時か。
リオン殿を通じて和睦を仲立ちし、フォンターナ家を王家に臣従させる。
そうすれば再び中央へと返り咲けるはずだ。
あと注意すべきはラインザッツ家とリゾルテ家の動向だろうか。
あの二家がどう動くか、しっかりと見ておかなければならないだろう。
私は自分のすべきことを確認しながら、今後の動きに直ぐに対応できるように準備をしておく。
だが、どうしたことだろうか。
今もまだ、嫌な予感は続いていた。
※ ※ ※
「なんだと? 今、なんと言った? もう一度しっかりと報告しろ」
「はっ。フォンターナ家討伐に向かった連合軍が同士討ちを開始しました。連合軍に参加した多くの貴族家から王家に対して救援要請が入っています」
「そんな馬鹿な。連合軍には盟主としてメメント家が総指揮をとっていたはずだ。メメント家は何をしているのだ」
「それが……、恐れながら申し上げます。メメント軍は連合軍内の他のいくつかの貴族軍と呼応して、北部の貴族領の侵攻を開始したとのことです。それを防ぐために北部の貴族家やそれと連携するその他の貴族家の軍が、メメント側と衝突し、連合軍は二つに分かれて争うことになったようです」
「それは本当なのか? 意味がわからんぞ。というよりも、フォンターナはどうした。連合軍はフォンターナの討伐に向かったのだ。北部の貴族領を襲うくらいならフォンターナ領は目と鼻の先にあるはずではないのか」
「それが、不確定な情報なのですが……。私もそれを伝え聞いて困惑しているところでして」
「かまわん。集めた情報を包み隠さず報告すればよい」
「はっ。王都圏に集合した連合軍25万はフォンターナ領を目指して進軍を開始。その後、旧カーマス領で現フォンターナ領の領地を視認するところまで進みました。が、そこで連合軍はフォンターナ領にある壁に遭遇。行き場を失ったようです」
「……壁? なんだそれは?」
「わかりません。それは紛れもない壁であるという報告です。フォンターナを守るように領地の境にずっと壁が続いていたようです。それを確認した連合軍によれば、北部に行くための侵攻経路を守るように横に続いているそうです」
「……信じられんな。それは幻ではないのか? しかし、そうか。壁、か。それが本当であったとして、どうして同士討ちにつながるのだ?」
「はっ。連合軍は壁の確認後、協議した結果、壁を越えるための攻城戦を選択したようです。連合軍は旧カーマス領から北部を目指して攻略を開始しました。しかし、その攻略に失敗したようです」
「あの数の連合軍が攻略に失敗したというのか? いや、それほどの長い壁があるのであれば守りは堅いのか……。だが、そこまで長く続いた防衛線では守りには不向きそうだが……。いったいなにがあったというのだ?」
「連合軍の兵糧がすべて焼かれました。それにより、連合軍は食料を失うことになってしまったようです」
兵糧を焼かれた?
……そうか、すっかり忘れていた。
王の護送前にあったフォンターナ家とメメント家との戦い。
たしか、あの戦いでも同じことがあったのではなかったか?
そうだ、思い出してきたぞ。
あのとき、圧倒的多数のメメント軍に対してフォンターナ軍が防衛に成功した。
なんということだ。
あのときもメメント軍は4万に対して、フォンターナのバルカ軍1000騎がその進軍を食い止めたのだ。
そして、そのときにとった戦術が兵糧を焼くというものだった。
バルカが持つ、空を飛ぶ機動兵器。
飛行船なるものが導入されたという話ではなかったか。
あのときは私はフォンターナの街にいたために、実際にその飛行船なるものを見たことはない。
が、空を飛んだその飛行船から地上にある食料庫を焼いて、メメント家は動きが取れなくなった。
その後、フォンターナ領まで接近したものの、その防御を突破することができずに和睦に至ったのだ。
まさか、メメント家ともあろうものが同じ手を二度も受けたのか。
もしかしたら、長く続く壁なるものに気を取られすぎたのかもしれない。
だが、言い訳はできない失態だろう。
なにせ4万の軍を率いてきたときにも食糧不足で進退窮まったのだ。
それが今回は25万もの兵がいる。
軍の行動を継続させるのはさらに困難に違いない。
「いや、ちょっと待て。そうか……、軍の食料がない。それを解消するためには普通は敵地から略奪するのが王道。だが、攻め込むべき相手であるフォンターナ領は壁で守られている。つまりは……」
「そのとおりです。兵糧を失ったメメント家は食料の提供を周辺貴族領に要求。しかし、先の大地震による影響によってどの貴族領も蓄えが豊富とはいえない状況だったようです。なんとか、戦闘を継続していたものの、一向にフォンターナ領は落ちる気配もなく連合軍はフォンターナに入ることすらできずに一時退却に追い込まれる形になったようです」
「もしかして、その退却時に追撃を受けたのか? フォンターナの騎兵部隊に」
「お察しのとおりです。どうやらフォンターナは夜中に少数の騎兵のみで連合軍を攻撃したようです」
「そうか。そうだろうな。フォンターナは、特にバルカはこと奇襲にかけて非常に得意としているはずだ。その奇襲で当主級の首でもとったのか?」
「いえ。ですが、フォンターナはその奇襲で大きな効果を上げました。同士討ちを誘発したのです」
「なるほど。なんの戦果も上げられなかった攻城戦からの退却時、しかも夜に25万もの人間がいる複数の勢力が混在した連合軍だ。暗い中で攻撃してきたと思った相手に反撃をしてそれがもし味方だったとしても判断がつかなかったとしても不思議ではない」
「それだけではありません。後の報告ではフォンターナの騎兵隊は退却する連合軍を奇襲した後、さらに南下したようです。より、多くの食料を焼く為に」
「……そういえば、先の説明で言っていたな? メメント家は連合軍内の一部の貴族軍と協調して北部の貴族領を侵攻したとか。もしや、食料を求めてそのようなことになったのか?」
「……そのようです。そして、そこで軍の統制が乱れて暴走し、略奪に走ったようです。それが決定打となり、連合軍は完全にまとまりを失いました。同士討ちをした連合軍内での対立、食料分配問題、攻撃を受けた領地の貴族軍と連合軍の対立など、すでに現場のメメント軍だけで事態を解決することは難しくなったようです」
「なんと愚かな。しかし、王家にその救援を要請してもどうにもならんぞ。なにせパーシバル家やフォンターナ家を討伐するためにしたことは自軍の派遣ではなく、王命による動員だったくらいなのだからな」
「はい。そこで救援要請を受けた王家はラインザッツ家に事態の解決を頼んだようです。ですが、ラインザッツ家は自らを新たな王家と正式に認めるのでなければ動かず、と返答をしたようです」
なんということだ。
王家が討伐を叫んで遣わせた連合軍がまさか同士討ちして、フォンターナ以外の貴族領を攻撃までするとは。
しかも、それを見てラインザッツ家は自らも王になりたいと言い出してきた。
あまりにも王家が軽んじられている。
私は報告を受けてそう思わずにはいられなかった。
普通ならば王家からの王命を受けて出された討伐軍の動きをみて、フォンターナ自らが頭を下げるべきところだろう。
が、フォンターナはすでに王命に背いて王国の建国を主張しているので徹底抗戦という行動に出るのはまだわかる。
しかし、討伐に遣わされた連合軍を率いていたメメント家が状況が悪くなったからといって大義名分もなくその他の貴族領を攻めるなど許されるはずもない。
そして、その動きを抑えるように命じたラインザッツ家もその状況を利用して自身を王になどと交渉を持ちかける時点で王家の権威は今まで以上に失墜してしまっていると言わざるを得ないだろう。
なにせ通常であれば覇権貴族になる絶好の機会とみてラインザッツ家が動いていたはずなのだから。
……ドーレン王家の時代が終わる。
かつての栄光の時代に劣るとはいえ、現在まで王家は一定の権威を貴族たちから認められてきた。
だが、今回の件で王家は他の貴族の動きを全く制御できないことを多くの者に示してしまった。
しかも、今まで王家の権威を支え続けた塩の専売までもが教会によって崩されている。
かつて無いほどの激動の時代の流れを私は感じざるを得なかったのだった。
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